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 あれは確か……まだミュータント化していない猪を狩って儲けたと地元のハンター、蟹蟹クラブキャンサー合成酒おさけを飲んで騒いでいた時でしたかね。


 当時の私達は表通りから外れた場所に、どこにでもあるような焼き肉店を構えていました。

 店の売りは地域密着を称して家族向け90分食べ放題。

 置いてる肉は大きく分けてクズ肉を混ぜた合成肉と細胞片から育てた培養肉、それに植物から作った代用肉の三種類。

 食べ放題メニューで日々の暮らしをなんとか食いつないでいたのですが、メインストリートに大手の焼肉屋が出店したため、客足が減って店じまいを考えていました。



 あの日、常連さんしか居ない店に一見いちげんさんがフラっと入ってきました。


おもてに書いてあった食べ放題の90分コース、飲み放題つけてアルコールオプションは無し。」


 席について注文したその方は肉のメニューを眺め始めました。

 しかしすぐに眉間にしわを寄せ、わたしに聞いてきたのです。


「ねえねえ、肉の部位は選べないの?」

「肉の部位?上層の方々が利用するような高級な焼き肉店にしか、そのような贅沢なメニューは存在しませんよ。ウチで出せるのはそのメニューの通り、成形肉だけです。」

「へー。」


 納得したのか、それ以上言わず何種類か注文して食べ始めました。

「柔らかすぎる」とか「肉汁が不自然」とか「でも食えんことない」など言いたい放題しながらウーロン茶で流し込んでいましたね。



 そのうち、別の場所で後に来ていた地元のハンターが質の悪い合成酒に当たったのか、悪酔いして騒ぎはじめました。

 俺たちはミュータント化していない猪を狩って儲けたんだと周りの席に絡みながら脂身で真っ白になった肉塊をお肉様と言って崇めはじめたのです。

 他の客にまで崇めさせ始めたので流石にいきすぎだと注意しようかという所でした。


「なあなあ、その肉ってそんなにスゴいの?」

「ったりまえだ。可食部がこんなにあるじゃないか。」

「9割ラードじゃん。」


 一見さんボイドさんはそう言ってハンターを挑発していきます。

 店内での争いは困るので諫めに向かおうとしましたが、他の常連客が面白がって「ほっとけ」と止めてきました。


「なんだぁ?合成肉食ってる奴が僻んでんのか?」

「僻みに見えるならそれでもいいけど、そんな脂だらけのクズ肉を崇拝する気持ちにはなれないなぁ。」

「何だとッ、テメエッ!」


 胸ぐらを掴んで持ち上げるハンターに平然と見下ろすお客さんは次に信じられない事を言ってのけたのです。


「そんなに肉を崇めたいならもっと良いのを出してあげる。もっとも、その分のお金は出してもらうよ?」

「おもしれェ……ワタリ、おれの財布ウォレット出しな。」

「タラバ兄ィ……」

「挑発に乗ってやるってんだよッ。さっさとしねぇかッ!」


 売り言葉に買い言葉。お客さんの命が掛かった賭けが成立したのでした。

 そしてハンターが出したのは10弗(約1,000円)。

 その程度で生鮮肉など買えるはずがありません。


 しかし、一見さんは笑顔のまま自席のメニュー兼注文端末を弄り始め、最後に出された10弗を入金するかのような仕草をすると端末に吸い込まれていきました。

 そして端末に手を突っ込んで引き上げるとビニールに入った肉のパックが現れたのです。


 それはロース肉のかたまりでした。

 上層階級用の焼き肉店の映像で見たことがありますし、なにより昔卸業者に取り扱わないかと打診された部位なので間違えようがありません。


「これは……ロースだと?」


 どうやら蟹蟹のタラバもご存知のようでした。


「くっ……これが本物か食ってみなきゃわからねえ。オイ!店内ここで焼かせてもらうぞっ。」


 言うやいなや肉を薄切りにし、焼き始めました。

 ロースは焼きよりも煮込みが合うのですが、ハンターにとっては些末なことだったのでしょう。


 口に入れて何度か咀嚼したハンターの動きが止まりました。

「嘘だ……」とぽつり言うとハンターの頬から涙が落ちました。


「これは……本物だ。上層うえで食った肉と同じ味わいだ……」


 膝から崩れ落ちたハンターは一見さんの方を向き、地面に這いつくばって頭を下げました。いわゆる土下座という姿勢です。

 ハンターという立場があるというのに、そこまでするほどのものだったのでしょう。


「すまん、俺が間違っていた。このとおりだっ!」

「それじゃあ、僕の料金支払ってくれたら許す。」

「わかった。……店主、聞いての通りだ。この方の料金、俺につけてくれ。」

「はぁ……かしこまりました……」


 私はなにもできずに固まっていました。

 なんで生鮮肉があるのにウチに来たのか。

 どうして端末から生鮮肉が出てきたのか。

 その肉はそんなに美味いのか。

 色々と考えがループしてしまったのですが、ただ一つ言えることは、このお客さんは店の肉に文句をつけるだけの資格はあったということです。

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