和音と桜花 - 成長と絆の歳時記
舞夢宜人
第1話 休日の二人
第1章:夜明け前の密やかな目覚め
午前五時。まだ街の全てが深い眠りについているような静寂の中、ダブルベッドの枕元に置かれた目覚まし時計のアラームが、微かな電子音と共に振動を始めた。ピー、という控えめな音は、しかし和音の意識を確実に浮上させる。彼はゆっくりと瞼を持ち上げ、四月のまだ薄暗い部屋の天井を見つめた。薄いカーテンの隙間から、夜明け前の淡い光がわずかに差し込み、部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。隣には、同じ布団の中で丸まり、規則正しい寝息を立てる桜花の姿があった。いつもと変わらない、安堵をもたらす光景だ。寝ぼけているのだろう、桜花は和音を大きな抱き枕とでも思っているかのように、細くしなやかな腕で彼の腰にしっかりと絡みつき、柔らかな足が彼の右足に絡まっている。その縦四方固めにも似た体勢に、和音は慣れ親しんだ愛おしさを覚えた。彼女の柔らかな体温が背中からじんわりと伝わり、和音の体全体を包み込む。布団の中は、二人の体温で満たされ、心地よい熱を帯びていた。微かに香る桜花のシャンプーの匂いが、和音の鼻腔をくすぐる。その香りは、和音の心を穏やかにした。
和音はまず、桜花に絡められた腕をそっと解いた。彼女の呼吸がわずかに乱れたが、目を覚ますことはない。腕を抜いた瞬間、和音の体から彼女の温もりが離れ、一瞬の寂しさが胸をよぎった。ベッドの外に出た途端、部屋の空気がひやりと剥き出しになった肌を撫でる。和音は、隣で眠る桜花を起こさないよう、息を潜めるようにしてジャージに着替え始めた。袖を通すたびに、布が擦れる微かな音が静寂に響く。柔道で鍛え上げられたしなやかな筋肉を持つ和音の体には、ジャージがぴったりとフィットし、朝の冷気から肌を守る。着替えを終え、ベッドサイドに戻ると、和音は再びベッドの縁に腰掛け、桜花の顔を覗き込んだ。まだ夢の中にいる彼女の口元がかすかに緩んでいるのを見て、和音は頬が緩むのを感じた。無防備な彼女の寝顔は、和音だけが知る、とっておきの秘密だった。彼の指先が、桜花の柔らかな頬に、ごくわずかに触れた。
「桜花、起きろ」
和音は桜花の肩をそっと揺すった。指先から伝わる彼女の肌の柔らかな感触。しかし、彼女は身じろぎ一つせず、深い眠りから覚める気配がない。いつものことだと和音はクスリと笑みをこぼすと、彼女のパジャマのボタンに手をかけた。淡いピンクのコットン生地が、わずかに起伏する彼女の胸元に沿っている。和音の指先が、その柔らかな生地越しに、彼女の鼓動をかすかに感じ取った。その鼓動は、和音自身の心臓の音と、奇妙に同期しているようだった。
「おい、桜花」
返事がないのを良いことに、和音は躊躇なく彼女のパジャマのシャツを脱がせ始めた。柔らかなコットン生地が肌から離れると、部屋の冷気が桜花の白い肌を撫でる。彼女は小さく身震いしたが、まだ眠りの淵から抜け出せない。和音の指先が彼女の薄いパジャマのズボンにもかかり、ゆっくりとそれを下ろしていく。肌蹴た太もも、そして柔らかな曲線を描く腰のラインが現れるたびに、和音の心臓が僅かに跳ねた。彼の指先が触れる肌は、想像以上に滑らかで、熱を帯びている。しかし、その感情を悟られないように、彼はあくまで淡々とジャージのズボンを穿かせていく。温かいジャージの生地が、ひんやりとした彼女の肌に触れる瞬間、桜花はわずかに身をよじった。続けて、ジャージのシャツを腕に通し、彼女の頭をそっと持ち上げて首を通した。そのたびに、桜花の柔らかな髪が和音の指をくすぐる。
「和音、おはよう。優しくやれって言ったよね。」
ようやく桜花の琥珀色の瞳が薄く開かれた。声はまだ微睡んでいて、甘さが混じっている。抗議の声ではあるが、その裏には和音に全てを委ねる信頼と、彼の手を求める甘えが込められているのが伝わってきた。彼女の瞼がゆっくりと開き、和音の顔を捉える。その視線には、寝起き特有のぼんやりとした光が宿っていた。
