第6話:設立の意義、思惑、背景、そういったものは置いておこう
「さて、まずは前提から説明しましょうか。何故同好会を設立するのか、その前提のね」
放課後、空き教室の一角。机に座るマギと、ホワイトボードの前に立つヒビキの二人。教壇でふふんと胸をそらすヒビキは心なしか様になっている。傾き始めた日差しと合わせ、状況は補習の様相をも思わせるが……そうではない。
作戦会議である。
「決闘というものは、クオン校則第一条に定められている。挑み、了承し、合意があれば開始されると。……けれどマギ、あなたは不思議に思わなかった? 校則というものに、それほど生徒を拘束する能力があるのか、と」
「いえ。クオンの生徒ともなれば、従うべきことには従うものでは」
「……そうじゃないのよ。『普通』は、やりたいことをやって、従いたくないものには従いたくない。私は決闘を好むけど、決闘を好まない生徒はいる」
そう語るヒビキの言葉を受けて、マギが思い出すのは転校初日。ヒビキから決闘を申し込まれ、マギはそれを了承した。そこには……「同意」がある。
「……なるほど、故に互いの承認を決闘の始まりとしているのですか」
「察しが良くて助かるわ。決闘を正当な儀式、校則に記された契約としているのは、同意の存在。校則そのものの生徒への拘束力は、『存在しないからこそ存在する』。同意しなければ縛られないし、同意したなら決闘を了承する」
「儀式、契約。先日から何度かそのフレーズが繰り返されている覚えがありますが」
「文字通りの意味よ。『クオンの校則には、始まりの魔女による
決闘には同意がある。望まないなら避けることができる。故に正当であり、公平であり、束縛しない。そういう仕組みとして、クオン校則第一条の決闘の項は成り立っている。
それらを条件として契約を結ぶ、大規模な
「なるほど。であれば、校則を破る行為は物理的に行えなかったりするのでしょうか」
「試したりしない方がいいわよ? 何が起こるかわからないもの。まあそもそもクオンに入った時点で、クオンの平穏を脅かさないような思考誘導が脳内伝達系に刻み込まれる……らしいけど。あなたはイレギュラーだから、一応警告しておくわ」
「ご心配なく、私はヒビキ様の学びを邪魔したりするつもりはありません。……とはいえ、ここまでの話、着地点が見えませんが」
「言った通り、ここまでは前提。どうやっても変えられないし、誰も変えていないし、問題がないから。つまり、"校則にあるのはそこまでなのよ"」
「……ふむ」
そして、ヒビキは一度言葉を切った。こめかみを軽く指で弾き、いくばくかの思考を挟む。思考とは新しいものだけではなく、長く考え続けた懸念を引き出す時にもあらわれる。
校則は一つの契約、儀式の様式。すなわち始まりの女王がクオンにかけた
創立以来揺るがない規則の存在が生み出すのは、"そこまで"と"それ以上"の差である。
「校則がある。校則は揺るがせない。……なら、それ以上は? クオンが続くにつれて、変わっていったのはそこだった」
「それ以上、その先……校則で定められていない箇所?」
「正解。校則で決まっていないこと、始まりの女王が定めなかったことを、『校則に連続するルール』として決めていく。それも絶対的なものではなく、数百年単位で変化する暫定的かつ柔軟なもの……この校則に付随する様々の"後付け"ルールを、『契約解釈』と呼びますわ」
どん、と教壇に両手を叩きつけるヒビキ。この「契約解釈」こそが彼女にとって話したかったことであり、女王となって変えたいことの一つである。
契約解釈。すなわち契約そのものではなく、あくまで契約の運用の仕方。始まりの魔女がクオン設立時に定めた校則を一切揺るがすことなく、あるいは変えたくても変えることができなかった後世の人々が編み出した改良法。
「そして! 契約解釈のもっとも大きくもっとも問題とされるべきものが、"成績判定"! これすなわち、」
「クオンですべての運命が定まってしまう、ですか」
「その通り!! その原因はまさしく、今のクオンが決闘の成績を重視しすぎているからなのですわ!!!!」
はぁーっ、とヒビキは息を吐く。明らかにヒートアップしすぎである。マギがなんのことかついていけているのか、そういうことを彼女はもうあまり気にしていない。一応相槌を打ってくれるし答えてくれるから、多分大丈夫だろう、くらい。言い切って気持ちよくなっていた。
……正確には決闘の成績だけでなく、すべての成績判定、すなわち生徒への点数の付け方が、「契約解釈」によるものである。
始まりの魔女は学院の指針は整えたが、実際クオンにおける評価基準というものは、ただの一つも明確に定めなかったのだ。
ならば、成績によって魔女としての適性を決めよう。授業と試験を存在させよう。そして校則第一条の決闘も、クオンにおける科目として取り込んでしまおう。
……そうして、クオンは学院としての体裁を築き上げ、磨き上げ……そこでは「成績」が重視されるようになった。学ぶことは自由ではなく、人生に必要なものになった。決闘は研鑽ではなく、競争になった。クオンを卒業したあとの魔女たちは、クオンの成績でもうすべてが決まっている。
そしてその成績の中で最重要視されるようになったのが、決闘。理由は簡単、女王に連なるもっとも格式高い科目だから。始まりの女王の意図はもはや知れず、校則第一条はこうして生徒のスコアの高い割合を占めるようになっていき、そこに各々の
魔女は、王国の礎である。故に今の王国は、魔女を適材適所に配置することに極まっているのだ。
……というような状況が「気に入らない」のが、ヒビキ・アルケイデアであり、故に彼女にこのような話をさせると少々長く、熱く、複雑な話題に踏み込んでしまう。
「とにかく! つまり、私が言いたいこととしましては」
「あの、ヒビキ様」
「何かしら!?」
「結局、決闘同好会とはなんなのですか?」
──故に、その質問で、ハッと我に帰った。
(……完全に脱線していた!!)
思わず顔を覆うヒビキ。顔を触れば僅かに汗ばんでいるではないか。それに触れる手のひらも。なんとはしたないことかと、急速に冷め、恥入り、熱くなっていた自分に参る。ここから挽回する、話題を元に戻す方法を考える……というような余裕もそんなにない。
誰がこんな話に興味を持つのか、体制破壊の危険思想じゃないか、そもそもそんな大それたことを考えているなんて大人ぶった子供そのものじゃないか、そう思って普段はクオンへの文句を封じているのだ。
それがこう……マギの前でつい話してしまった。マギに決闘同好会を開かせるという話に確かに連なるものではあるのだが、はっきり言ってそこから脱線した。平たく言えばここまでの話は、今のところ丸っと聞き流してもらって構わない。
「……話を戻しましょうか」
「別に楽しそうでいらしたので、そのままでも」
「よくないわよ!!」
だから本題に入るのは、ここからである。
※
「簡潔にメリットを説明しましょう。決闘同好会設立のメリット」
「はい。同好会というものがよくわからないのですが」
「クオン校則第百八十六条に定められた、生徒が自由に立てるグループよ。そのメンバー独自のルールを決められるの」
「ずいぶん説明が簡潔になりましたね」
「そうでしょうね! で、同好会自体は校則だけど、その活動内容、課されるルールは……"契約解釈"に当たる。つまり、クオンのルールの大半と同格のものを立てられるのですわ。これにより、決闘同好会のメンバーは……」
「決闘について、学院以外のルールを定められる?」
マギの回答に、ヒビキは安堵と共に答える。軌道修正完了だ。
「正解」
要は、これだけ抑えておけばいい。それ以上の細かい仕組みは、「私」さえ把握しておけばいいのだから。
「たとえば実戦ではない演習形式。たとえば多対一、二対二などの変則戦。たとえば決闘の技量を伸ばすための特訓──」
「ほう。ふむ。なるほど」
「食いつきがいいわね……」
「いいですね。すなわち、より充実した闘いのためのグループ、それが決闘同好会と」
「まあ、そうね」
露骨に反応が良くなったマギを見て、ヒビキはグッと己の熱を押し留めた。正確にはそれだけではなく、「成績」に対する反抗も多分に含んでいる。契約解釈によって導き出される成績判定を伴う決闘は、同じ契約解釈による決闘同好会のルールで上書きできる。
同好会というルールで以って、既存のルールを覆す。ヒビキの野望はしっかりと込められていて、先ほどの弁説とまったくの無関係ではない。
とは言え、あとでいい。ひとまず大事なのは、マギのやりたいことを見つけること。これは何も、危険人物に目標を与えての封じ込めというだけではない。
「……どうかしら? 決闘同好会、悪い目標ではないと思うのだけれど」
誰にだってやりたいこと、軽くて楽しい主体性があっていい。それくらいのことでもある。これだって、ヒビキの理想だ。
ようやく様々の説明が終わって、ひと段落。マギは珍しく、与えられた言葉に対して長考を見せる。以前なら「問題ない」「必要ない」ばかりだったが、自分のことについて考えている。それは進歩だと、そうヒビキは解釈した。
日差しが茜色に染まる頃、静止していたメイド服が、ようやくその口を動かす。
「わかりました。やらせていただきます、決闘同好会」
答えは言うまでもなく、イエスだ。けれどその言葉を自ずから考えて発したことに、きっと限りなく意味がある。
「……よろしい。では、本格的な手続きを進めましょうか」
「はい。ですが、一つ質問が」
「何かしら」
「"同好会の設立には、三人以上が必要"と言っていましたが」
「ああ、そんなこと」
校則で定められた、すなわち誰にも揺るがせない始まりの魔女の絶対的契約。"三人以上の署名を以って、あらゆる同好会の設立を許可する"。一人はマギ、一人はヒビキ、しかしそれでは二人しかいない。同好会の設立要件を、満たさない。
しかしヒビキはそんなこと、と言ってのけた。マギにとっては相変わらず、ピンとこないのだが。正解に思い当たらない様子のマギを見て、ヒビキはやれやれと口を開く。
「あなたの同好会なのだから、あなたの知り合いで固めるところからよ。最初はね」
「知り合い。……知り合いとは」
「監視ゴーレムはつけっぱなしにしているの。行きましょうか」
「あなたの、最初の友達のところへ」
ヒビキは、心なしか楽しそうに、意地悪そうに笑った。
※
こんこん、こんこん。
がちゃり、と家の戸を開ける。もう直ぐ夜だというのに、誰だろう。そう思いながら、警戒はせず、不用心に、
「はい、どちら様でしょうか」
「お久しぶりです、セレナ様」
「こんにちは、セレナさん」
「……うわぁああえっ!?」
セレナ・デートは驚愕した。何故か? 昨日集団リンチを仕掛けて返り討ちに遭った相手であるマギと、そのマギが主人として慕っている「学院最強」のヒビキ。
恐れ多くも偉大な先輩方(セレナより一つ上の学年である)のトップオブトップが、自身の家に押しかけたからだ。
「はえ、は、アタシになにか」
「セレナ様。強くなりたいですか」
「へ? アンタ、マギ、一体何を」
「自室にはダンベル、机の上には昨日の決闘の内容を書いたノート。家でできる限りの特訓をしているようで、なるほど見込みがありそうじゃない?」
「……アタシの部屋!? いつの間に覗いたの!?」
セレナの疑問に、マギとヒビキは一切答えない。ただ、こう告げるのみである。
「決闘同好会。三人分の署名が必要なのです」
「あなたにとっても悪い話じゃない。というわけで、とりあえずサインをちょうだい」
「え、は、いや」
ずい、ずずい。このまま行けば、玄関から押し入り、いや扉が破壊されかねない。並の人間にそう誤認させるほどの特有の気配を出すことは、マギ達にとって朝飯前である。今はもう夜に近いが。
「……とりあえず、話だけでも聞かせてくれないかなぁ!?」
たまらず、セレナはそう叫んだ。それはセールスを押し付ける側のセリフに等しいと、そんなことにも気づかずに。
……以上の手続きにより、決闘同好会は承認される。ひとまず同好会内での決闘は、自由にルールを決められるという設定が為された。
とはいえ三人。まだ三人。セレナの友人達を引き込んでも七人。主催たるマギを満足させなければ、同好会は意義を成さない。そして更に遠大な計画が、ヒビキの中にはある。
「決闘のルールを書き換える」。これは同好会の中でのみ通用する契約解釈。
ならば発想を転換し、同好会のメンバーを無尽蔵に増やせばいい。極論を言えば生徒全員が決闘同好会に入ったなら、事実上決闘に関するルールを同好会で掌握できる。これが、ヒビキの裏の目的である。
つまりどちらにせよ、「メンバーを増やす」。
これが次の課題であり、
「……次の課題は、アピールね」
そのためには、地道な勧誘が必須である。
同好会の存在証明。地に足のついたロビイング。運営を担うヒビキは、様々の思索を張り巡らせ、施策を実施することとなり……その末に、彼女達は図らずも学院を救うこととなる。
それは、これから語られるお話である。
「決闘同好会のみなさま! 仕事を持ってきましたわよ! 同好会の知名度向上に繋がるし・ご・と!!」
決闘同好会が活動を開始し、しばらくして。事の始まりは、ヒビキが持ってきた「仕事」だった。
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