今日もまた初めての嘘を繰り返す

晦 雨夜

第1話 好きだからこそ嘘もつくんだよ

「今日の放課後の予定は?」


そう彼に聞かれた私はいつものように答える。


「んー、家でおとなしく勉強かなぁ。

 ただでさえテストが近いわけだし」


「まぁ、そうだよなぁ。

 テストなんてなければ、これからデートに行くこともできたのに……」


「そんなこと言ってるけど、テストが無くてもどのみち部活だったでしょ?」


他愛ない会話を交わしながら家までの帰り道を一緒に歩く。


「それじゃあ、また明日ね」


「おう、また明日」


そう言って互いに自宅の方向へ歩き出す。

そして自宅に帰った私は……




「あら、今日はいつもより遅かったね」


「すみません、友達と話してたら盛り上がっちゃって」


「友達じゃなくて彼氏と、の間違いでしょう?」


「わざわざ訂正しなくてもいいじゃないですか!」


そう、さっきの家で勉強なんてのはまるっきりの嘘。

今は親戚のお店でアルバイト中である。


「それで、気が付けばもう2ヶ月もお店の手伝いをしてくれてるけど、欲しかったものは買えたの?」


「もう少しってところ。

 せっかくなら同じものを身に着けたいなって」


「相変わらず可愛らしいわねぇ」


若いっていいなー、なんて言ってるけど、この人まだ20代じゃなかったっけ?


「それで?まだ彼氏君にはバイトのこと言ってないの?」


「……うん。

 やっぱりさ、努力してるところってあんまり見せたくないじゃんか」


「そう?

 目標に向かって頑張ってる姿って、十分魅力的に見えると思うけどねぇ」


「単に私のプライドが許さないってだけだよ」


――カランカラン


「いらっしゃませ~」


来客を告げる鐘の音と共に、今日もまたお店の手伝いが始まった。




「……ふぅ」


家に帰った私は封筒に貯めているお金に今日の手伝いでもらったお金を足した。

これでようやくお揃いのアクセサリーが買える額になった。

そこまで高額というわけではないが、学生が2個買うとなるとそれなりの出費になる。

ただでさえ友達付き合いとかおしゃれとかにお金がかかるから、こうしてバイト的なこともしないとお金が足りない状態だった。


(買うのは今週末として、どのタイミングで渡そうかなぁ)


どうせ渡すならサプライズのほうがいいんだけど、残念ながら誕生日はもう過ぎてしまっている。

まだ7月で、クリスマスやバレンタインも先の話となると、自力でサプライズの口実を作る必要がある。

また何か小さな嘘を重ねるしかないのだろうか。


(……うーん、別に嘘って言っても悪いことをしてるわけじゃないんだけどなぁ……)


どうしても現代の常識という厄介なもののせいで、まるで嘘をつくことが総じて悪いことのように思えてしまう。

誓って2股なんてしてない、というかそもそもこっちから告白したのがきっかけだし、付き合って半年だけど変わらず彼一筋なことは自信をもって言える。

そりゃあ、必要もなく嘘をつくことはないし、嘘がいらないならそれに越したことはないんだろうけど、どうしても強がりたくて嘘をついてしまう。


お店の手伝いのこともそう。

お金を貯めるために、わざわざそうした努力をしてることをまだ見せたくない。

おしゃれをする前のすっぴんを見せたくないというか、化粧や髪のセットに時間をかけるような、そんな地道な裏側なんて知らない方が幸せなんじゃないかと思う。

だから私は、最後のだけを彼に見せるために、それ以外の泥臭い部分はひたすら隠しているのだ。


その時、スマホからピロンと音が鳴った。


『勉強の調子はどう?

 もし順調そうなら、週末に息抜きで遊びに行かない?』


短いメッセージだけど、これだけで心が躍ってしまうのだから、我ながら現金なものだ。

休日とはいえ土日の2日間あるわけだし、アクセサリーは彼と遊びに行かない日に買えばいいかと考えて返事をする。


『もちろんいいよ!

 今回はどこに行こうか?』


『それじゃあ、土曜にいつものショッピングモールでいいかな?』


『いつもの場所だね、わかったよ!

 なんかもう、今からすでに楽しみなんだけど!』


よし、これで週末まで頑張れそう。

気合が入った私は、バイトの疲れも残っていたけど、ちゃんとテスト勉強も進めてから寝たのだった。




「おまたせ!

 ごめんね、待たせちゃった?」


「ううん、大丈夫。

 こっちも今来たところだから」


なんか、一度は言いたい/言われてみたいでおなじみのフレーズだ、なんて考えが浮かんだ。


「お決まりのフレーズってやつ?」


「まぁ、言ってみたかったってのもあるけど、今回は本当だよ」


そうやって正直に言ってくれる彼。


(そういうところは可愛いなって感じるんだよねぇ)


え?男に可愛いはおかしいって?

