第17話「それぞれの停学期間」

 停学処分が下された翌月曜日、校内は思ったより静かだった。文化祭で騒ぎになったあの日のことも、もう遠い話のように扱われていた。

 でも、当事者である杏たちの胸には、まだ熱が残っていた。

 杏はその日、学校ではなく港にいた。祖母の漁具倉庫の奥で、黙々と網のほつれを修理している。指先に刺さったトゲを払いながら、ぼそりとつぶやく。

「……力任せだけじゃ、だめなんだ」

 あの屋上でアンテナを引きちぎった瞬間の自分の姿が、何度も脳裏に浮かぶ。あれは“正義”だったかもしれない。でも“結果”は――停学。

 網に巻かれていた錆びた重りが、ふと、今の自分の心のように見えた。

「壊すだけじゃなくて、解くことも覚えないと」

 祖母はそんな杏を見守るようにして、小さく頷いた。

「海も網も、人も、全部つながっとる。無理に引っ張ると余計に絡まるけぇね」

 その言葉に、杏はわずかに頬をゆるめた。

 一方、貴大は市立図書館にいた。分厚い環境保護関連の書籍を開き、付箋を貼りながらページをめくる。

 ケイオス・インダストリーの違法性を訴えるには、感情ではなく“法”が必要だ。

(感情論でぶつかれば、向こうは必ずそこを突いてくる)

 そう理解していた貴大は、あくまで冷静に、しかし執念深く条文と判例を洗い出していた。

 その手元には、停学通知書も置いてある。それをちらりと見やり、苦笑する。

「処分を食らっても、止まる理由にはならない」

 規律とは破られるためではなく、運用するためにある。そう信じているからこそ、彼は動き続けた。




 真奈は小学校の給食支援ボランティアに参加していた。停学中でも外で活動することは禁じられていない。ただし、学校の名前は出せないという制限つきだ。

 エプロン姿で給食のお盆を並べる真奈を見て、小学生の女の子が声をかける。

「お姉ちゃん、いつもニコニコしてるね」

 真奈ははっとして、自分の頬に手を当てた。確かに、笑っていた。

 この数ヶ月、何かに追われるように走っていた。でも今は、目の前の小さな命に丁寧に接する時間がある。

 運ばれてきた食器の山を見ながら、彼女は思う。

(私、ちゃんと反省してるかな)

 それは自問であり、次の行動への覚悟でもあった。

 商店街では、光平が電子掲示板のメンテナンスを任されていた。

 彼の手には工具と、ノートパソコン。

「おーい光平くん、掲示板の“週替わりセール”の文字、点滅しすぎてて気持ち悪いんよ」

 八百屋のおじさんが苦笑混じりに言った。

「あ、それ僕じゃないですけど……わかりました、調整します」

 光平は膝をつき、端末のデバッグモードに入りながら思う。

(情報って、扱い方次第で人を混乱させるし、安心もさせる)

 掲示板の点滅は、まさに“強すぎる主張”のようだった。

 少し抑えた表示に直したとき、おばあちゃんが立ち止まり、読みやすくなったねと笑った。

 その笑顔が、彼の心に灯をともした。

「……発信のしかた、考え直さないとだな」

 そして停学解除直後。ブライトシーカーズの仲間たちは、再び静かに集まった。

 文化祭騒動という“暴走”を経て、力とは何か、伝えるとは何か、それぞれが自分なりの答えを得ていた。

 貴大が差し出した一枚の紙には、法廷と世論を両面から動かす作戦概要が書かれていた。

 そして杏は、それを受け取り、小さく頷いた。

「今度こそ、力の使い方、間違えないようにする」

 チームがまた一つ成長を遂げた、静かな一週間だった。

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