Act.3-1

「こういう話を知っている? 人間は産まれる前、天にいるときには男性と女性が、背中合わせでくっついてるんだって。産まれるときに引き離されて、男性として、女性として産まれてくるの。だから人は、自分の背中についていた片割れを探し求めて、人を愛するんだって」


 蒼子はおかしそうに笑って続けた。


「その片割れを求めて、人は人を愛するの……」


 蒼子は再度確認するように呟き、遠い目で空を見つめていた。


「でも、私にはもうその時間がない。だから願うの。ちゃんとあそこへ、迷わずに独りで還るんだ……って」


「蒼子……」


 晴海は答えに詰まった。


「気にしないで。私が決めたことよ。それに、私はあなたに出会えたことが、今は最高に嬉しいのよ」


 蒼子は晴れやかに笑うと、散らかしたパステルを1つ1つ拾い、片付け始めた。


「手伝うよ」


 晴海も近寄り、パステルを拾うのを手伝い始めた。その姿を見ていた蒼子は、突然晴海の頬にキスをした。


 冷たい唇、冷たい痩せた頬が、晴海の頬に触れた。


 思わず晴海は持っていたパステルを、再び地面に落としてしまった。心臓を吐き出してしまうかと思うくらいびっくりした。でも、嫌じゃなかったし、逆に2人の間のでは当然の出来事のような気がした。


「私の魂の片割れ……」


 蒼子は呟くと、パステルを全部拾い集めた。鞄に画材を片付け終わると、彼女はそのまま空を見上げた。


「晴海君は、私の『ツインレイ魂の片割れ』だと思う。私はもうすぐに空へ逝っちゃうけれど……。せっかく出会えたのに、ごめんなさい。言わないでおこうかと、悩んでたのよ。でも、言わないままではいられなかった……」


 蒼子の眼から、大きな涙がこぼれ落ちた。晴海は「僕って、こんなに積極的な男だったのか?」と思いながらも、自然と蒼子の頬を伝って流れ落ちていく涙を、彼女の顔を両手で挟んで親指でそっとぬぐっていた。


「ツインレイ?」


 初めて聞く言葉に、晴海は戸惑って聞き返した。


「そう……」


 蒼子は自分の頬をつつみ込んでいる晴海の両手に自分の手を添え、さらにきつく頬に押し付けると、ちょっと右に首を傾けて彼の手に頭を預けた。そのまま目を閉じると、満足そうに微笑んだ。


「晴海君の手。大きくてあったかくて気持ちいい」


 蒼子の頬に、また一筋の涙が流れた。


「僕の手でよかったら、いつだって君の頬を温めてあげる」


「うん」


 蒼子はゆっくりと瞼を開いた。晴海はその眼を覗き込んでにやっと笑った。


「ハンドパワーだぁ―――!」


 晴海はわざとおちゃらけて、痩せた蒼子の頬をちょっと引っ張って揺らした。


「むぐぐぐ――――!」


 蒼子も笑いながら晴海の手首を握りしめ、上を向いて晴海の手を頬から外した。彼はそのまま、蒼子の前に正座した。


「ツインレイって、何?」


 晴海はちょっと首を傾げて、もう一度蒼子に尋ねた。


「こっちに来て」


 蒼子は自分の右側の芝生をポンポンと叩いた。晴海は這って行って、そこに座った。


 彼女はスマホを取り出し、検索窓に「ツインレイ」と打ち込んだ。


「これを読んでみて?」


 蒼子は、サイトを開くと晴海に見せた。


        *


「ツインレイ」とは

 スピリチュアル用語で、前世では1つだった魂が、現世に転生する時に2つに分かれた魂のことです。


 つまりあなたと同じ魂を持つ片割れのことをツインレイと言います。


 魂が惹かれ合うことで、偶然とは思えない運命的な形で出会い、人生に大きな影響を与えるほど強くお互いに惹かれ合います。


 強い精神的な結びつきにより、出会った瞬間に深い共鳴を感じ、言葉を交わさなくても理解し合える関係になります。


 その後、試練を伴うサイレント期間(離れる時期)を経験し、魂の成長を促す課題に直面することがありますが、様々な試練を乗り越えた後、精神的・感情的に深く結びつく段階へ進みます。


 ツインレイの性別は、男女の対になっていることが多く、その人にとっての「運命の人」だといえます。


 ツインレイの特徴の1つ目は、初対面のはずなのに、昔からの知り合いのような親しみを持ったり、出会った瞬間に不思議な懐かしさを感じます。


 2つ目の特徴は『相手のことなのに、まるで自分のように感じる』ことです。


 3つ目は『なぜかその人の前では素の自分をさらけ出せる』というものです。


 ツインレイは同じ魂を持つ片割れですから、ありのままの自分を見せても大丈夫、という安心感をいだきます。


 身体的特徴でも、ほくろが同じ場所にあるとかの場合があります。



            *



「えくぼ……。僕らは同じ場所にえくぼがある。それに、なぜか僕は、初対面の君なのに、初めて出会ったような気がしなかった」


 晴海は、ディスプレイを見つめながら呟いた。


「そう……。私たち、心が似てるのよ……」


 蒼子はスマホを見つめていた。


「うん。僕、女の子と付き合ったことないんだ。それなのに、蒼子とは、一緒にいるのが当たり前って思ってしまった。告白とかさ、してないのに。もう、その段階をすっ飛ばしちゃってるんだ」


 晴海は照れながらも、正直に話した。


「そうなの。『あなたが好きです』とかって過程は、初めて出会った時に、もう済ませちゃってたのよ。だからツインレイ魂の片割れ。1つの魂を、2人で共有してるの」


 蒼子の背中の真ん中あたりまで伸びた、毛先だけがくるりっとカールした髪の毛が、海風に天使の羽のようにふわふわ揺れていた。


「そっか。そっか。うん。蒼子には何でも言える。ううん。言わなくても蒼子と同じ魂を持ってるから、僕らの間に言葉は要らないのかもね。蒼子のなんでも、僕は受け止められる自信があるよ。たとえ君が、13歳からどんな辛い治療を受けて、今ここにいるかを聞いても、この先君がどんなに辛い状況になるとしても、僕は絶対に受け止める。だって、僕らは出会ってしまった。もう、知らないことにはできない。魂の片割れを、僕らは見つけたんだ。ここに書いてある、『試練を伴うサイレント期間』が、もしかしたら本当にあるのかもしれないけれど、小説だってさ、起承転結の『転』の部分があってこそ、その物語は完結するんだ。だから僕らは、その試練にだって立ち向かえるし、絶対に勝てる。僕は蒼子から、絶対に離れないって、約束するよ」


 晴海は、ちょっと不思議な癖毛をした蒼子の頭を優しく撫でて、そのくるりっとカールした髪の毛に人差し指を絡めた。


「毛先に天使が住んでいるみたいだ」


 晴海の言葉に、蒼子は何とも言えない複雑な表情を浮かべた。


「この髪の毛は、2度目のバージンヘアなの」


「え?」


 晴海は言葉自体が理解できなかった。

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