「おはよう、桜花。ちょっとぐらい乱暴にしないと起きないじゃないか。」
和音はごく自然な動作で、桜花の寝癖で乱れた髪に指を通した。長い髪が彼の指に絡みつく感触は、いつものことながら心地良い。彼女のサラサラとした髪は、手入れが行き届いている証拠だ。和音はベッドサイドの引き出しからブラシを取り出すと、丁寧に髪を梳かし始めた。
「もう、乱暴だわ。」
桜花は文句を言いながらも、されるがままに和音の膝に頭を乗せた。彼の指が頭皮を優しく刺激するたびに、桜花の体が小さく震えるのが伝わってくる。和音は、彼女がこの触れ合いを嫌がっていないことを知っていた。むしろ、彼に髪を触られることを、彼女は密かに楽しんでいるようにも見えた。彼女の吐息が和音の太ももにかかり、その温かさがジャージ越しにも伝わる。部屋の空気は、徐々に二人の体温で満たされていく。
「はい、これでよし。」
和音は慣れた手つきで、桜花の長い髪を一つにまとめ、ゴムでしっかりとポニーテールに結い上げた。結び終えると、彼女のうなじが露わになり、和音の視線がそこに吸い寄せられる。かすかに汗ばんだような、柔らかな肌がそこにある。彼女の首筋に触れる指先が、微かに熱を帯びるのを感じた。和音は、この行為が単なる身支度ではなく、二人の親密さを象徴する儀式のようなものだと感じていた。彼女の全てを自分が預かっているような、そして彼女もまた自分に全てを預けているような、そんな感覚が和音の胸を満たした。それは、彼らの関係性の深さを、改めて確認する時間でもあった。
支度を終えると、和音は桜花の手を握った。ひんやりとした彼女の指先が、和音の掌の温もりを感じて、少しだけ力が込められる。彼女の指先から伝わる微かな震えが、和音の心に温かい波紋を広げた。
「さあ、行くぞ。」
和音の言葉に、桜花は小さく頷いた。その瞳には、すでに眠気はなく、朝のジョギングへの期待が宿っている。
「うん。」
二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。まだ薄暗い空の下、アパートの駐車場で軽くストレッチをしてから、ゆっくりと走り出す。これから始まる朝のルーティンに、和音は桜花とのささやかな時間を期待した。桜花もまた、朝の新鮮な空気と、隣に和音を感じながら走れることへの幸福感に、心を躍らせていた。
第2章:朝のジョギングとささやかな触れ合い
アパートの駐車場で、和音と桜花は向かい合って軽くストレッチを始めた。和音が腕を頭上に伸ばすと、桜花がその動きに合わせて肩甲骨を意識するように体を傾ける。軽く触れ合う手や腕から、互いの体温がじんわりと伝わってくる。柔道で鍛えられた桜花の腕は、見た目以上に引き締まっていて、わずかに筋肉の張りを感じる。ジャージの薄い生地越しに、四月のひんやりとした空気が肌を撫でるのが心地良い。春の朝の冷気は、体に清々しさをもたらす。和音は、桜花の呼吸がわずかに深く、そして規則的になっているのを感じ取っていた。ストレッチをする二人の体から、微かに汗の匂いが立ち上る。
ストレッチを終えると、二人はゆっくりと走り出した。住宅街の閑静な道を抜け、近所の公園へと向かう。四月の爽やかな朝の空気、新緑の匂いを感じる。公園の木々は芽吹き始め、淡い緑色の葉が風に揺れている。鳥たちのさえずりが、静かな朝に響き渡る。和音は、この時期の朝の風景が一年で一番好きだと感じていた。彼にとって、この季節の朝の清々しさは、桜花と共にある日常の輝きそのものだった。桜花もまた、隣に和音を感じながら、その清々しい空気を胸いっぱいに吸い込むことに、得も言われぬ充実感を覚えているようだった。彼女の表情は穏やかで、柔らかな朝日に照らされ、その横顔は輝いて見えた。二人の足音が、規則正しくアスファファルトの上を刻む。
