現代異端御伽噺 1から始める異能者生活 

木原 無二

スキルエッセンス

北風のくれたテーブルかけ

今日の学校の帰りはいつもとは違った。


まず、自転車の後輪がパンクした。これで修理代3000円。

次に、道端にいたヤンキーに意味もなく顔を殴られた。あいつの顔は覚えた。

それだけじゃなく、鳥の糞も制服に捨てられた。あのハトは許さない。


「はぁ…」


思わずため息が出てしまった。

どうしようもない嫌な気持ちが胸を重くする。

唇の端が痛い。


(こんな時には本でも読もう。そうしよう。)


気分転換だ。課題をやる前に少しだけ。

空いている靴箱に放り込んでいたフリーマーケットで箱ごとまとめ買いした本が沢山あったはずだ。


片手だけを靴箱の中にいれてまさぐる。

なんの本に当たるかは運しだい。こういった本と人が引けつけられる、そういった運命みたいなモノを少しだけ信じている。恥ずかしくて誰にも言った事ないけど。


(さてと、出てきたのは…童話?)


出てきた本は古びた長細い本だった。後ろには値札の紙シールで10円と書かれている。

(童話、か…)

考えてみれば、最後に童話を読んだのはいつだったか?

幼稚園?それとも、寝ている時の読み聞かせ?

いや、読み聞かせはないな。幼稚園も最後の半年しか行っていない気がする。


いつだったか?


本の題名は『北風のくれたテーブルかけ』。

読んだことがないモノだ。内容も一切知らない。

本の表紙にノルウェーの昔話と書いてある。もしかしたらグリム童話と関係あるかもしれないな。


「…読むか」


知らないお話だし、読んでみるのもいいかもしれない。

気分転換にはちょうどいいかも。


畳に座り、押入れを背に一枚一枚とめくっていく。絵が僕の創造の助けとなってくれる。


(…主人公は貧しい少年。その少年が北風から魔法の道具を授かると。食事を出すテーブルかけ、金を吐くを宿屋の主人に奪われるが、最後に与えられた棍棒入りの袋で悪人をぶん殴り、取り戻すお話か…これの教訓はあれだな、引き際を見極めろという意味だな。というか、この少年結構厚かましい奴だな。)


そんな事を思っていた時だった。

世界の見方が変わったのは。


なんというか、そう言葉にできない感覚なのだ。

マクロからミクロな視点に変わったとかそういうちゃちなもんじゃない。

先ほどヤンキーに殴られた頬なんかもう気にならなかった。


本を置き、ベランダに行く。

空を見るが、何も変わっていない。強いて言うなら、雲一つない快晴という事ぐらいだ。


(…気のせいだろうか?)


年頃特有のそういった気分かも知れない。

だが、今の気分はとても心地良かった。

できれば、もう一度味わいたい。


「…もう一冊だ。もう一冊だけ読む。そしたら、勉強をしよう。」


靴箱を全部開け、童話を探す。

幸いにも、もう一冊あった。


題名は『三枚のお札』。

内容は軽くは知っているが、読んだことはない。


(読んでみよう)


内容としては、寺の小僧が山姥に追われ、和尚から渡された三枚のお札を順に使うと、炎の壁、川、砂山を使って寺まで逃げ延び、最後は和尚の加勢もあり、助かるお話だ。


昔、どっかで聞いたことがある。どこだったか。


(あ、また来た。)

先ほど味わった快感がまた来る。


絶頂とはまた違う。


眠気から完璧覚めたような。脳髄がくすぐられるような、そんな感覚。


(童話を読んで、こんな感覚を味わうなんて…こんな事、初めてだ。)


テンションが上がっていたからかもしれないが、今の自分にはなんでもできる気がした。その気だけでフェルマーの最終定理を完璧に解ける気がしていた。


その気が狂っていたかも知れないが、こんな事を思った。

“この世界に童話のような奇跡があったならば”と。


(もし、そんな奇跡があれば人は足掻くだろうな。)


ほとんど無意識だった。

ベランダに干されているテーブルかけを手に取っていた。

もうすでにカラカラに乾いていた。

こんな真夏だ。カラカラを通り越してかピかピになっている。


ちゃぶ台にテーブルかけを敷いてみる。


文字通り狂いだ。だが、誰もが一度やると思う。


「…………テーブルかけよ、御馳走を出せ。」


その瞬間だった。テーブルかけから煙が出てくる。

その現象に体が硬直した直後、室内に突風が吹き荒れた。


反射的に顔の前に両手をクロスさせる。


だが、その隙間から見えたものは僕を興奮させるには十分なモノだった。


煙だ。突風の中の影響を受けずのにに停滞している…!

それだけじゃない。


煙が、お椀の形になっているのだ。



(あれは…鰻丼か…?)

確かに鰻丼は好きだ。だからといって、北欧の童話の産物から鰻丼?


おいおいおい、風情の欠片もないじゃないか!そんなんでいいのか?!


だが、そんな心の叫びは虚しく届かない。どうやら心の中で考えても反映されないらしい。


突風が止み、両腕を下げるとそこにあったは立派な鰻丼だ。

匂いはある。熱さもあるのか、湯気が立っていた。


(いや、この湯気って、煙?それとも水?)


どっちだろうか?いや、とりあえず持ってみよう。


お椀を持ち上げ、全体的に見る。


お椀は真っ白な器で、陶器みたいなものだ。見たことはない器で出来ている。


鰻の方には山椒が一振り。だが、どうみたって反対側にしかついていない。僕が好みの食べ方が反映されている。味変だ。


鼻を鰻丼に近づけてみるが、しっかりとした鰻特融の匂いとツンと鼻をくすぐる山椒の良い匂いが鼻につく。


ごっくん


唾液が多くなったせいか、思わず吞み込んでしまった。


ちゃぶ台に置いてある箸置きを手に取る。


いつもなら同じ組み合わせで取っていたが、一切観ずに取った。


「…いただきます。」


鰻を一切れ、口元に恐る恐る嬉嬉揚揚運ぶ。

口を開き、舌の上に置こうとする。まだ触れていない。

涎が口から零れ落ちそうだ。唾液が多すぎる。


もう数瞬で口で噛み締めるというのに、僕は鰻に唾液が掛からないよう細心の注意をしていた。


そして、僕は口を閉じた。






















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