Act.3-3

「私、ストレート・ヘアだったって言ったでしょう? 稀にね、新しく生えてくる髪質が、今までとは違う人がいるの。私がそうだった。生え始めた頃には、頭の上でとぐろを巻いてたのよ。つまり癖毛になっちゃったの。きっと抗がん剤の影響で、真っすぐ伸びることができなかったんだわ。このカールは、それでも頑張って伸びた証なの」


 蒼子は、ふわっふわに揺れている毛先を、くるくる巻くようなしぐさをした。


「そっか。でも、毛先だけがくるっとカールした今の髪型も、僕は好きだよ。もっともストレート・ヘアの蒼子は知らないけど、そんなことはどうでもいいんだ」


 見た目なんか、蒼子が蒼子であることに一切関係がない。晴海が蒼子の魂の片割れであることには、何ら影響はなかった。


「ありがとう。抗がん剤治療が終わって半年後くらいから伸びてきて約3年。やっと、ここまで伸びたのよ。また失うのは嫌なの」


 蒼子はそう言いながらスケッチブックを開き、たった今描いたばかりの絵を切り取った。


「晴海君への形見」


 蒼子の言葉に、晴海は一瞬激しく動揺したが、これは蒼子の心のありようを描いたものだ。それは自分の心でもある。


 晴海は微笑んで手を差し出した。


「蒼子の心をもらっちゃった」


 晴海の言葉に、「形見」と言った自分の間違いに蒼子は気がついた。


「ごめんね。そうだった。この青色は私たちの心の色だった。あなたの心のありようでもあったんだわ」


「そういうことぉぉぉぉ――!」


 晴海はまた、蒼子の頬に両手を当てて、ぷにぷにと揺らした。


「むぐぐぐ――――! またやられちゃったわ!」


 蒼子はされるままに、「変顔」をしていた。


「おお! そうだ。私の『変顔』って、絶対に笑ってもらえる自信があるのよ」


 晴海の手首を握って地面に下ろすと、前のめりになって彼の顔を覗き込んだ。


「私ね、病院へ行ったら、必ず小児病棟へ顔を出すの。泣いている子がいたら、私、『変顔』をして笑わせられるのよ。これだけは自信があるの!」


 蒼子はそう言うと、自分の頬をぎゅっと押さえて、おちょぼ口になると、ピヨピヨと鳴く真似をした。


 その「変顔」を見た晴海は、思わず吹きだした。どちらかというと美人の蒼子なのだが、ここまで顔を崩して、堂々とピヨピヨと唇を動かす姿は、泣きたくなるほど可愛らしかった。思わずその唇にキスしたくなるほどだった。


 蒼子は蒼子なりに、きっと最期まで、人を笑わせられる存在でありたいのだろうと、晴海は思った。


「んじゃ、これは部屋に貼って毎日見るよ。僕らの心がいつまでも変わらないように。いつもこの想いを抱いて生きていることを忘れないように……」


 晴海は丁寧に画用紙を丸めた時だった。海から渡ってきた風に、満開を過ぎた桜の花びらが、雪のように2人に降り注いだ。

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