公園の中央にある広場まで来ると、二人は足を止めた。広場には、まだ誰もいない。朝の静寂が彼らを包み込んでいる。
「こうして二人で走るのも、もう長いね。」
桜花が感慨深げに呟いた。その横顔には、長年の時間を共に過ごしてきたことへの深い満足が滲んでいる。彼女の言葉は、単なる感慨ではなく、和音との絆の深さを確認するような響きを持っていた。
「付き合いのいい俺に感謝しろ。小学校三年生の時だったか?隣に住んでいる幼馴染が合鍵で勝手に入ってきて、馬乗りになって今日からジョギングするから付き合えって起こしに来たんだったな。」
和音がからかうように言うと、桜花は少しムッとした表情で彼を睨んだ。その視線は、まるで「そんな昔のことまで覚えているの?」と言いたげだった。
「一人で走っても絶対続かないから、しかたないでしょう。」
桜花は腕を組み、得意げに続けた。彼女の声には、和音がいなければ何も続かないという、ある種の甘えと、そして彼への絶対的な信頼が込められている。
「あなたの好みのスタイルの許容範囲でスタイルを維持するためなんだから付き合いなさい。あんたこそ、私の好みの許容範囲でスタイルを維持してよね。」
桜花の言葉は、和音に対する彼女の支配欲と、同時に彼への深い愛情を示していた。和音のスタイルもまた、桜花の「好み」に合わせる必要があるのだと、和音は改めて自覚した。
「だったら、俺の分まで間食を食べなきゃいいのに……」
和音の言葉に、桜花の顔がパッと赤くなる。和音の間食まで自分のものにするという桜花の癖は、和音も家族もよく知っている。それは、彼女の和音への所有意識の表れでもあった。
「和音、減らず口を叩くのはどの口かな?私のものは私のもの、あなたのものは私のもの、私はあなたのものだから問題ない。」
桜花はそう言うと、和音の口元に人差し指を引っかけて、ぐいっと横に引っ張った。唇が不自然な形に変形する。桜花の指の腹から伝わる体温が、和音の口元に熱を残す。その指先からは、彼女の小さな苛立ちと、彼への独占欲が伝わってくる。和音は、このいたずらめいた触れ合いが、彼女の愛情表現であることを知っていた。彼は小さくため息をつくと、桜花を抱き寄せた。彼女の柔らかな体温が、正面から和音の胸に伝わる。彼女の体が、和音の胸にぴったりと密着する。その瞬間、和音の心臓がトクンと鳴った。
その腰に「降参」の合図とばかりに軽くタップすると、桜花は満足げに「分かればよろしい」と呟いた。そして、和音の唇に、触れるだけの軽い口づけをした。その瞬間、桜花の柔らかな唇が和音の唇に触れ、微かな湿り気と温もりが伝わる。一瞬の触れ合いではあったが、和音の心臓がトクンと鳴った。桜花はニマと笑い、彼の目を見つめた。その瞳には、彼が自分を受け入れたことへの喜びが満ちていた。
「ほら、さっさと帰って朝ごはんの準備よ。今日は和食がいいな。」
桜花はそう言うと、和音を急かすように、少しだけペースを上げて帰路を先行した。一歩一歩進むごとに、ポニーテールにした髪の房が右に左に揺れる。和音は、その走る後ろ姿を優しい眼差しで見つめていた。彼女の背筋が伸び、引き締まったヒップラインがジャージ越しにも分かる。パートナーである自分にとって、これほど可愛い素敵な女性はいない。多少背が高かろうが、多少重かろうが、些細な外面的な問題だと和音は思っていた。もっとも、それを指摘したら、「あなたが鼻の下を伸ばして他の女の子に気を取られている様子を見れば、あなたの一番でいたいと思うのは当然でしょう?あなたにも私の一番であり続けられるようにいろいろ鍛えるから覚悟しておいて。」と、藪蛇になったこともあった。桜花が走り去った後ろ姿から、かすかにシャンプーの香りが漂ってくる。公園の木々が、朝の光を受けてきらめいていた。
第3章:入浴と丁寧な身体のケア
