ジーン・ウォーズ

大きい葉っぱ

第一章

第1話:遭遇

街を霧が覆っていた。


しかし、それは、最早“霧”と呼べるものではなかった。


空気そのものが、白く濁った液体に置き換わっていくような、異質なもの。


静かに、しかし確実に、街の形を奪っていった。


――白い体で、街を飲み込んでいく。


少女はその様子を、茫然と見ることしかできなかった。


気づけば、彼女にも霧は迫ってきていた。


 「そんなッ!」


少女は悲痛な表情を浮かべて、迫りつつある霧を見る。


迫りくる霧は、まるで波のごとき勢いのまま、少女を飲み込んでいく。


霧の立ち込めた世界は、雑音の無い、静寂の世界だった。




*     *     *     *




目を開くと、そこは見知らぬ天井だった。


そして、黒髪の少女――言社いとは、素早く上半身を起こした。


その際に、寝汗のついたパジャマが体に密着する。


 「……ここ、は……?」


言社いとはゆっくりと周りを見回す。


いるのはどこかの部屋のようで、周りは一般の雑貨や家具で溢れており、


端には大きな書棚が静かに鎮座している。


窓からは外が見え、恐らく雨が降ってるであろう音が聞こえてくる。


勿論、そんな部屋は言社の記憶にはない。


いくら考えども、結論は出てこなかった。


戸惑いが胸をざわつかせている中、


――不意に、ガチャリと部屋のドアが開かれる音がした。


言社は驚いてその音が発せられた方を見る。


ドアは勢いよく開けられ、そこから一人の少女が入ってきた。


雨に濡れたのか、黄色いタオルを首にかけ、T-シャツを着ている。


その赤髪のショートカットの少女――伽那かなは起きている言社に気づく。


 「あ、起きた? やっぱり眠りの姫は目を覚ますものだね」


冗談っぽく笑いながら、軽快な声で言社へと話しかけた。


 「それで、体の調子はどうかな? 君、この近くで倒れてたんだよ」


そう言われた言社は、目が覚める前の情景がフラッシュバックした。


 「――あの! 霧は!?」


 「え、霧?霧って天気の霧?」


突然脈絡のない事を聞かれた伽那かなは思わずたじろいでしまう。


 「霧が……街を!」


 「霧が……街を……?うーん……今日はずっと雨だけど、霧は……」


伽那は一瞬、視線を窓へと向けた。


 「うん……今日はないよ。それに、この辺りではまず起きないよ」


そう言われた言社は、思わずハッとする。


あれは夢ではないか。夢にしては生々しい感触だった。


 「ここは……?」


 「ここ? 僕たちの家だよ。結構広いんだ」


伽那は肩をすくめながら、笑顔を見せる。


言社はそんな伽那をじっと見ながら問いかけた。


 「……僕「たち」?」


 「うん? ここはオーナー含めて4人で暮らしてるよ。そういや自己紹介がまだだったね」


伽那はそう言うと、言社の方をしっかりと見た。


 「僕は赤坂伽那。残りは妹とオーナーの板坂さんと同居人」


 「妹……」


言社はその単語に僅かに表情を暗くした。


 「そうそう。杏花きょうかって言うんだけど、


   君をここに運んできたんだよ。ここから病院は遠いからね。


   まだ中2なのに、筋力じゃ僕に勝っちゃうからね」


思い出したように微笑する伽那。どこか嬉しそうだった。


 「それで、少しは落ち着いた? 飲み物でも飲む?」


軽快にそう聞く伽那。


しかし、言社の表情は曇っていた。


 「そ、それより、姉がいませんでしたか……?」


それを聞いた伽那は、目を細め、顎に手を当てて言社を見る。


 「姉……?君、お姉さんいるの?」


 「はい」


言社は頷いてみせる。


考えるようなそぶりを見せていた伽那だったが、困ったような表情で答えた。


 「う~ん……杏花は君だけしか連れてきてないんだ……」


それを聞いた言社の表情が険しくなった。


 「……お姉さんがどうかしたの?」


言社の表情を見て、何かを悟った伽那が問いかけた。


視線を落とした言社が答える。


 「少し前まで、一緒に、いました……」


 「――ということは、はぐれたの?」


 「……はい」


伽那の表情が真剣さを帯びる。


 「マズいね。この辺り森だらけだから、難しいかも」


伽那は軽く溜息を吐いた。そして、言社へと笑いかける。


 「それでも、今は、安静にしておくのが一番だよ


   お姉ちゃんについてはこちらでできるだけ探しておくよ」


 「……わかり、ました」


満足そうに伽那が頷くと、思い出したように手を叩いた。


 「そういえば、名前を聞いてなかったね」


暫く黙ったままの言社だったが、やがて口を開いた。


 「……言社いと


 「いと?変わった名前だね。でも、いい名前だと思うよ。


   それじゃあ、言社、これから暫くよろしくね」


伽那は元気な声でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る