浮動小数店

OP

 都市管理機関お上から忌中という名目で一月半ほど営業を自粛させられていたため、忌中明けの今日は各所から問い合わせのラッシュが来ている。


 あらためて喫茶グラントウチの影響ってものすごいんだなと思いながらメールを読んでいると、肉の卸をしているフロートさんの所から切実な精肉の販売要請が来ていた。


 フロートさんの店は浮動小数店という冗談みたいな名前の精肉卸店で、俺が生まれる前はそこら辺にある焼き肉店だったという。

 それが父さんのせいで焼肉屋どころじゃなくなったという経緯があるのだ。


 いわば父さんの被害者なので優先的に対応しないといけない。



 このままメールで対応しても良いけどこの際だから直接挨拶に行こうか。


 喫茶店をバイトに任せ、捕まえた車に乗り込み、行き先をフロートさんの店にセットする。

 この自動運転車タクシー、自動で運転してくれるので便利だけど、たまに自分で運転している人が居て、そんな人に限って荒い運転してるのが怖い。


 手動運転は都市部から外れた場所ならわかるけど、整備された都市内部でも暴走するのが本ッ当に腹が立つ。

 法律で規制してほしいけど、反対派が強固なんだよな。



 1時間ほどして到着し、VIP用の特別駐車場で止まった。

 車から降りるとフロートさんが出迎えに来てくれていた。


「ああ、ヴァリアントさん。このたびはご愁傷様でした。」

「いえ、大丈夫です。それより父さんが知らないところで迷惑掛けてたかのほうが心配で。」

「そんなことはないですよ、うちとしてもボロ焼肉屋から救っていただいたご恩は忘れません。しかしこの一月、肉の供給がストップしていたため方方からクレームが来ていまして……」

「うん。それは迷惑掛けたと思ってる。けど都市管理機関うえから命令されちゃったからね。」

「存じております。それで早速なのですが、納品のほうをお願いしたくて。」

「うん。受け入れの用意はしてある?」

「もちろんです。リアルが倉庫したで準備して待っています。」



 今応対しているフロートさんと都市深層の倉庫で待っていたリアルさんは兄弟で、今でこそ社長に副社長という肩書きがあるが、父さんが客として来るずっと前から焼き肉店を2人で切り盛りしていたという苦労人だ。


「それじゃ、発注書伝票下さい。」

「ヴァリアントさんが到着したときに発注書と入金キーを端末へお送りしていますよ。」

「えっ……あ、ほんとだ。じゃあ早速。」



 左手で端末を持って親指と人差し指を伸ばしてL字状にする。

 このジェスチャーをする事で僕と父さんにしか見えない通販ストアが空中に描かれるのだ。

 傍からは端末を操作している様に見えるのがポイントである。


 端末の手前に表示される通販ストアからマイページを開いて入金キーを使って自分の口座に入金し、残高をチャージする。


 表計算形式にまとめられた伝票を読みながら通販ストアから肉をカートに投入していく。

 そして送り先アドレスを喫茶グラントウチのコンテナに指定し、送り先名に伝票番号を入れて購入確定。


 これでコンテナに商品が積み込まれるので端末を普通に持ち、今度は端末から浮動小数店への発送のボタンをタップする。

 通販ストアの配送先を喫茶グラントウチに指定することでウチから発送されるように見えるというカラクリなのだ。


 商品の仕入れは通販ストア任せ。

 やってることは転売である。

「バレなきゃ良いのよ」とは父さんの弁である。


 さてこの転売。

 肉の部位毎にまとめて買った方が早いのはわかっているけど複数伝票分まとめてブロックになって届くので、後で伝票通りに切る手間が増えるからやらないのだが、たまにミスってしまう。


 量が多い分には追加注文という形で誤魔化してくれるのでありがたいが、ミスしないに越したことはないので慎重に発注していく。


「そういえば、父さんとフロートさんたちって、なんで肉の卸を始めたの?焼き肉屋やってたのは知ってるけどさ。」

「ボイドさんが代金替わりに現物を卸してくれるようになってから自然にですね。上層の方々ですら、質の良い肉は滅多に食べることができませんから、うわさがうわさを呼んで。」


「あのとき出された肉は素晴らしいものでした。普通、売ってる肉は戦争前の霜降り信仰によって作られた脂だらけの加工肉、汚染されていない区域で飼うためケージから出せない豚、鶏。他の動物も似たようなものでしたし。」


「だから父さんのヘンテコで肉の卸を始めたんだ。」

「いえ、ちゃんと焼肉屋をやっていたんですよ。肉の卸はボイドさんが来店されたときにハンターと賭けをしたのが始まりなんです。」


「賭け?」

「そうです、あれは確か……」

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