ジョギングから帰宅すると、桜花は素早くジャージを脱ぎ捨て、浴室へと向かった。彼女の背後で、和音は脱ぎ散らかされた服を拾い集める。床に散らばったジャージやインナーウェアを手に取り、手洗いが必要なものが混じっていないか確認し、二人分の洗濯物をまとめて洗濯機へと放り込んだ。ガラガラと軽快な音を立てて洗濯機が回り始めるのを聞きながら、和音も自身のジャージを脱いだ。浴室から微かに聞こえるシャワーの音が、和音を招いているかのようだった。四月の柔らかな陽光が、アパートの窓から差し込み、脱衣所を明るく照らしている。
浴室のドアを開けると、湯気と共に桜花のほてった体が目に飛び込んできた。先にシャワーを浴びていたのだろう、彼女の肌は薄桃色に染まり、水滴が滑り落ちていく。浴室に満ちる湿気と、桜花から立ち上る熱気が、和音の体を包み込む。Bカップの筋肉質な胸は、水に濡れてそのラインを露わにし、和音を誘うかのようにその存在を誇示していた。桜花はシャワーを止めると、和音をじっと見つめ、その琥珀色の瞳で「さあ、私の番よ」と催促する。脱衣所に置かれた洗濯機が回る音だけが、二人の間に流れる空気を埋めている。和音は、彼女の挑発的な視線と、浴室に満ちる熱気に、心臓がわずかに高揚するのを感じた。浴槽の縁には、湯気で曇った鏡が、二人の姿をぼんやりと映し出している。
和音は桜花を洗い場の椅子に座らせた。ボディーソープで泡立てたスポンジが、湯気で湿った空気を纏い、柔らかな泡を抱く。和音はまず、桜花の背中にスポンジを滑らせた。湯気で少し膨張した彼女の筋肉質な背中は、想像以上にしなやかで滑らかだった。肩甲骨のくぼみをなぞり、背骨に沿ってゆっくりと下へと手を動かす。桜花は微かに身震いしたが、その反応は心地よさに近いものだった。背中を洗う和音の指先から、桜花の肌の温もりと、わずかな起伏が伝わってくる。
「優しくね」
桜花の声は、湯気の中に溶け込むように甘く響いた。和音は彼女の言葉に応えるように、さらに指先に力を込めず、背中から左腕へと移る。二の腕、肘、そして指先へと、一本一本丁寧に撫でるように洗っていく。桜花の指先が、和音の手に触れ、互いの体温が交錯する。和音は、彼女の肌の温もり、そして触れるたびに伝わるわずかな弾力に、深い親密さを感じていた。泡の感触が、二人の間に、言葉にならない絆を紡いでいく。
「もう少し、強くてもいいわ」
桜花の注文は、常に和音の探求心を刺激する。和音は、僅かに指の圧を強め、今度は右腕を洗っていく。その後、左足、右足と下へと移り、太ももの付け根から足の指先まで、彼女の体の隅々まで気を配った。彼の指が、桜花の筋肉の繊維を感じ取るたびに、彼女の体が微かに震える。その震えは、快感と、そして和音に全てを委ねる安心感の入り混じったものだった。
そして、体の前面へと移る。和音は桜花の反応に細心の注意を払いながら、デコルテから胸元へとスポンジを進める。柔らかな胸の膨らみに触れるたび、和音の心臓が不規則なリズムを刻む。桜花は一瞬息を呑んだが、すぐにそれを隠すように、僅かに顔を伏せた。和音は、彼女の戸惑いと、その裏にある快感の入り混じった感情を敏感に察知する。スポンジはゆっくりと腹部、腰へと滑り、そのまま局部へと移った。和音の指が、デリケートな部分に触れると、桜花の体がピクリと跳ねるのが分かった。しかし、彼女は何も言わず、ただ和音の手に身を委ねていた。和音は、彼女の呼吸が少し荒くなっているのを感じながら、要所にリンパマッサージを施していく。彼の指の動き一つ一つが、桜花の心と体に深く響くのを感じた。浴室に満ちるシャンプーの香りが、二人の間を優しく包み込む。
「そこ、もう少し長く」
桜花の甘えた声が、和音の耳に届く。彼の指が、彼女の体を撫でるたびに、彼女の体温がわずかに上昇しているのが分かる。和音は、彼女の体の反応が、彼女の心に正直であることを知っていた。彼の指が離れると、桜花は物足りなさからか、小さくため息をついた。
最後に、和音は桜花の頭を洗い始めた。指の腹で頭皮をマッサージするように丁寧に洗い、シャンプーの泡が彼女の長い髪を包み込む。指が髪を梳き、毛先まで泡を行き渡らせる。桜花は目を閉じ、うっとりとした表情を浮かべた。彼に髪を触られる時間は、彼女にとって至福のひとときなのだろう。
