勘違い
第15話 今日はその、気持ちよく……なかった?
それからというもの、一度切っ掛けとコツを掴み、挨拶をするという実績を解除してしまえば、小鳥は鳥羽と問題なく挨拶を交わせるようになっていった。
彼との仲も良好らしい。
連絡先を交換したこともあって、何度か《めっちゃ綺麗な夕焼け撮れた!》《学校帰りに寄った牛丼チェーン店で噂の激辛料理、マジで辛かった!》《最近話題になってる映画の原作少女漫画、妹から借りたけど思いっきり泣けた!》という他愛のないメッセージが、画像付きで送られてきているらしい。(なお、小鳥はどう返事をしていいかわからず、《へぇ》とか《そう》と素っ気ない返事をするか、どう返していいかわからず既読を付けたままずっと保留にしているのだとか。)
また一度だけとはいえ、小鳥の方からも『おはよ』と挨拶の声を掛けることにも成功している。しかも、事前のルーティンもしていない。小鳥にとっては、驚天動地の快挙だった。拓海は目の前で大人の階段を一つ上った小鳥を見て、心の中で快哉を上げると同時に、置いていかれるような焦燥感に見舞われたものだ。
ちなみにその日の小鳥は表でいつも通りの孤高の氷姫を装いつつも、《すっごく緊張した!》《ちゃんと言えてたよね⁉》《あたしから言えるなんて!》とはしゃいだメッセージを授業中に頻繁に送ってきていた。浮かれていたのだろう。放課後は一緒に彼女の部屋で、金魚モールで買ってきたチーズケーキでお祝いをした。
そうして迎えた日直当日の朝。
小鳥の親が前日から出張で留守にしていることもあって、この日はかなり早い時間から小鳥の部屋に訪れていた。もちろん念には念をということで、ルーティンをするためだ。
いつもより時間をかけたルーティンを終え、部屋には緊張交じりのぴりぴりとした空気が流れている。
小鳥は下着を上げながら少し困惑混じりの声色で、普段とは違う言葉をおずおずと投げかけてきた。
「拓海……今日はその、気持ちよく……なかった?」
「えっ」
予想外の言葉を掛けられ、小鳥へ丸くした目を向ける拓海。
すると小鳥はスッと目を逸らし、伏せた睫毛を震わせながらわけを話す。
「動き方とか、いつもと違う、というか……」
確かに小鳥の言う通り、実は今回は思うところがあっていつもと違う動きをしていた。
戸惑う様子の小鳥に、拓海は自分の狙いが外れてしまったかと、おそるおそる訊ねる。
「それは……今日はちょっと思うことがあってやり方変えてみたんだけど……その、ただ痛かっただけ、とか……?」
「そ、そうじゃない。今までと違って、気持ちよすぎて、困……ぁ」
「……そっか、気持ちよかったのか。ならよかった」
今回はただ出すためだけの単調かつ荒々しいだけのものでなく、緩急をつけたり、他にも回転運動を加えたり、刺激するポイントなども変えてみたりしてみたのだ。
全てネットで調べた付け焼刃の知識だったので不安もあったが、ちゃんと小鳥を気持ちよくさせられたようで、ホッと胸を撫で下ろすと共に密かに自信も湧いてくる。
小鳥にとってルーティンは、ただ拓海に出させることが目的ということもあり、その反応は淡々としたもの。だから小鳥が気持ちいいかどうかわからないし、尋ねたこともない。
だが、どうして今回小鳥を気持ちよくさせようかと思ったのは、先日学校の中でルーティンを求められた時、応えられなかったことに起因した。拓海はあの時の情けない自分を払拭したかったのだ。
一方、つい本音を漏らしてしまった小鳥は、ボンッと顔を真っ赤に茹で上げ、近くにあったいつもルーティンで顔を埋めるクッションをこちらに投げつけながら、声にならない声を上げた。
「~~~~っ、拓海の、バカッ!」
「っと、悪かったって!」
よくよく見れば小鳥の頬は上気しており、額には玉のような汗。どうやらちゃんと悦んでくれた証に、口がどうにもニヤけてしまう。
そして小鳥の機嫌を損ねてしまった拓海は降参とばかりに両手を上げつつ、彼女の部屋を逃げるように退散するのだった。
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