未来さんのファンクラブがいろいろとヤバいんだけど
「話は聞かせてもらいましたよ、二人とも」
不意に響く落ち着いた声。
気づけば山田さんが、当たり前のように未来さんの隣に腰を下ろしていた。
しかも、何食わぬ顔で店員を呼び、アイスティーを注文している。
「や、やあ……山田さん。いつから聞いていたのかな?」
未来さんが少し動揺して問いかける。
その隣で俺も背筋を正す。なぜだか悪いことをしていたような気分だ。
山田さんは、メガネをスチャッと押し上げて言った。
「そうですね……松山さんの『君を守る』発言からですね」
「なるほど」
未来さんは抹茶ラテをすすり、表情ひとつ変えない。
なんだ、思ったより冷静じゃん――と思ったそのとき。
「山田さん、少し当身をさせてくれないか。今聞いたことは……全部忘れてもらいたいかな」
そう言いながら、未来さんは席を立ち、構えのポーズを取る。
「ちょ、未来さんストップストップ! ここカフェだからね!? 警察呼ばれるよ!?」
前言撤回。
全然冷静じゃなかったわ。
未来さんが本気で山田さんの記憶をリセットしようとするのを、俺は必死になって止める羽目になった。
あのあと、なんとか未来さんを止めて事なきを得た俺たちは、改めてテーブルで話し合いを始めた。
山田さんは頼んでいたアイスティーを飲み干すと、姿勢を正し、落ち着いた声で口を開く。
「なるほど。脅迫ですか」
「ああ、そうなんだよ」
俺はポケットから例の脅迫状を取り出し、山田さんに見せる。
受け取った山田さんは、メガネをクイッと押し上げながら、じっと内容を読む。
「ふむ……松山さんのファンクラブの方の犯行が濃厚ですね」
どうやら山田さんも、俺たちと同じ見解らしい。
「そうなんだ。僕のファンの子たちで、こんなことをする子がいるとは思いたくはないんだけど……」
未来さんが少し寂しそうに言う。
その表情を見て、俺の胸もチクリと痛んだ。
「確かに妙ではありますね」
山田さんのメガネがキラリと光る。
「妙?」
俺が首をかしげると、山田さんはスマホを取り出し、何やら画面を操作してから俺たちに手渡してきた。
「実は松山未来ファンクラブには、いくつか規定があるんですよ」
スマホの画面にはファンクラブの概要が表示されていたが――
「……長っ! ていうか細かっ!」
めちゃくちゃ細かい。
いや、これゲームの利用規約かってレベルで文字がびっしり詰まってる。
読む気が完全に削がれる。
「確かに少し長いですね」
さらっと俺の心の声に突っ込む山田さん。
いや、思考をナチュラルに読むのやめてくれません?
山田さんは画面をスクロールさせ、ある一文を指差した。
「これですね」
未来様に友人や恋人ができた場合は、その相手に危害を加えることを禁ずる。
「え、そんな規約あったんだ……」
未来さんは思わず苦笑いする。
そりゃそうだ、自分のファンクラブがこんな取り決めをしてるなんて、普通は知らない。
「あれ、でもこれって」
「そうです。今回の行動は松山未来ファンクラブ規定に明確に引っかかりますね」
「……あの、山田さん。さっきから僕のフルネームを使うのやめてくれないかな?」
未来さんが眉をひそめると、山田さんはあくまで真顔で、
「これは失礼しました。では、以降は“ファンクラブ規定”と呼びましょう」
山田さんは真面目な顔でスマホを閉じると、さらりと続けた。
「その規定に照らし合わせると、今回の件は――粛清対象になりますね」
「しゅっ、粛清!??」
物騒な単語に、思わずツッコミが出た。
粛清って、どこぞの社会主義国家か地下帝国でしか聞いたことないぞ!?
未来さんも少し引き気味に眉をひそめる。
「ちなみになんだけど、粛清って……どんなことをするんだい?」
「そうですね。一番軽いもので石抱き、一番重いもので張り付けの火炙りですね」
「待て待て待て待て!!!」
思わずテーブルを叩きそうになる俺。
「今って令和だよね!? 江戸時代じゃないよね!? というか本当にそんな拷問やったの!?」
「いえ、まだ違反者はおりませんので」
「そっ、そうか……」
ちょっと安心した。いや、安心していいのかこれ。
「これだけの罰があるのに、脅迫状を送ってくるというのは……たしかに妙ですね」
「ええ、そうなんです。私も自分が会長を務めるクラブから、そんなメンバーが出るのは困りますし」
「え? 会長って、今なんて?」
「言っていませんでしたか? 私は松山未来ファンクラブの会長をしています」
「マジか!??」
「ええ、大マジです」
「いやいや、なんで!?」
見た感じ、山田さんは未来さんをキャーキャー追いかけるタイプじゃない。
え、もしかして内心では欲望と日々闘ってる系?
「ファンクラブの会費で、人稼ぎできますからね」
「「なにやってんの!???」」
未来さんと声が揃った。
「松山さんのファンクラブ会員は学校外も含めて約500人。会費は月300円ですので……ざっと計算して月15万ほどですね」
「……」
すごい金額だ。
俺のバイト代には及ばないけど、それでも高校生の副収入としては破格じゃないか?
「でも、入会してメリットとかあるの?」
正直、規則は厳しいし会費も取られるしでメリットが見えない。
俺だったら絶対入らない。
「メリットならありますよ」
山田さんはポケットからスマホを取り出し、画面を俺たちに向ける。
「松山さんのかっこいい写真や、うっかりしている瞬間の写真が見られます」
画面に映ったのは――授業中、机に突っ伏して気持ちよさそうに居眠りする未来さんの寝顔だった。
頬はだらしなく緩み、いつものクールな王子様像は木っ端みじんだ。
「ま、待って! 僕そんなの知らないんだけど!??」
未来さんの声がワントーン高くなる。
「言ってませんでしたからね」
「いや、言ってませんでしたじゃないよ! ていうかそれいつ撮ったの!?」
「それは、授業中に隠し撮りをですね」
「ふぁー……」
未来さんは額を押さえ、深いため息をつく。
そして――据わった目で抹茶ラテのグラスを握りしめた。
「ねえ、悠馬。僕が刑務所に入っても、友人でいてくれるかな?」
「いやいやいやいや待って未来さん!? 落ち着いて!!」
怒れる未来さんを押さえるのにしばらくかかった。
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