大丈夫、今時これくらい普通に言うことだから…なんて誰に弁明しているのやら。


「さ、行こっか!」


そう言って彼の手を引いて、ショッピングモールへ向かう私。

目線の端では、彼が少し照れ臭そうにしている様子を捉えている。


(おぉ!照れてる照れてる)


きちんと狙い通りの反応を見ることができて満足していたのだが――いきなりグッと肩を抱き寄せられた。


えっ、何?

一体何が起こったの?


「もう、ちゃんと前を見てないと危ないよ」


どうやら、赤信号だったらしい。

しかし、そんなことは今はどうでもいい、というよりどうやっても頭に入ってこない。

突然の出来事であること、彼がほぼ密着するような距離にいること、何より彼特有の匂いが鼻腔をくすぐることで、もう何が何だかわかんない。

痛いほどドキドキしてる胸の鼓動が今はただただうるさく感じる。

もういろんな感情が押し寄せてきて何が何だか……


「あ、あはは……ごめんね。

 これからはテストが終わるまでデートできないって思ったら、今日は楽しまなきゃって。

 それでちょっと気分が上がってたみたい」


「それは俺も同じだよ。

 だからこそ、ちゃんと楽しむためにも、せめて前は確認しようね」


「はーい」




その後は特にトラブルもなく、楽しく1日を過ごせた。

間違いなく過去一番だったし、きっと毎回デートをするたびに同じことを言ってそうな気がする。

それに、今日のデートのおかげもあって、無事にアクセサリーの渡し方は決まった。

今日の手をつないだ時もそうだけど、意外と彼はストレートな渡し方が良さそうな気がする。


(ふふっ、楽しみだなぁ……)




そんな休日を過ごした後の月曜日。

今日も彼と一緒に帰る予定なのだが、今日はいつもよりカバンが重く感じる。

アクセサリーは小物のはずなんだけど、やっぱり緊張してるのかも。


(さて、気合入れなきゃ!)


そんな内心とは裏腹に、普段通りの声で彼に話しかける。


「おまたせっ!」


「相変わらず今日も元気だね」


「そりゃあ、それが取り柄だからね」


そうして話をしながら、ちょうど帰り道の半分を過ぎた頃、あれを渡すならそろそろかと決心した。


「そうだ、今日はあなたに渡したいものがあったんだ」


「え?そうなの?」


「うん。

 ちょうど今日は付き合って7ヶ月目でしょ?

 半年ありがとうと、これからもよろしくの2つの想いが混ざってるんだから、大事にしてよ?」


そう言って、準備しておいたプレゼントを渡す。

少しだけ互いの手が触れたのが、やけにくすぐったく感じる。

普段から手をつないでるはずなのに、どうしてか顔まで熱くなりそう。


「……すごい。

 普段アクセサリーなんてなかなか買わないけど、これはちゃんと付けることにするよ!

 本当にありがとうね」


言葉では普段とあまり変わらないように感じるけど、実は少し照れているのがちゃんとわかるのは、きっとこの半年という期間の賜物だろう。


「それにしても、いつも感性が似てるなって思うことはあったけど、まさかここまで似ているとは思わなかった」


「ん?何のこと?」


「何って、プレゼントの話だよ」


いまいち何が言いたいのかピンと来ない。


「ははは、珍しく今日は鈍いんだね。

 実は簡単な話で、こっちからもプレゼントがあったってことだよ」


そう言って彼の差し出した手には私の好きなキャラクターの小さなぬいぐるみがあった。


「……えっ、これって店頭限定販売のはずじゃ……」


「この前、偶然家族と近くに出かけることがあったから。

 もしかしたらもう買ってあるのかなとも思ったけど、その反応なら杞憂だったみたいで安心したよ」


「杞憂だなんてそんな……。

 でも、本当にありがとう。

 自分で買うより、何倍も嬉しいし、絶対大切にするよ!」


「そんなに喜んでくれたら、こっちも選んだかいがあったよ」


今度は私が彼から受け取ることになって、またお互いの手が少しだけ触れ合う。

やっぱり今回も顔に熱が集まるのを感じるけど、これはきっとプレゼントが嬉しかったから……そう自分に言い聞かせる。

……だって、普段あれだけグイグイいってるのに、こんなことで照れるなんて恥ずかしいじゃん。




それからしばらく、帰り道を歩きながら他愛のない会話をする中で1つの質問をされた。


「さっきもらったこのアクセサリーだけどさ、いわゆるブランド物ってやつだよね?」


「ん?まぁ、ブランド物ではあるけどピンキリだからね。

 それはちゃんと学生でも手の届く範囲のものだよ」


「プレゼントしてくれたんだから値段のことを聞きたいわけじゃないんだけどね。

 もしこのために大金をはたいてたら、やっぱり心配にはなるからさ」


「それこそ心配無用だよ。

 ちゃんと管理したうえで買ってるものだし、遠慮せずに使ってくれていいから」


「うん、わかった」


そういった彼は、口元に笑みを浮かべながらそのアクセサリーを眺めていた。

……なぜか、その表情が少しだけに見えたのは私の気のせいだろう。


「ほら、今日は一緒に勉強するんでしょ?

