Act.5-2
蒼子がこの街を出られないことは、十分わかっている。ディズニーランドではしゃぐなんて、自殺行為だろう。
蒼子は、病院から遠く離れたところへは行かれない。何かあってからでは間に合わない。だから、美術館でしか会えないと思いこんでいた。
今までも、会えない日だって当然あった。
蒼子が病院へ行く日とか、晴海が生徒総会で下校時間がとんでもなく遅くなったときとか……。会えなくても、必ずどちらかがM美術館から見下ろせるS灘の、海の青と空の青の風景を見つめていて、そのときの様子をLINEで書いたり写真を送ったりしていた。そうやって、いつもあの風景を共有していた。
でも、雨の日はそれすらできない。2人の間に、見えない水の壁ができたような感じがするのだった。
しかし、突然晴海の脳裏に、建物の映像が浮かんだ。
(まてよ……)
晴海はふっと思いついた。国立A病院の近くに水族館がある。蒼子とはM美術館でしか会えないと思い込んでいたが、A水族館なら行かれるかもしれない。
気分転換に誘ってみようか……。晴海はスマホを握った。
「よし!」
晴海は勇気を出して、蒼子にビデオ通話をしてみた。ドッキドキだったが、意外なほど簡単に蒼子が応答してきた。
「こ……。こんばんは……。なんか……その……」
晴海はしどろもどろだった。
「ちょうど顔が見たいなぁ~。なんて思ってたのよ」
こういうとき、蒼子の方が先に、はっきりと口にするのはいつものことだった。
でも、ディスプレイの向こう側にいる蒼子は、ベッドに吸い込まれたように見えるほど、細い身体を横たえていたのだった。
「具合が悪いの? ビデオ通話なんかしてごめん」
「だぁ~かぁ~らぁ~~。顔が見たいと思ってたって、私、言ったわよ?」
蒼子は起き上がろうと身体を動かした。それを見た晴海は、思わず叫んだ。
「あ……無理はしないで。寝ててよ。蒼子がそれで話せるなら、そのままでいいから」
晴海は慌ててスマホに向かって、両手をひらひらさせた。
「ありがとう。じゃぁ、このまま寝てるけど、ごめんなさい」
蒼子は弱々しく笑った。
「調子が悪いの?」
「雨の日はね。身体も正直なのよ」
蒼子はだるそうに答えた。晴海は、蒼子の背後を見つめた。
「後ろの壁。すごいね。空の写真だらけだ」
「父に頼んで、空の写真をたくさん貼ってもらったの。私の魂が、ちゃんと空へ逝くように……ね……」
「蒼子……」
晴海は死の覚悟をしている蒼子の言葉に、心臓が握りつぶされそうに痛んだ。
「あら? 電話中?」
蒼子の母らしき人の声がした。晴海は訳もなく居心地の悪さを感じ、慌てて背筋を伸ばしてしまった。
「七瀬晴海君。晴海君と電話してるの。母よ」
蒼子が楽しそうに笑いながら、カメラを母親に向けて紹介してくれた。
「あ……。は……初めまして。七瀬と申します」
晴海はディスプレイに向かって、ぺこりと頭を下げた。
「初めまして。魂の片割れ君ね」
蒼子の母は、彼女の肩越しにひょいっと顔を出して、穏やかに微笑んだ。
この言葉に晴海は、蒼子の恋人と言われた気がしてこっぱずかしくなったが、蒼子の母親が認めてくれてるんだと思うと、浮かれてしまった。
「え……とぉ。はい。そう認識しております」
これじゃ国会で答弁する議員みたいな口っぷりだ。晴海はますます赤くなり、しどろもどろになってしまった。
「同じものに憧れ、同じように感じ、同じように想いを寄せ、同じように志向する。だから私の魂の片割れ」
蒼子は晴海をじっと見つめた。
やっぱり、言葉にするのは蒼子の方が上手だ。
「蒼子が少し沈んでいたから心配したんだけれど、晴海君と電話できてよかったわね。蒼子が笑ってて、安心したわ。晴海君。ごゆっくり」
蒼子の母は言い残すと、部屋から出て行ったようだった。
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