「その気にさせるな、って言ったじゃない」
と、小声で呟いたが、その声には抗議の色よりも甘えが勝っていた。彼女の白い肌が、湯気の中でしっとりと輝いていた。
シャワーで丁寧に泡を洗い流すと、桜花は「80点」と辛めの評価を下した。
第4章:髪に触れる愛と揺れる心
「俺の腕じゃ、まだまだ桜花を唸らせるには足りないか。」
和音はそう呟きながら、苦笑した。この採点も、彼女なりの愛情表現であることは重々承知している。彼の心には、いつか桜花を100点満足させる日が来るのだろうかという、ささやかな挑戦心が芽生えていた。それは、彼女との関係をより深く、完璧なものにしたいという、和音自身の願望の表れでもあった。
今度は桜花の番だ。和音は洗い場の椅子に座り、桜花がボディーソープで泡立てたスポンジを背中に滑らせるのを感じた。彼女の指先が、和音の背中を優しく、しかし確実に擦っていく。桜花の手つきは、和音よりも少し荒っぽい。だが、その乱暴さの中にも、彼女なりの愛情が込められているのが和音には分かった。
「落第点だな。」
和音がからかうと、桜花は仕返しとばかりに、彼の背中を少し強めに擦り始めた。その指の圧は、和音の肌に心地よい刺激を与える。
「機嫌が悪いとタワシで洗われたこともある。」
和音は、内心でそう呟いた。事実婚状態で同居している彼らにとって、性的な部分に対する許容レベルは低いとはいえ、生活時間のリズムや家族計画に関わるレベルの行為については制約が大きい。和音の両親から性教育を受けた時にも言われたことだが、パートナーとして長い付き合いをしていくなら、体も心もお互いのことをよく勉強していくことが重要だ。アダルトビデオや官能小説といったものは、所詮はファンタジーだと、親に言われたことを思い出す。和音は桜花にとっての最善を知る必要があるし、桜花は和音にとっての最善を知る必要がある。そう分かっていても、年々採点が厳しくなっている気がする。それは、桜花が彼に寄せる期待の大きさと、彼らの関係がより深いレベルで試されていることの表れでもあった。浴室の湯気が、彼の頬を温かく包み込んでいた。
洗濯機が止まったことを告げるアラームが、浴室まで微かに響いてきた。桜花はそれを聞くと、先に風呂から出ていく。脱衣所が空くまで、和音は風呂の掃除をすることになる。壁に残る水滴を拭き取り、排水溝のゴミを取り除きながら、和音は先に出て行った桜花との時間の続きを思い描いていた。風呂場の窓から差し込む朝の光が、水滴をキラキラと輝かせている。
風呂から上がり、和音が下着に着替えて脱衣所に出ると、洗濯物を片付けた桜花が、グレーのスポーツブラとそれとセットのパンツといった下着姿で頭にタオルを巻いて待っていた。休日仕様の新品の下着セットのように見える。そのシンプルながらも、桜花の引き締まった体によく似合うデザインに、和音は素直な感想を口にした。
「素敵だ。」
和音の言葉に、桜花は満足げに小さく微笑んだ。彼女の頬が、わずかに薄桃色に染まるのを和音は見て取った。そのささやかな変化に、和音の心にも温かいものが広がる。浴室から立ち上る湯気と、彼女から漂う清潔な香りが、脱衣所を満たしていた。
和音は桜花の隣に座り、彼女の頭からタオルを解いた。濡れた長い髪が、ふわりと和音の指に触れる。ドライヤーの温かい風を当てながら、和音は丁寧に髪を乾かし始めた。彼の指が桜花の髪の間を滑り、絡まった毛を優しく解いていく。いつも和音自身が洗って手入れをしているからだろう、乱れていた髪は漉いてやることで、そろってくるにつれて髪の光沢が戻ってくるのが分かる。サラサラとした髪が、彼の指の間を流れ落ちる感触は、いつものことながら心地よいものだった。和音は、彼女の髪が彼の指に吸い付くような感覚を楽しみながら、彼女の頭を傾け、首筋から毛先まで入念に乾かしていく。温かいドライヤーの風が、彼の指先に触れる桜花の肌をわずかに熱くする。
