ダンジョンマスター、隣に住んでるってよ。

コテット

第1話 ダンジョンマスター、隣に引っ越してくる。

 


静かな朝だった。

窓の外には雲一つない快晴、通学路を行き交う小学生の声が遠く聞こえる。

天気予報どおり気温は高めで、アパートの壁は朝からじんわり熱を帯びていた。


そんな東京郊外の木造アパート『第二アヤメ荘』の一室──203号室で、俺はアラームを止め損ねていた。


「……あっ、やべ、今日一限からじゃん」


寝癖を片手で潰しながら、俺──佐藤直人(さとう・なおと)はベッドから半分転がるように起き上がった。


 


三畳半のワンルーム。

エアコンは壊れていて、冷蔵庫には麦茶しかない。

大学二年目、バイト三つ掛け持ち、趣味は安眠と立ち読み。

誰に自慢できるわけでもないが、そこそこ平和な日常だった。


少なくとも──昨日までは。


 



 


事が起こったのは、その日の夕方だった。

大学から帰ってきた俺が玄関の鍵を開け、サンダルのまま廊下に出たときのこと。


「……ズズズ……ギュルル……」


隣の202号室──数ヶ月間ずっと空き部屋だったはずのそこから、妙な音が聞こえていた。

掃除機のようで、工事のようで、でもどこか有機的な“鳴き声”のようにも感じた。


俺は静かに足音を忍ばせて、部屋の前に近づいた。


ドアに耳を当てたその瞬間──


「──聞こえていますよ」


ビクッとして後ずさる俺。


そのまま、スッ……とドアが開いた。


現れたのは、黒いスーツを着た男。

長身、銀縁メガネ、無表情で姿勢が異常に良い。

外見年齢は20代後半くらいだが、放たれる空気が“人間じゃない”。


 


「ご挨拶が遅れました。隣に越してきたダンジョンマスターの者です。以後、よろしくお願いします」


「……は?」


唐突すぎて、声が出なかった。


 



 


男──ダンジョンマスターを名乗るその人物は、「カイ=レヴィアス」と名乗った。

名刺まで差し出されたが、そこには企業名も電話番号もなく、ただ一行。


地下迷宮統括管理者(日本特区許可済)


当然、意味がわからない。

けれど彼は言った。


「この部屋は“東京都認定特区ダンジョン No.142-B”に指定されています。

 正式に登録された居住迷宮のひとつであり、行政にも許可を得ています」


淡々と、説明を続ける。


俺はひたすら聞くだけだった。目の前で、何かが壊れていくような感覚。


「……え、つまり、隣がダンジョン……? ってことは……」


「ええ。貴方の部屋の壁は“外郭境界”に接しています。

 そのうち、壁を通じて微細な魔力が漏れるかもしれませんが、人体への影響は少ないので安心してください」


安心できるかバカ。


 



 


夜、俺はベランダに出た。

タバコは吸わないが、涼みに出たかった。


ふと、隣のベランダを見ると──鉢植えがいくつも並んでいた。

だがそれはサボテンや観葉植物ではない。


マンドラゴラ。

泣いたら致死性の悲鳴を上げると噂される、あれ。


「普通の……引っ越しじゃねぇ……」


俺はつぶやいて、アパートの手すりに手を置いた。


その瞬間、足元から地鳴りのような振動。

驚いて身を乗り出すと、アパートの真下、床下の通気口から──何か光っていた。


青白く、不規則に点滅する光。

たしかに、それは“非常口”や“LED”の類ではない。もっと、異質なもの。


「……まさか……俺の部屋まで……?」


 


そう。

たぶん、もう巻き込まれてる。

というか、巻き込まれていない“はずがない”。


なにせ、隣にダンジョンマスターが住んでるのだ。


 


──この時、俺はまだ知らなかった。

この部屋のクローゼットが、後に「迷宮階層の入り口」として登録されることを。

そして自分自身が、“迷宮協力者”として特区庁にマークされる未来を──。


 


世界の崩壊はまだ起こっていない。

けれど、日常という名のダンジョンは、もう開かれていた。


 


 


―――――――――――――――――――

◆あとがき◆


ここまでお読みいただきありがとうございます。

この物語は、「異世界が侵略してくる」のではなく、「行政が許可を出した隣人がダンジョン持ちだった」という新しい非日常をご近所から描く長編です。


カイという隣人と主人公・直人の掛け合いや、日常に潜む異物感を楽しんでいただければ幸いです!


今後も毎話7000字以上で丁寧に描いていきますので、どうぞよろしくお願いします!


 


―――――――――――――――――――

◆応援のお願い◆


この作品が気に入りましたら、★評価・フォロー・ブックマークをぜひお願いします!

あなたの応援が、隣の迷宮の拡張資金になります!


次回▶︎**第2話『宅配便はスライムがお届けします』**に続く──!


―――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る