ダンジョンマスター、隣に住んでるってよ。
コテット
第1話 ダンジョンマスター、隣に引っ越してくる。
静かな朝だった。
窓の外には雲一つない快晴、通学路を行き交う小学生の声が遠く聞こえる。
天気予報どおり気温は高めで、アパートの壁は朝からじんわり熱を帯びていた。
そんな東京郊外の木造アパート『第二アヤメ荘』の一室──203号室で、俺はアラームを止め損ねていた。
「……あっ、やべ、今日一限からじゃん」
寝癖を片手で潰しながら、俺──佐藤直人(さとう・なおと)はベッドから半分転がるように起き上がった。
三畳半のワンルーム。
エアコンは壊れていて、冷蔵庫には麦茶しかない。
大学二年目、バイト三つ掛け持ち、趣味は安眠と立ち読み。
誰に自慢できるわけでもないが、そこそこ平和な日常だった。
少なくとも──昨日までは。
*
事が起こったのは、その日の夕方だった。
大学から帰ってきた俺が玄関の鍵を開け、サンダルのまま廊下に出たときのこと。
「……ズズズ……ギュルル……」
隣の202号室──数ヶ月間ずっと空き部屋だったはずのそこから、妙な音が聞こえていた。
掃除機のようで、工事のようで、でもどこか有機的な“鳴き声”のようにも感じた。
俺は静かに足音を忍ばせて、部屋の前に近づいた。
ドアに耳を当てたその瞬間──
「──聞こえていますよ」
ビクッとして後ずさる俺。
そのまま、スッ……とドアが開いた。
現れたのは、黒いスーツを着た男。
長身、銀縁メガネ、無表情で姿勢が異常に良い。
外見年齢は20代後半くらいだが、放たれる空気が“人間じゃない”。
「ご挨拶が遅れました。隣に越してきたダンジョンマスターの者です。以後、よろしくお願いします」
「……は?」
唐突すぎて、声が出なかった。
*
男──ダンジョンマスターを名乗るその人物は、「カイ=レヴィアス」と名乗った。
名刺まで差し出されたが、そこには企業名も電話番号もなく、ただ一行。
地下迷宮統括管理者(日本特区許可済)
当然、意味がわからない。
けれど彼は言った。
「この部屋は“東京都認定特区ダンジョン No.142-B”に指定されています。
正式に登録された居住迷宮のひとつであり、行政にも許可を得ています」
淡々と、説明を続ける。
俺はひたすら聞くだけだった。目の前で、何かが壊れていくような感覚。
「……え、つまり、隣がダンジョン……? ってことは……」
「ええ。貴方の部屋の壁は“外郭境界”に接しています。
そのうち、壁を通じて微細な魔力が漏れるかもしれませんが、人体への影響は少ないので安心してください」
安心できるかバカ。
*
夜、俺はベランダに出た。
タバコは吸わないが、涼みに出たかった。
ふと、隣のベランダを見ると──鉢植えがいくつも並んでいた。
だがそれはサボテンや観葉植物ではない。
マンドラゴラ。
泣いたら致死性の悲鳴を上げると噂される、あれ。
「普通の……引っ越しじゃねぇ……」
俺はつぶやいて、アパートの手すりに手を置いた。
その瞬間、足元から地鳴りのような振動。
驚いて身を乗り出すと、アパートの真下、床下の通気口から──何か光っていた。
青白く、不規則に点滅する光。
たしかに、それは“非常口”や“LED”の類ではない。もっと、異質なもの。
「……まさか……俺の部屋まで……?」
そう。
たぶん、もう巻き込まれてる。
というか、巻き込まれていない“はずがない”。
なにせ、隣にダンジョンマスターが住んでるのだ。
──この時、俺はまだ知らなかった。
この部屋のクローゼットが、後に「迷宮階層の入り口」として登録されることを。
そして自分自身が、“迷宮協力者”として特区庁にマークされる未来を──。
世界の崩壊はまだ起こっていない。
けれど、日常という名のダンジョンは、もう開かれていた。
―――――――――――――――――――
◆あとがき◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この物語は、「異世界が侵略してくる」のではなく、「行政が許可を出した隣人がダンジョン持ちだった」という新しい非日常をご近所から描く長編です。
カイという隣人と主人公・直人の掛け合いや、日常に潜む異物感を楽しんでいただければ幸いです!
今後も毎話7000字以上で丁寧に描いていきますので、どうぞよろしくお願いします!
―――――――――――――――――――
◆応援のお願い◆
この作品が気に入りましたら、★評価・フォロー・ブックマークをぜひお願いします!
あなたの応援が、隣の迷宮の拡張資金になります!
次回▶︎**第2話『宅配便はスライムがお届けします』**に続く──!
―――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます