第23話:二人の選択と新たな日常
「賢者の書庫」から帰還して、数週間が経った。
世界は、古代魔法文明の存在というニュースで未だに沸き立っていたが、俺と瑠奈の日常は、少しずつ新しい形へと落ち着き始めていた。
放課後、俺たちはバスに乗り、街外れの森へと向かう。
向かう先は、今や公式には「崩落のため永久封鎖」とされている、「賢者の書庫」の入口だ。管理者権限を持つ俺たちだけが、その封印を解き、中へ入ることができる。
書庫の浅層部分は、俺たちの秘密の研究ラボとして生まれ変わっていた。
エレイザーさんが、その
「やあ、来たかね、悠人君、瑠奈君」
ラボの中心で、白衣を着たエレイザーさんが、穏やかな笑みで俺たちを迎えてくれた。彼の表情には、かつて「忘却の徒」のリーダーだった頃の絶望や苦悩の色はもうない。今はただ、純粋に知識の探求を楽しむ、一人の研究者としての顔があった。
彼は、司法取引によって限定的な自由を得て、監視付きという条件ではあるが、俺たちの研究に全面的に協力してくれている。
ラボには、エレイザーさんが厳選した、数名の信頼できる研究者たちも集まっていた。彼らは、元「忘却の徒」の中でも良心的だったメンバーや、アーヴィング博士の意志を継ぐ弟子筋の者たちだ。
俺たちは、この秘密のラボで、「水晶の種」に記録された膨大な知識の、基礎研究を始めていた。
◇
「今日のテーマは、環境浄化技術に関する基礎理論の解析だ。瑠奈君、頼めるかね?」
「はい、お任せください、エレイザー先生」
瑠奈は、すっかり研究者の顔つきで、エレイザーさんと専門的な議論を交わしている。
俺たちの最初の研究テーマは、ソフィアさんとアーヴィング博士の遺志を尊重し、「環境浄化技術」と「持続可能エネルギー技術」に関する、安全かつ応用可能な部分の解析だ。
俺の役割は、《万象蒐集》の力を使って、「水晶の種」の中から、関連する情報を「ゴミ」として効率的に探し出し、取り出すこと。そして、データが破損している部分があれば、その前後の情報や、込められた「想い」の
俺が取り出した情報を、瑠奈が《叡智の神眼》で精密に鑑定・解析し、エレイザーさんたちが持つ現代知識や魔法理論と照らし合わせ、その意味や応用可能性を探っていく。
まさに、三位一体のチームワークだ。
研究は少しずつ、しかし着実に進展していった。
だが、同時に、俺たちは「水晶の種」に眠る知識の、あまりの高度さと、その応用の仕方によっては、再び世界に大きな災厄をもたらしかねないという危険性にも、日々直面していた。
「このエネルギー理論は、確かに画期的だ。だが、一歩間違えれば、願望成就装置ならずとも、都市一つを消し飛ばす兵器へと転用されかねん…」
「知識をどこまで公開すべきか、どの技術を優先すべきか、そして、その悪用を防ぐにはどうすればいいのか…」
ラボでは、夜遅くまで、そんな倫理的なジレンマに関する、重い議論が交わされることも少なくなかった。
高校生の俺たちには、あまりにも重い責任だ。だが、逃げるわけにはいかない。
エレイザーさんは、そんな俺たちに、かつて自分が陥った「知識への恐怖と独善」を繰り返さぬよう、常に慎重な議論と、多角的な視点の重要性を説いてくれた。彼の過去の過ちは、今、俺たちにとって貴重な教訓となっている。
俺の肩の周りでは、マスコットのウィスプが、そんな真剣な議論をBGMに、楽しそうに飛び回っている。時折、俺が研究で行き詰まっていると、何かを思い出したかのように、関連しそうな「情報の欠片(過去に俺が拾った、古代の文献の切れ端など)」を、俺の目の前にそっと運んできたりもした。その純粋な知的好奇心には、何度も助けられた。
◇
もちろん、俺たちの生活は、ラボでの秘密の研究活動だけではない。
平日の昼間は、ごく普通の高校生として、授業を受け、友達と馬鹿な話をし、そして学園行事を楽しんでいる。
この、日常と非日常のバランスが、俺たちの心を健全に保ってくれているのかもしれない。
俺の《ゴミ拾い》スキルは、相変わらず校内の落とし物発見に絶大な威力を発揮していた。最近では、その功績(?)が認められ、一部の生徒や先生からは、半ば冗談で「名探偵ソウマ」などと呼ばれ始めていた。本人はちょっと迷惑だが、まあ、誰かの役に立っているなら、まんざらでもない。
瑠奈もまた、以前よりずっと表情が柔らかくなった。
心を閉ざしていた頃の、人を寄せ付けないような雰囲気はもうない。最近では、クラスの女子たちと楽しそうに談笑している姿も見かけるようになった。
そして、俺と彼女の関係は、もはや周囲からは「付き合ってるんでしょ?」と、公然の秘密として扱われている。俺たちは、それを特に肯定も否定もせず、ただ、自然に一緒にいることが多くなった。
「相馬先輩、姫川先輩!これ、良かったらどうぞ!」
時々、第1話で助けた後輩の佐々木さんが、手作りのお菓子を持って、俺たちの教室を訪ねてくることもある。彼女の存在は、俺にとって、「自分の力が誰かの役に立つ」という、原点のようなものを思い出させてくれる、大切な存在だった。
瑠奈は、佐々木さんが持ってきてくれたクッキーを美味しそうに頬張りながら、「なかなか筋がいいわね、この焼き加減…」などと、上から目線で褒めていた。
◇
そんな、穏やかで、しかしどこか刺激的な日々が、数ヶ月続いた。
そして、ある日のこと。
俺たちのラボで、ついに最初の大きな研究成果が形となった。
「…できたぞ…!ついに…!」
エレイザーさんが、感極まったような声で叫んだ。
彼の目の前には、俺たちが解析・再構築した、二つの設計図が、立体映像として浮かび上がっている。
一つは、「汚染された大気を、触媒一つで完全に浄化するシステムの基礎理論」。
そしてもう一つは、「水と僅かな魔力だけで、半永久的にクリーンなエネルギーを生み出す、安全な小型核融合炉の設計概念」。
それらは、エレイザーさんの卓越した知識、俺の《万象蒐集》による古代データの補完、そして瑠奈の《叡智の神眼》による精密な解析…その全てが結実した、まさに奇跡の産物だった。
俺たちは、この成果をどう扱うべきか、最後の議論を交わした。
そして、出した結論は一つ。
この技術を、独占しない。俺たちの名も明かさない。
まずは、信頼できる国際的な学術機関や、環境保護団体に、匿名でこの情報を提供する。そして、世界の専門家たちによるオープンな検証と、実用化に向けた研究を促すのだ。
アーヴィング博士とソフィアさんが願ったように、この知識を、世界全体の幸福のために使う。
「これが、俺たちの…ソフィアさんから託された未来への、最初の一歩だ」
俺がそう言うと、瑠奈は力強く頷いた。
「ええ。小さな一歩かもしれないけれど、確実に世界を良い方向へ変える、大きな一歩よ」
その瑠奈の横顔は、自信と希望に満ち溢れ、神々しいほどに美しかった。
俺たちの戦いは、まだ終わらない。
だが、俺たちは今、確かな未来へと、その第一歩を踏み出したのだ。
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