髪がほとんど乾くと、和音はそれをまとめなおし始めた。捩じった毛束をゴムに巻きつけ、巻きつけた毛束をピンで固定し、上からネットをかける。シニオンにまとめられた髪を鏡で確認した桜花は、再び「80点」と辛口な採点をした。
「俺の腕じゃ、まだまだ桜花を唸らせるには足りないか。」
和音はそう呟きながら、苦笑した。この採点も、彼女なりの愛情表現であることは重々承知している。彼女の満足そうな表情に、和音は満たされた気持ちになった。四月の光が、鏡の中の二人の姿を明るく照らしていた。
第5章:休日の家族との団欒
二人ともお揃いのカジュアルシャツにジーンズといった普段着に着替えると、和音と桜花は同じアパートの隣の区画にある和音の実家へ向かった。四月の柔らかな陽光が、アパートの窓から差し込み、彼らの足元を照らしている。相田家の朝食は、常に大人数だ。今日の朝食は、両親と妹の橘花、従弟の皐希、そして祖父母を含めた六人分。それに加えて、和音と桜花自身の分も合わせると、かなりの量になる。しかし、それは彼らにとって、もはや当たり前の日常であり、家族の温かさを感じる大切な時間だった。
実家の台所に入ると、温かい朝の空気が彼らを包み込んだ。味噌汁の出汁の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。和音は慣れた手つきで冷蔵庫を開けた。桜花は献立を決めるのが得意だ。彼女が「今日の朝食は和食ね。卵焼きと、鮭の塩焼き、それから味噌汁とご飯ね」と告げると、和音は迷いなく食材を取り出し始めた。料理は小学生の頃から母に厳しく仕込まれ、中学に上がってからは家族の分の炊事と自分たちの分の選択は、和音と桜花の仕事になっている。両親と子どもたちの生活時間が違うのと、桜花が我儘を通して交渉した結果なのだという。それは、二人の共同生活が、家族全体に受け入れられている証でもあった。
「和音、卵焼きは私がやるわ。あなたは味噌汁とご飯をお願い。」
桜花が指示を出すと、和音は無駄のない動きで調理に取り掛かる。包丁がまな板を叩く小気味よい音、鮭が焼ける香ばしい匂い、味噌汁の出汁の香りが台所いっぱいに広がる。二人が協力して手際よく作業を進める姿は、長年培われた共同生活の賜物だった。彼らの間には、言葉以上の理解と連携が確立されていた。
食事ができあがる頃、奥の部屋から両親と妹の橘花、従弟の皐希が起きてきた。賑やかな足音が近づき、やがて食卓に全員が揃う。
「おはよう!」
橘花の元気な声が響き、皐希もそれに続いて小さな声で挨拶する。
「おはよう、二人とも。」
和音が答えると、桜花は優しく二人の頭を撫でた。
食事中、女性陣は姦しくおしゃべりに花を咲かせた。母と祖母たち、そして桜花と橘花は、よく似た仕草で食事をしている。桜花と橘花は、顔立ちもどことなく似ており、和音から見ても、橘花を見ると小学生だった頃の桜花を思い出すほどだった。祖母たちや母たちを見ると数十年したら桜花もああなるのだろうと思うほど似ているとも和音は感じていた。賑やかな女性陣の声が台所に響き渡り、家族の温かい雰囲気を一層引き立てる。それとは対照的に、父と和音、そして皐希は、静かに食事を進めながら、その賑やかさを微笑ましげに見守っていた。家族全員が一つ屋根の下で食事を共にするこの時間は、和音にとって何よりも温かく、大切なものだった。彼らの存在が、和音と桜花の関係の基盤を、より強固なものにしていることを、和音は深く感じていた。
食事が終わり、片付けを始めようとすると、妹の橘花が従弟の皐希を捕まえた。
「皐希、一緒に宿題しよう!」
そう言って、半ば強引に彼を連行していく。皐希は迷惑そうにちらりと和音の方を見るが、和音は目で「諦めろ」と返してやった。橘花に捕まると、皐希に逃げ場はない。
「橘花はしっかりしてきたね」
