天雷のロイド
金物 光照
メインストーリー
【第一話】産声は雷鳴と共に
はるか未来、あるいは遠い過去。
近くて遠いどこかの星での話。
魔力に満ちていたその星では、豊富な資源と魔法による高度な文明が発展していた。
しかし、魔物と呼ばれる敵性生物との戦争で文明は衰退、逆転の一手として
終戦後復興にも
しかし、多岐にわたる開発は様々な問題を生み出した。
環境破壊、魔導災害、そして
事態を重く見た統治者である諸王連合は、共同研究機構に対応を命じた。
これを受け、共同研究機構はとある計画を実行する事に決定する。
その名は、天雷計画。
◆◆◆ ◆◆◆
曇天の中、遠雷が鳴り響く。
研究室と掲げられた部屋は、
しかし、部屋全体は独特な緊張感に包まれていた。
何かが生まれる事への希望、あるいは全てが徒労に終わる絶望で全力で引き絞られた弓の様な張り詰めた感触の空気である。
部屋にいる数人の男女の視線は、部屋の中央の台座に座る人の様な何かに注がれていた。
三頭身の金属でしつらえられた青い人形である。
体長は一メートルほどで、額に三つの玉石のはまった冠が乗った頭は大きく、顔に当たる部分は艶のない黒い石の玉でのっぺらぼうだった。
末端がやや肥大した四肢は、滑らかな継ぎ目のない金属の様でありつつ、部位ごとに青みが異なっている。
前腕には冠の玉石と同じ様な物がはまっており、深い緑色をたたえていた。
胸部と肩、そして股間は一際厚い金属鎧によって守られている。
人形の座った台座は、四方八方に太いケーブルが伸びており、巡り巡って部屋の壁面の黒い石柱や水晶玉に繋げられていた。
石柱や水晶玉の前に立った白衣の人間達は、無言で人形を見続ける。
何かの合図を待っている様に。
放たれる矢が向かう先を見据える様に、初老の老人は目を細めて小さく呟いた。
ようやくだ、と。
眼光の鋭い男は細身だが、かつては屈強な騎士だったといえば納得出来る筋肉質なシルエットをしていた。
少しよれた白衣は、ローブの様にダボついて男の身体には微妙にサイズが合っていない様である。
「よし、これよりロイド・ハッシュの第一回起動実験を行う」
男はそう宣言すると、起動実験の開始を告げた。
ズターン!
その瞬間に待ったをかける様に、息を弾ませながら扉を開け放つ少女が一人現れた。
亜麻色の長髪を振り乱し駆けて来たのか、布製のバンドで髪を纏めきれておらず、髪の所々が乱れていた。
お姫様というには質素であり、神職というにはやや派手といった具合の白色のドレスと赤い布飾りが少女の息に合わせて揺れる。
その姿を見てゲンナリする初老の男性。
「シルビア嬢、お戯れを。私の研究室は遊びの場ではありませぬぞ」
青筋をたてながらも、勤めて平静を装う声で初老の男は注意する。
怒声でこそないが、怒りや苛立ちが滲んだ声には棘が立っていた。
「あら、随分な言いようね、ワイズマン伯爵。今日はとびっきりの
息が整って来たシルビアと呼ばれた少女は、乱れた髪を
その顔には反省の色はなく、何かそわそわと落ち着かない様子である。
その視線は部屋の中を忙しなく『とびっきりの
「それも
ギロリと周囲の研究員に視線を合わせるも、心当たりがあるのか部屋の中の人間達は視線を外した。
その様子で外でのスタッフの言動で悟られたと察したワイズマンは、苦虫を噛み潰した様な表情で皮肉を返した。
「いいえ、私の
元気いっぱいに答えるシルビアに皮肉が通じないと見ると、ワイズマンは肩をすくめるのだった。
「左様で……。では白線の内側で大人しくお待ち下さい」
艶のある
部屋の隅、白線の内側とした場所を指差したワイズマンはシルビアに視線で安全な場所への移動を促した。
しかし、シルビアはその誘導を無視し、ワイズマンの隣に立つと、腕組みをしながら鼻息荒く中央の人形に視線をやった。
ライブの最前列、その特等席ともいうべき場所がそこであると察して。
眉間の深い皺をより一層深くしかめながら、ワイズマンは投げやりに近くで呆然とする研究員に手で合図を送った。
慌ただしく部屋の中の研究員達は近くの椅子に着席すると目の前の石柱を、水晶玉を撫で回す。
すると燐光を纏った文字と画像が指の動きに追従した。
何か部屋の壁面で動作し始めたのか、ガコンと何かが繋がった様な音が鳴る。
その時を境に凄まじい騒音が部屋の中を駆け巡り、断続的な振動と脈動が部屋を震わせた。
「回路接続良し」
「出力安定」
研究員達の報告の後、
雷だ。
一拍遅れてゴロゴロと雷鳴が響く。
外の雷鳴とシンクロする様に炸裂音と共に白光が研究室を包んだ。
小さな電光が台座を中心に触手の様に
バリバリと音を立て、強い発光を伴いながら
そうして、人形は直立したのだった。
人形の直立と共に部屋の光と
そして、同時に
こうしてロイド・ハッシュと呼ばれた
「……どうやら成功した様だな」
息を吐きながらワイズマンは独りごちた。
周囲の研究員達はその一言を聞いて歓声をあげそうになりながらも、無言でお互いの健闘を視線で称え合った。
シルビアはワイズマンの
それらの様子を興味深そうに首を傾げながらロイドは周囲を見回すと、シルビアの視線とぶつかった。
暫くの間シルビアと
お互いの瞳に何かを見出すかの様に。
「各員数値を報告せよ」
その様子を見て、異常な動作を
気を取り直した研究員達は自分の担当するコンソールに視線を落とし、画面を撫でて操作を行う。
「魔力、電力、共に正常値」
「異常無しです」
報告を聞いたワイズマンは手元の
そこに並んだ数字は、全て想定の範囲内の値であった。
何か想定外の事が起きつつ有るのではないかと不安になったワイズマンであったが、数字は
最も、その数字を扱うのは人間である以上は完全ではないのだが。
「ここは……私は……一体……」
「ここは研究室。私はシルビアですわ!!」
一通り室内を
顔に当たる黒いスクリーンにぼんやりと浮かぶ緑色の瞳が揺れる。
未だ自我がハッキリとしていない様であると思ったワイズマンは、割り込んで声をかけたシルビアを後ろから羽交い締めにしつつ、声をかけることにした。
「お前の名前はロイド。ロイド・ハッシュだ。俺はお前の
「ロイド・ハッシュ……それが、私の名前……」
ロイドは噛みしめるように自身の名を繰り返す。
その様子に自我がハッキリしてきた事を確信したワイズマンはロイドに問いかける。
「良し、それでは自己診断プログラムの起動は可能か?」
「
機械的に反応するロイドに、マスターと呼ばれたワイズマンは、眉間にシワを寄せる。
「あー、マスター呼びはやめろ。とりあえず、そうだな……先生と呼べ」
「了解。先生、改めて指示をお願いします。……それはそうと、
一連のやり取りの間キツく絞められていたのが効いていたのか、ワイズマンの腕を無言で激しくタップするシルビアの姿があった。
「あー、そうだな、うん。すまなかった」
そういうとワイズマンは静かにシルビアを
◆◆◆ ◆◆◆
「無事起動して良かったですわ! それで、ロイドはこれからどうするんですの?」
研究室から出たワイズマン達は渡り廊下を進んで行く。
強引に付いて来たシルビアは、ロイドにべったりくっつきながらワイズマンに訪ねた。
「データを纏める間に、表に出て軽くテストをする予定ですな」
「テストですか、それは大変そうですわね。それにしてもロイドはとっても
シルビアはロイドを撫で回しながらコロコロと笑う。
ワイズマンはその様子を見ながら眉間にシワを寄せて
「ロイドは
「いけずですわ……」
「そもそも、
「さ、サボっている訳じゃあないですわ!ちゃんとお休みですの!」
シルビアの視線が中を舞う。
その様子からサボってやって来た事を察したワイズマンは、半眼で
「左様で……。なら問題ない、ですな」
貸し一つだぞと、言外にいっているワイズマン。
慌てて話題を変えようとしたシルビアはふと気になる事があったので、話題をそっちに切り替えようとした。
「ところで、この子、何に使うんですの?」
シルビアが何の気なしに問いかける。
シルビアから見てその用途が一見した姿から察する事が出来なかったのだ。
ロイドの両腕は何も持っておらず、武器らしい武器も装備していない。
頭部からたなびく二房の雷光に触れても痛くも痒くもない。
あえて目算をつけるなら、魔法特化の作業用であろうか?
