大垂水峠から小仏城山を経て陣馬山へひとり縦走記

ポチョムキン卿

八王子駅~相模湖駅…路線が消える!

そのバスが、なくなるという噂を聞いたのは、春の気配がうっすら山にかかりはじめた頃だった。

神奈川中央交通──通称、神奈中バス。

八王子駅北口から相模湖駅までをつなぎ、山下バス停や大垂水峠へと登山者を運んできた路線。


それが、2026年3月をもって廃止になるという。


「またひとつ、登山口が遠のくな」

そう思った瞬間、頭に浮かんだのは一本の縦走ルートだった。


高尾山から大垂水を経て、陣馬山へ。

通常なら、複数のアクセス手段を組み合わせて分割できるルートが、バス廃止後には一気通貫で歩くしかなくなる。


老いた膝と相談すれば、分けて歩ける今が最後のチャンスかもしれない。

ならば、今しかない。


出発は大垂水。

大平林道を経由して、小仏城山を目指す。YAMAPの起動をうっかり忘れてしまい、ログは途中からになったが、気にはしていられない。


城山の茶屋はすべて閉まっていた。

いつもならあの赤いベンチに腰かけて、温かい甘酒を飲むところだ。

仕方ない。気を取り直し、次は景信山。


登頂しようかと足を止めたが、頂上に登ったからといって特に何があるわけでもない。

巻き道を選んだ。景信山も、堂所山も、巻いた。ひたすら稜線の陰を辿るように進む。


このルートには、赤岩山、富士小屋山、南郷山などのピークが点在する。

だが、縦走する者にとっては、これらは“通過点のさらに外側”だ。誰も登らない。名前を目で追うだけで、足は逸れない。


山は静かだった。

高尾から来る登山者には十数人ほどとすれ違ったが、この道を陣馬に向かう者はほとんどいない。


明王峠が近づくと、つい下山の誘惑が頭をかすめた。

余瀬へと下りてしまえば、脚の負担も軽くなる。

だが──今日はそれじゃ終われない。


大垂水に別れを告げるために来たのだ。ならば、陣馬まで行かなくては。

なにより、陣馬山の清水茶屋でビールを飲むという、個人的な“ミッション”がある。


午後の光が斜めに差し込む頃、ようやく陣馬山の白馬が姿を見せた。

清水茶屋はまだ開いていた。

迷わず缶ビールを一本、買う。ベンチに座って、パシュッと開けた瞬間──山でしか味わえない幸福感が喉を通っていった。


うまい。何も言うことはない。


陣馬高原下へと下山する道は、足場が乾いて歩きやすかった。

が、バス停に着いた瞬間に気づいた。

……バスは、7分前に出たところだった。


「間に合わなかったか」


地面に座り込むのは癪だったので、先へ進むことにした。

「どこかのバス停で拾えるだろう」と、なだらかな舗道を下り続ける。


三つ目のバス停──そこは川井野。

ようやく対向のバスがやって来た。


この三つのバス停、間が異様に長い。まるで「もう歩けるよな?」と山に試されているようだった。


バスを待つあいだ、汗で湿ったTシャツを着替えてさっぱりした。

乗り込んで座席に沈みこみ、ようやく息を吐いた。


今回、歩いてみてあらためて思った。

登山は山だけではできない。そこに至る「足」──バスや電車というインフラがあってこそ、道が生きる。


大垂水へのバスがなくなれば、コースそのものが変質する。

老いも若きも、それぞれの体力でコースを選べた登山の自由が、少しだけ縮まるのだ。


できれば、どこかが引き継いでくれないものか。

西東京バスでも、東京都の補助でもいい。

登山口だけじゃない。この路線が消えれば、高尾警察署周辺に行く手段すら失われる。


山はそこにある。でも、道は人が繋がないと消えてしまう。


背後の峠に目を向けて、ふと思う。

今日歩いたこの道も、やがて「昔のルート」と呼ばれる日が来るのだろうか──と。

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大垂水峠から小仏城山を経て陣馬山へひとり縦走記 ポチョムキン卿 @shizukichi

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