Act.5-3

 晴海は、先ほど思いついた、「水族館デート」のことを考えていた。


「ねぇ、蒼子。国立A病院の近くに水族館があるだろう? 今度の日曜日、美術館じゃなくて、水族館へ行ってみない? 体が辛いようなら、その……。諦めるけど」


 初めてのデートの誘いに、晴海は口から心臓を吐き出しそうだった。


「素敵! 晴海君と一緒にお魚さんを見られるの? 行きたい!」


 蒼子の跳ね上がった声に、晴海の心もバッタくらい飛び上がった。


「うん。あそこ、イルカショーやペンギンショ―もやってるだろ? 確か、イルカに触れる体験もあったよ」


「行く! 行く! 晴海君と一緒なら、どこへだって行きたい!」


 蒼子の、「どこへだって」は、A市内に限られている。2人が待ち合わせ場所と時間を決めていると、階下から母親が、夕食ができたと叫んだ。


「んじゃ、決まり。メシだってさ。蒼子は食べられそう? なんだか、無理させちゃったな。蒼子もちゃんと食事を摂るんだよ。そうしないと、水族館へ行かれないぞ?」


 晴海は横たわったままの蒼子に、半分注意するかのような口ぶりで言った。


「はぁい! ちゃんと食べまぁ~す。楽しみだわ。じゃあ、またね」


 蒼子はぶんぶんと手を振った。


「んじゃ、切るね」


 言ってはみたものの、自分から受話器のマークを押すことができなかった。それをまた、蒼子は察したらしい。小さく笑うと、人差し指を見せた。


「せぇ~のっ! で、『ま・た・ね!』って言って押しましょうよ」


 その提案は晴海にとって最高だった。


「うん! じゃぁ、言うよ」


 2人は同時に声を発した。


「せぇ~のっ! 『ま・た・ね!』」


 ポチっとマークに人差し指を乗せると、画面が暗くなった。晴海はスマホを机の上に置くと立ち上がり、「うっし!」と小さく叫んでガッツポーズをした。


(蒼子が『またね』と言ってくれた)


 それが嬉しかった。また会える。今週末は水族館だ。それに、M美術館へ行けば、必ず蒼子がいる。雨の日は電話で……。まだまだ、蒼子と一緒の時間を過ごせる。

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