第5話 西へ


 のんびり気ままな「ひとり旅」がはじまって、早1か月。


 季節は初夏となり、街道沿いの草原には色とりどりの花が咲き、グレイスの目を楽しませてくれる。


 元婚約者レブロンの第一王子ハリスから、婚約破棄を告げられた翌日。


 定例の国議会に出席するため父ローゼンハイム公爵が登城している隙に、グレイスは公爵邸から脱出し、その日のうちにレブロンの王都から、隣国カサレアに向けて旅立った。


 おそらく母には、娘のたくらみなどバレバレだったろうが、何もいわずに送りだしてくれたことには、感謝しかない。


 きっと、娘を溺愛する父を慰めているだろう。


 仲良し夫婦だから、久しぶりにふたりの時間を楽しんでいるかもしれない。


 だれにも見咎めらず出国したグレイスは、カサレアの首都で旅に必要なおおよその物を買いそろえ、腹ごしらえのために町の食堂に入った。


 窓際のテーブル席からは、外で遊ぶ子どもたちが見え、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。10歳前後の男の子と女の子。男の子は、女の子のままごと遊びに付き合っているようだ。


 ふと、むかしの記憶が思い出された。


 あれは、レブロンの王城でハリスが、庭園に本物のティーセットや大量の食器をならべて、


「ほら、お城でやりたかったんだろ。おままごと。しょうがないから、僕が付き合ってあげるよ。それで、僕は何の役をすればいいの?」


 グレイスのお願いを叶えてくれた日だ。


 政治的な婚約だとわかっていたが、将来ハリスの妃になることに不満はなかったし、そのための努力も苦にならなかった。


 聖女として、王太子妃として、そしてハリスを支える妻として、レブロンを共に守れたらと、心から願っていたのに……


 【七耀の星】として凱旋したとき、ハリスのそばにはダイアナ・シファーがいた。


 歯車は狂いだし、修復できないままついに――


「単刀直入にいう。グレイス嬢、キミとの婚約を破棄したい」


 告げられた婚約破棄は、すでに予期していものだった。


 予期していたからといって、傷つかなかったわけではない。


 そうなる前に、何が悪かったのか。自分のどこを直せばいいのか。悩んで、考えて、あれこれ試してみたが、結果としてハリスの心を取り戻すことはできなかった。


 最後は、これでもう頭を悩ますこともない、という解放感からか、


『――ゆめゆめ後悔なさいませんように』


 なんて捨て台詞じみた言葉を使ってしまった。


 こうなってしまうとレブロンは、グレイスにとって非常に居心地の悪い場所になってしまう。両親は気にするなといってくれたが、王室から婚約破棄された娘なんて、公爵家にとってはお荷物でしかない。


 そんなとき、グレイスの頭をよぎったのは、【七耀の星】たちと過ごした日々。


 魔神アバドーサから世界を救うという目的で集まった仲間たちパーティの旅は、苦難の連続だったが、けっして辛いことばかりではなかった。戦いの日々のなかにも、喜びはあった。


 グレイスの中に芽生えた思い。


「そうだ、旅をしよう」


 だれのためでもなく、自分のための旅がしたい。


 思い立ったが吉日――ということで、婚約破棄の翌日。


「行ってきま~~~す。心配しないでね~~~」


 グレイスは公爵家を飛び出した。


 何ものにも囚われない自由な身となったグレイスは、隣国カサレアを満喫すること1か月。


 西側諸国へと足を踏み入れた。





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