 早く帰ろうよ!」


「ほんと、その元気さが羨ましいよ」


そう言った彼が歩みを早める前に、いつものように先に手を引いて走り出すのだった。




きっと、私はこれからも彼に小さな嘘をつき続けるのだろう。

もしこの嘘のネタ晴らしをするとしても、いつか全てが笑い話にできるくらい、お互いに余裕ができるほどの遠い先の話。

私から見るとこれは数ある小さな嘘の一つ。

だけど彼からすれば、彼自身で嘘を見抜くか、私がネタ晴らしするまでは、すべてが真実。

つまり、彼に知られたその時が、私から彼へのになるのだ。


だから、いろんな気持ちを込めて、でも必要以上に伝わってしまわないよう、いつも通りの笑みを浮かべながら彼に伝える。


「これからもよろしくね!」


はたしてこの時の私の表情は、彼にどう見えていたのだろうか――




――――――――――――――――――――




彼女との勉強会が終わって1人になった俺は、今日の帰り道での会話を思い出す。


「……はぁ、何も話してはくれなかったな」


帰り道でもらったアクセサリーを眺める。


(ブランド物なのは明らかだし、彼女の手元に2つあったってことはペアルックにしたいってこと。

 でも、いくらピンキリとはいえ、学生が2つ買うのはかなり厳しいのは間違いない)


実を言うと、彼女が親戚の店で手伝いをしていることはのだ。

少し前の話だが、偶然彼女の親戚の店に行くことがあり、その際に店長さんと話をする機会があった。


「もしかして君、姪の彼氏君?」


「え?姪?」


「あぁ、急にごめんね。

 前にショッピングモールで2人が一緒に歩いているのを見たことがあってさ」


「あ、そうだったんですね」


「そんな君にこんなことを言うのは変な話かもしれないけど、この店に来るなら火曜日か木曜日がいいよ」


「それは問題ないですけど、営業日的な話ですか?」


「いやいや、店自体は毎日やってるさ。

 ただ、それ以外の日は基本あの子が来るからね」


「さっき姪と言ってましたし、仲が良いんですね」


「仲は良い方だろうね。

 ただ問題は、あの子、今この店でお手伝いという形で従業員側にいることが多いのさ」


「……えっ?バイトしてたんですか!?」


「一応、この話は他の人には秘密だからね」


「……わかりました。

 でも、そんなこと彼女は一言も……」


「誤解の無いように伝えると、決して黙ってたのは君だけにじゃなく、むしろ身内以外誰にも言ってないはずだよ」


「だったら、なおさらどうしてそんなこと……。

 それがわかってたら、もっとその辺りを考えて誘うように調整できたはずなのに……」


「……多分だけどね、あの子はそんな気遣いは望んでないよ。

 それに、バイトのことを知ってるって、あの子にバレちゃだめだからね」


「……どうしてですか?」


「わからないかい?

 あの子の頑張りは、全てだからさ。

 私はね、あの子の頑張りが無駄にならないよう、せめてここで2人が顔を合わせる機会を減らす手伝いしかできない。

 だから、あなたもあの子が大切なら、あの子の頑張りを否定しないであげてほしいんだ」


「……それはもちろん、そうしたいのはやまやまですが……。

 どうして彼女は、バイトの話を誰にもしないんですか?」


「……ふふっ、見た目は少し大人びてるけど、女心はまだまだわからないかい?

 理由なんて簡単な話だよ」


「……その理由って何ですか?」


「今回は特別に教えてあげるけど、女性のことを何でもかんでも知ろうとするのは時に良くないことでもあるんだからね。

 あの子が誰にもバイトのことを言わないのは、あの子のプライド故。

 わかりやすく言うなら、好きな人には過程じゃなくて結果を見せたいっていう見栄さ」


「……好きな人に対する見栄ですか……」


「今すぐ理解できなくてもいいよ。

 ただ、そういったものが人のになることもあるのさ」




結局、あれからしばらくたった今でも、あの時の言葉の意味が全てわかったとは言えない。

ただ、誰よりも自分だけは彼女を信じているべきだとは思う。

だから、未だにこちらからバイトのことは聞いてないし、これからも聞くつもりはない。

その代わり、いつかあっちから打ち明けてくれた時は、ちゃんと聞こうと思う。

本当なら彼女に対しては常に誠実でありたいのに、その彼女のせいでずっとバイトのことを知らないという嘘をつき続けないといけなくなってしまったのだ。

それくらいは望んでも罰は当たらないだろう。


「……全く、女に嘘はつきものってよく言うけど、意図してなくても知っちゃったら意味ないじゃないか……」


そんな俺の呟きは、この行き場のない気持ちと同じく、誰に拾われることもなくただその場に漂うだけだった。

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今日もまた初めての嘘を繰り返す 晦 雨夜 @amayo_tsugomori

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