ケモミミ姉妹の逃亡生活

狸座衛門

第1話 白猫と黒狐

 荒廃した大山脈。そこには色がなく枯れ果てた木や草しかなかった。辛うじて人が通ったであろう痕跡が残されているが、それがいつかは分からない。


 そんな無味乾燥な場所を歩くのは2人の姉妹。片方は黒色の髪に黒い狐耳と丸い尻尾を持つ。姿勢がよく背筋をピンとしているので見た目より身長が高く感じる。格好は黒のブレザーと黒のスカート。胸元には緑色のリボンをしていて、ブレザーのボタンも律儀に全て留めている。

 もう一方は白色の髪に白の猫耳と細長い尻尾を持つ。身長低く猫背も相まって小さな少女にも映る。

 こちらも同様の色の制服を着ているがボタンは全て外して着崩している。胸元にはピンクのリボンをしている。


 2人は退屈そうに山岳道を歩いており、時々溜息も吐いていた。かれこれ3日は景色が変わらないのである。


「これは、迷子だな」


 姉である黒狐こくこが今まで言いたくなかった事実を認めて発言した。


「違うよ。だってわたし達の旅には目的地がない。つまり寄り道も正道。だから迷子じゃない」


 妹である白猫はくびょうは現実を認めたくないのか批判した。


「こんなに道草食ってるのはワイズの樹海を歩いた時以来か」


「あそこはマシだったよ。水もあったし、何より美味しい果実が沢山あった」


「そうだな。水と酸味だけの桃を天然の果実と呼んでたな」


「お姉ちゃんも美味しいって言ってたじゃん」


「美味しくないと言ったつもりだけど?」


「ほら言った。美味し(くな)いって」


「妹。それは詭弁って言うんだよ」


「嘘も方便でしょ」


 灼熱の太陽に当てられる中、白猫の冗談に付き合う気力が彼女にはなかった。何せ水も殆ど口にしていないので余計な体力を使う行為そのものが自殺である。


 しかし、そんな2人にとって更に気が滅入る問題が発生する。山岳道のど真ん中に黒い外套を纏った怪しげな人間が立っているのである。目元はローブで隠れて見えないが、こちらを注視しているのは明らかだった。


「やったね、お姉ちゃん。この連日で初めて人に出会えたよ」


「そうだな。やはり私達の目測に間違いはなかったようだ」


 ふふふと笑い会う2人を他所にして外套の者が姿を消した。風を切り裂く疾駆で白猫の前に姿を見せる。腰に納められた2本の刀を抜くと同時に2本の腕が飛んだ。白猫の両腕だった。


 外套の者は続けて斬りかかろうとしたが寸での所で危機感を感じて砂利を滑らせて距離を置いた。黒狐の方から只ならぬ殺気を感じたのである。

 白猫はというと、地面に叩きつけられた両腕をまじまじと見つめていた。


「こんな美少女を見るや否、斬りかかるなんて酷くない? 世間が聞いたら糾弾されちゃうよ」


 白猫は斬られた腕から血が流れているというのに全く意に介してない様子で話す。それを見て外套の者は言いえぬ不気味さから一筋の汗を流した。

 すぐに片方の刀を投擲したが、黒狐が掌を突き出すとそれに触れた刀は腐食して灰になる。その間に白猫の両腕も完全に再生したのである。


「くっくっくっ。流石は高額の懸賞金がかけられているだけある。魔術を操る姉と医術を操る妹、噂通りだな。俺も本気を出さなくてはなるまい」


 男と思われる声の主が急に饒舌になって語り出す。前屈みの姿勢になって殺気を隠すのをやめていた。常人ならばそれだけで危険を予測して注意を向けるが2人は違った。


「懸賞金? そんなのいつかけられたの?」


「初めから。因みに私が10億テイルであなたが1000万テイル」


「わたしの懸賞金安すぎない?」


「世間的には殺傷力がない方より、ある方が危険ってこと」


「やっぱり世間って嫌いだね」


 それでも1000万という数字は一般人が手にするには破格の額だった。10億ともなれば一生遊んで暮らせるだけの額となる。

 男は無視されているのに腹を立てたのか、右手で構えていた刀をさり気なく落とした。刀が落ちた頃には手を叩いて合掌した。


 そうなれば最後。男にとって最強の魔術が発動する。大気は荒れ、突風は吹き、大雨が降り注ぐ。雷鳴轟く光を活目すれば対象は落雷で燃えクズとなるだろう。

 男はこの術を使ったのは過去に二度しかなかった。その時に出た被害額だけでも有に億を越えている。同時にこれを使った時は必ず対象を仕留めていた。


「ふはははは! 精々後悔するがいい、あの世でな! なっ!?」


 男が決め台詞を言った直後、苦しそうに胸を押さえてその場に崩れてしまう。それから男が動く様子はなく姉がつまらなそうに見ていた。


「それに派手さも強さも必要ないと思うんだけど。結局、相手を殺せるかどうかでしょ」


 未だに男の魔術が残って雷鳴が轟き光る。直後、落雷が白猫の掲げる右手に直撃した。しかし、直撃しただけだった。まるで右手に飲み込まれてしまったかの如く、周囲は無傷無損である。


 2人は何事もなかったのように再び歩き出した。唯一、雨だけが降り続けている。


「あ、分かった。お姉ちゃんの懸賞金が高いのは人を殺してるからじゃない? 世間的には殺人は悪じゃん」


「その話まだ続いてるの? あなたは人目を気にし過ぎよ」


「そりゃ気にするよ。水分だけの桃を嬉々として食べているなんて言われたらね」


「それは世間じゃなくて私よ」


「同じじゃないの?」


「急に哲学的になるな」


「あーあー。雨は嬉しいけど湿気たら嫌なんだよね」


 荒廃の山岳道を歩くのは2人の姉妹。だが決して見た目に惑わされてはならない。

 2人は最強で最悪の姉妹なのだから。

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