和音が母に言うと、母はにこやかに答えた。
「あなたの後ろでも待ってるわよ。」
母の視線の先にいたのは、にっこりと笑う桜花だった。彼女の瞳には、いたずらっぽい輝きが宿っている。
「和音、行くわよ。」
桜花はそう言って、和音の手を取り、勉強部屋へと「連行」していった。彼女の指が、和音の掌に柔らかく絡みつく。後ろからは、両親の楽しそうな笑い声が響いていた。その笑い声は、彼らの関係が家族公認であることの証でもあった。
和音は、内心でため息をついた。自分はそこそこ成績が良かったこともあって、両親から勉強しろと言われたことはない。しかし、その代わりに三倍くらい桜花からは勉強しろと言われている気がする。勉強を渋ると、「和音と同じ学校に進学したいから勉強して」とか、「あなたの将来はあなただけの将来じゃないから勉強して」などと、半ば脅迫めいた言葉で迫られる。口喧嘩しても桜花には勝てないし、勉強に関しては両親までもが桜花の味方をする。彼女を無視することもできるが、そうすると機嫌が悪くなって面倒になるし、遊ぶにしても、一番の遊び相手は彼女でもある。後回しにして外に遊びに出たとしても、桜花は時間に余裕があるため、小言を言いながら和音が勉強しているのを監視しに来るのが鬱陶しい。結局、勉強するにしても遊ぶにしても、同じ時間に一緒に同じことをしていた方が、彼女の機嫌もいいし、彼女からの待遇も良くなるうえに楽しいのだ。
和音は、桜花と共に勉強机に向かいながら、改めて感じた。自分たちの関係は、もはや単なる幼馴染や従兄妹の枠を超えている。彼女の独占欲、そして彼に寄せる絶対的な信頼。彼の諦めにも似た受容と、彼女への深い愛情。互いに高め合い、支え合う、彼らなりの共依存の関係。それが、彼ら相田和音と桜花の、変わらない日常だった。四月の柔らかな日差しが、彼らの机の上を照らしていた。
第6章:午後の寛ぎとささやかな秘密
お昼になったら、和音と桜花は再び台所に立ち、今度は十人分の昼食を用意した。今日の昼食は、桜花が楽しみにしていたペペロンチーノだ。ニンニクと唐辛子の香ばしい匂いが台所いっぱいに広がる。まず二人で四人分を用意し、子供たち四人で先に昼食を済ませてしまう。子供たちが食べ終わって部屋に戻っていく頃に、学習塾で午前の授業を終えた母と祖母たちと、何をしていたのか分からないが父と祖父たちが食卓に揃い、大人たちの食事が始まった。食卓は、大人たちの会話と、フォークが皿に触れる音で賑わった。
父に後片付けを頼むと、和音と桜花は一階の教室の掃除に取り掛かった。机を拭き、床を掃き、黒板を消す。黙々と作業をこなす和音と、時折和音の動きに合わせて冗談を飛ばす桜花。二人の息はぴったり合っていた。掃除を終え、教室の鍵を閉めると、ようやく二人の自由時間が訪れた。四月の午後の日差しが、窓から差し込み、教室の床を明るく照らしている。
「ねえ、和音、テレビでネット配信の洋画を観賞しない?」
桜花が和音の腕を掴み、甘えるように言った。和音は頷き、二人の寝室へと向かう。普段は冷え切っている台所やリビングだが、暖かくなり始めたこの時期は、冷えすぎず快適だった。リビングのソファを背もたれにして床に座り、和音が準備をしていると、菓子とコーヒーを持ってきた桜花が、和音の股の間に割り込むようにしてドデンと座り込んだ。和音の背中が、彼女の柔らかな重みを受け止める。彼女の髪から漂う甘い香りが、和音の鼻腔をくすぐった。
和音は、ごく自然な動作で、桜花を後ろから抱え込んだ。彼の腕が桜花の胸元を軽く覆う。桜花の柔らかな体温が、彼の腕に直接伝わってくる。彼女の肩に自分の顎を乗せると、桜花は和音の腕の中にすっぽりと収まった。この密着した姿勢は、彼らにとっていつもの寛ぎモードだ。和音の腕が桜花の胸元を軽く覆う。桜花の柔らかな体温が、彼の腕に直接伝わってくる。和音は、彼女の髪から漂うシャンプーの匂いを深く吸い込んだ。
