第13話「壊れた塔と、スキルの欠片」

「クロウお兄さん、こっち!」


 瓦礫と砂埃の中を駆けながら、ティナが振り返る。旧塔の崩落は止まり、残ったのは捻じれた金属の骨と、崩れた石材の山だった。


 だがその中央には、ひとつだけ異質なものがあった。


 ──黒い、スキルの結晶。


「スキル……ストーン?」


 俺が呟くと、ティナもその場で立ち止まり、こくりと頷いた。


「だけど、ただのスキルじゃない。さっきの……“変な感覚”、あれと同じ匂いがする」


 俺は慎重に結晶に近づいた。石は拳大、触れれば砕けそうなほどに繊細だが、中心には、幾何学的な魔法陣のような光が脈打っていた。


 思い出す。塔の崩壊の直前、時間が止まったように感じたあの瞬間──ティナの声と、あの黒い手が世界を巻き戻したような現象。


 そして俺の中で確かに“何か”がはじけた。


「これは……《スキルの核片(コアフラグメント)》かもしれない」


「知ってるの?」


「ああ。ギルドでも噂程度だが……“本来存在しないスキル”が誕生する時にだけ現れる、欠片のようなものだって」


 俺は静かにその欠片を手に取った。


 すると、視界が一瞬、白く染まる。


 ──《スキル進化判定を開始します》


 脳裏に響く、無機質な声。


 まるで神のような、冷たい機械のような。


 目を開けると、そこは砂漠の塔ではなかった。


 深い深い闇の中、いくつもの“可能性の光”が浮かんでいた。


 その中心に、俺の《基礎剣技》《戦術眼》《逆境耐性》といった、今までのスキルが球体のように揺れていた。


 そして、その最奥。


 一際、色の違う光が脈動していた。


 ──《因果律干渉》


 名も知らない。だが俺は確かに、あの時“起こり得なかった死”を回避した。スキルではなく、偶然でもない。あれは──


 未来の「書き換え」だった。


「クロウお兄さん!」


 再び現実の音が戻ってくる。ティナが心配そうに顔を覗き込んでいた。


「ごめん、ちょっと眩暈が……」


「さっきの結晶が溶けて、クロウお兄さんに吸い込まれたの。何か変じゃない?」


 俺は目を閉じ、ステータスウィンドウを呼び出す。


 ──新たなスキルが、一つだけ、追加されていた。


◆《確率干渉(Low Probability Shift)》

・低確率事象の実現を引き寄せるスキル。発動時、一度だけ「本来起きないはずの現象」が発生する可能性を上昇させる。


「ティナ」


「……うん?」


「もしかしたら俺、ヤバいスキルを拾っちまったかもしれない」


「また、滅茶苦茶なの?」


「たぶん、もっとだ」


 気付けば、ティナも笑っていた。


「でも、クロウお兄さんの“滅茶苦茶”って、なんか安心するよ」


 崩壊した塔を背に、俺たちは再び歩き出した。


 まだ形すらないギルド《リビルド》。

 だが、塔の欠片が教えてくれた。──未来は、書き換えられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る