脅迫状が出てきて修羅場なんだけど?

「……これは」


未来さんが少し言いづらそうに声を絞り出した。


「明らかに脅迫だよね」


俺は言葉を失った。

完全に思考の外からの攻撃。

ラブレターだと信じて疑わなかった封筒の中身が、まさかの脅迫状だったなんて。


脅迫文の文字が頭に焼き付く。

内容からして、送り主は未来さんのファンの女子生徒らしい。

未来さんにファンが多いことは知っていた。

知っていたけど……まさか、こんな過激なやつがいるとは想像もしなかった。


一歩間違えば、俺や未来さんが危ない目に遭うかもしれない。

そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「その……悠馬、なんかごめん」


未来さんは申し訳なさそうに目を伏せ、肩を小さくすくめる。

別に彼女に罪はないのに――逆に俺が悪いことをした気分になる。


「未来さんが悪いわけじゃないから。……とりあえず、バイトには別々で行ったほうがいいかもね」


「そうだね。送り主がどこで見てるかもわからないし……僕は先に行ってるよ」


未来さんは少し笑ってみせたが、その笑顔はどこか無理をしているようだった。


「ん」


俺は短く返事をして、歩き出す彼女を見送った。

遠ざかる背中が、やけに小さく見える。

そして――ほんの少しだけ、肩を落としているのがわかった。





未来さんと10分遅れで学校を出て、バイト先の最寄り駅に到着した。


「やあ、悠馬」


改札の横で、未来さんが待っていてくれた。


「あれ、先に行ってたんじゃないの?」


「学校の近くは危険かもしれないけど、ここなら大丈夫じゃないかな?」


「うっ、うーん……」


「それに、近くにうちの高校の生徒もいなさそうだったし」


「……そういうことなら」


とりあえず、バイトまで時間があるので近くのカフェで時間を潰すことにした。

普段なら、直接バイト先に向かうところだ。カフェ代もバカにならないし。


席につくと、未来さんは抹茶ラテをストローでちゅーっと飲みながら、まっすぐ俺を見た。


「それで、悠馬。どうしようか?」


「うーん……」


当然だが、議題はあの脅迫状についてだ。

カフェのざわめきが妙に遠く感じる。


「そもそも原因は、俺と未来さんが付き合ってるっていう噂だと思うんだ」


「そうだよね」


正直、噂のおかげで周りからヒソヒソ言われることはあったが、双方ラブレターが減るというメリットもあった。

でも、今回の件はもう笑って流せるレベルじゃない。


「俺としては、未来さんと付き合ってないって釈明するべきだと思う」


そのほうが安全だ。

一緒にいるところを見られたら、脅迫主の嫉妬を煽るかもしれない。

けど、「付き合っていない」と周囲に伝われば、これ以上危険なことには踏み込まないはずだ。


――まあ、本音を言えば未来さんと噂になれないのは、ちょっとだけ残念なんだけど。


「………………」


未来さんの顔をうかがうと、少し不機嫌そうな表情をしていた。


「あ、あの……未来さん?」


「やだ」


「え?」


「だから、やだって言ったの」


いつもクールでひょうひょうとしているクラスの王子様が、今はテーブルの上で指先をトントンさせながら駄々をこねている。

正直、可愛い。


「ちなみになんで嫌なの?」


「そ、それは……」


一瞬言いよどむ未来さん。

しかし、すぐにいつもの調子に戻り、スッと顔を上げた。


「悠馬。このまま脅迫主に屈していていいのかい?」


「でも、“刺します”なんて書いてあったし……」


俺はため息をつく。

メイドカフェで働いている身としては、この手の脅しは笑い事ではない。

世の中には本当に刃物を持ち出すやつがいるからだ。


「そうだね。でも、相手は高校生の女の子だよ? 大丈夫じゃないかな?」


「いやいや、全然そんなことないよ。俺なんて、その辺の女の子に毛が生えたくらいの力しかないし」


自分で言ってて悲しくなるが、事実だ。

実際、以前美咲がナンパされてた時だって、店長のマイケルが来てくれなかったらどうなってたかわからない。


「大丈夫だよ、悠馬。僕、合気道も習ってたんだ」


未来さんはイケメンな顔で、さらっと言う。


「君のことは僕が守る」


……いや、リアルでそんな台詞言う人いる!?

普通なら鳥肌ものだけど、未来さんが言うとやたら絵になるから困る。

心臓がドクンと鳴った。


「うん、なんかいろいろと逆だね」


思わず出た言葉はそれだった。

普通こういう場面は、男が女を守るって言うんじゃないのか?


「ふふ、そうだね」


未来さんはクスリと笑って、さらに追い打ちをかける。


「それで、悠馬。どうかな? 僕は悠馬を絶対に守るよ。家まで送るし」


「ずいぶん手厚いサポートだね」


「ふふ、女装のお姫様を守るのは、王子様である僕の使命みたいなものだからね」


……クソ、かっこいい。


「でも、やっぱり無理だよ」


「どうしてだい?」


未来さんの前では、適当な言い訳も通用しない。

ならば、言うしかない。


景気づけに手元のアイスコーヒーを一気に飲み干し、声を張った。


「未来さんに危険な目に遭ってほしくないんだ!」


「え?」


未来さんの目がまんまるになる。


「未来さんは……俺にとって大事な人だから」


未来さんは同級生だけじゃない。

今は俺のバイトの大事な仲間の一人なんだ。


「ええっ!?!?」


未来さんの頬が一瞬で真っ赤になった。

ストローを持ったまま固まる未来さん。


そして、そんな未来さんを見てふと冷静になる。

今さらだけど、俺……なんてこと言った?


「ふふ、お困りのようですね」


不意に、背後から声がかかった。


「「山田さん!?」」


振り返ると、そこには我らが学級委員長が、なぜか腕を組んで立っていた。

いや、なんでここに学級委員長が!?

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