桜花がリモコンを操作し、映画が始まった。英語のヒアリングの勉強のため、いつも吹替なしの日本語字幕の洋画を二人で観賞している。どこまで成果があるのかは分からないが、和音は、この時間が好きだった。映画のラブシーンが流れると、桜花の体が和音の腕の中で、かすかに熱を帯びるのを感じる。彼女の心拍数が、和音の胸に伝わってくる。彼女の吐息が、和音の首筋に触れ、微かに体を震わせる。それは、肉体的な快感と感情的な高まりが連動している証拠だった。和音は、その変化を敏感に感じ取りながら、彼女を抱きしめる腕に、そっと力を込めた。
一転して、ホラーシーンが始まると、桜花は身を縮こませ、和音の腕の中にさらに深く潜り込んできた。怯える彼女を、和音はしっかりと抱きかかえる。桜花の震えが、和音の胸にダイレクトに伝わる。和音は、彼女の頭を優しく撫で、耳元で「大丈夫だ」と囁いた。彼女が怖がれば怖がるほど、和音は彼女を抱きしめることに集中できる。こうした瞬間が、二人の関係をより深く、強くしていく幸せなひと時だと和音は感じていた。彼女が感じる全ての感情を、彼もまた共有しているような錯覚に陥る。桜花もまた、彼の腕の中にいることで、どんな感情も受け止めてもらえるという安心感に包まれていた。
映画が終わり、リビングには穏やかな沈黙が戻った。和音の腕の中で、桜花はすっかりリラックスし、微睡んでいるようだった。和音は、彼女の柔らかな髪に頬を寄せ、その温もりを心ゆくまで味わった。特別な会話がなくとも、二人の間には確固たる絆と、互いへの深い愛情が流れていた。このささやかな午後が、彼らの日々の生活の支えになっていることを、和音は改めて実感するのだった。
第7章:休日の終わりと平穏な日常(午後の部)
夕食は、休日の定番であるカツカレーだった。揚げたてのカツの香ばしい匂いが台所いっぱいに広がり、食欲をそそる。和音と桜花は手際よく準備を進め、家族全員で賑やかに食卓を囲んだ。食後、片付けを終えて二人で風呂に入ると、一日の疲れがじんわりと解けていくのを感じた。
風呂から上がり、自室に戻ると、和音は桜花の様子がどこかおかしいことに気づいた。夕食の時、父から封筒を受け取って以来、桜花はどこか挙動不審で、顔を真っ赤にしてニマニマしているのだ。その顔には、いたずらを企むような、それでいて満ち足りたような表情が浮かんでいる。和音は気になったが、機嫌は良さそうなので放置しておくことにした。どうせ何か企んでいるのだろう。
第8章:休日の終わりと平穏な日常(夜の部)
就寝時間が来て、二人は同じ寝床に入った。四月の夜の帳が、窓の外に静かに降りている。明日は月曜日、また一週間が始まる。和音は、桜花の体を優しく抱き寄せる。彼女の柔らかな体温が、和音の体にじんわりと伝わってくる。桜花は和音の腕の中で、満ち足りた表情を浮かべる。特別な会話はなくとも、互いの体温、呼吸、触れ合う肌の感覚が、二人の深い一体感を物語る。互いの存在が隣にあることへの安堵と、平穏な日常の尊さを噛みしめる。彼らの間には、言葉以上の深い理解と信頼が満ちていた。和音は、桜花の髪に頬を寄せ、その柔らかな感触を味わう。
そして、彼らは未来へのささやかな言葉を交わした。
「明日からまた一週間が始まるね。新しい学年での生活も慣れてきた?」
和音が桜花の髪を優しく撫でながら尋ねた。
「うん。和音も、学級副委員長、頑張ろうね。」
桜花の声は、眠たげで、甘さが混じっていた。
「ああ。ずっと、ずっと、一緒にいようね。」
和音は、桜花の頭をそっと抱き寄せ、唇にキスを落とした。彼女の柔らかな唇が、和音の唇に触れる。それは、彼らの揺るぎない絆と、未来への誓いを込めたキスだった。
一日の終わり、二人は深い眠りに落ちた。彼らの絆は、平穏な日常の中で、ゆっくりと、しかし確実に深まっていくのだった。四月の静かな夜が、二人の穏やかな寝息を優しく包み込んでいた。
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