第8話 約束と再開と

駅のホームには、人の行き交いがどよめいていた。

快晴の青は、視界をかすみないほどにクリアにはっきりとした色を浮かべて。

透けて見えるガラスの天井には陽の光が這うような眩い光を反射させていた。

「気持ちのいい快晴だ……。でも……こんなに私の気持ちが悪いことはない」

その天井を見上げて、はるかは口から息を吐いた。

朝花が何年経っても帰ってこない。

学校の方では待てないから、もう駅で待ってるよ、と。

歳を食ったはるかは独りごちる。

所詮子供の頃の約束だ……。

大人になったら――忘れる。

そんなの分かりきってたのに。

それでも割り切れないこの気持ちは何なのか。

確かめもつかないまま、ため息混じりにポケットからタバコを取り出した。

もう三十路近く。

日頃のストレスで捻くれたからか、タバコを吸うことがいつの間にか日課になってしまった。

喫煙室の中、タバコに火をつけた。

咥えながら左手のタバコの箱を強く握りしめ、やさぐれた瞳にくまを浮かばせる。

きっと朝花が居たら吸わなかっただろう。

年甲斐もなく乙女心を捨てきれず、未練をタラタラと残しているばかりにまだ恋人を作らなくなった。

情けない、と我ながら呆れるはるかだった。

そんな時。

はるかの眼の前に、懐かしい面影が現れた。

幻覚でも見てしまっているのだろうか……。

彼女は髪を伸ばし、スタイルが良くなって。

前より綺麗になっている。

それでも爽やかなボーイッシュさこそ残っていた。

「は…………?」

驚いて、タバコの火が落ちる。

咥えたタバコごと唇から落下していき、その女性は灰皿を差し出し、タバコをキャッチした。

「ただいま、はるか」

その笑顔が、声が、心を緩ませた。

懐かしい香りが彼女の髪から流れている。

少女時代に止まった時計の秒針が動き出す。

「……………………朝……花?」

「うん、ボク。帰って来たんだ」

涙腺が緩んだ。

年を取ったせいで、涙脆くなったんだと。

自分の中でこじつけの理由をつけて。

朝花に抱きつく。

「遅い……!」

「……そうだね…………。遅くなった、ごめん……」

「おかえり……朝花!」

その時のはるかの笑顔は、かつてみた少女の頃に戻った。

蝉時雨はいつまでも響いた。

そう。

どこまでも、その青は。

二人の少女たちの幸せに溢れた声が。

遥か彼方の青空へと続いていく――

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遥か彼方の青空に 紫水ミライ @simizumirai

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