戦闘用として見るには少々小柄過ぎるのだ。
「
「行けば?」
含みの有る言い方をするワイズマンに対して、シルビアは首を傾げるのだった。
「……いいえ、何でも。それより、試験場に到着したので試験を開始しますぞ」
◆◆◆ ◆◆◆
そこは研究室からかなり離れた所にある円形の広場であった。
広間の周りは盛土で囲まれており、
魔法で強化された盛土はあらゆるダメージを減衰し、周囲へ被害を及ぼさない為の防壁であった。
ロイドは広場の中央へ移動させ、広場の端にワイズマン、シルビア、研究員が集まる。
研究員は防護用の透明な
「まずは攻撃性能、運動性能を見る試験からですな。まず魔法で百個の的を出すので、的を全て破壊してくれ。コイツらはそれぞれの法則に従って動き回ったり、反撃したりする。どんな行動でも構わないからなるべくダメージを受けない様に立ち回る事を意識するのだ。いいな?」
そういうとワイズマンは
すると青色の光が電子回路の様な紋様を浮かび上がらせると、
その直後、きっちり百個の玉が空に浮かび上がった。
目玉の様に
暫くすれば、ワイズマンの言った通り攻撃してくるのだろう。
一通り準備が出来た事を確認したワイズマンは開始の合図を送る。
「ターゲット、マルチロック。ライトニングフラッシャーを行使」
ロイドが宣言した直後、彼を中心に凄まじい閃光が広がる。
すると、ロックオンされた百のターゲットは瞬時に
「しかし……テストにならんな、これは」
ワイズマンは目頭を抑えた。
「目がチカチカしますわ……」
「思っていたよりもロイドは
「とりあえず出力から計りますか?」
研究員の一人が測定用の
ワイズマンは少し考えた後、首を立てに振る。
「うむ。ロイド、今度はお前の全力……は危険なので、十%の出力で奥の的を攻撃してみろ」
そういうと、ワイズマンは懐から二枚目の
今度は米俵を横倒しにした大きな的が台座付きで現れた。
的はフヨフヨと浮かびながら、ワイズマン達の対角の端に移動し、定位置についた所でズシンと大きな音を立てて着地する。
「了解。ターゲットロック、サンダーパイル出力十%で生成。スパークバンカー行使」
的の側まで歩いて移動しながらロイドは宣言すると、拳を握り込み、連動する様に冠の丸い三つの宝玉が輝き出す。
その左右の宝玉二本から伸びる雷光の帯も呼応する様に明滅を始め、パチパチと空気を割る音を
そして、ロイドの右腕、その外側にはめ込まれた宝玉に雷が
雷は太い杭の様な形に集まると、ロイドの宝玉に薄っすらと
直後、正拳突きの要領で
ズガーン!!
「計器振り切れました!」
「的が
「盛土までえぐるとは……仕様より出力がデカいな。うーむ、一旦アンの所に戻るか」
そう
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