第24話 戦場に降りた三つの星

 『ギルドバトル開始まで──5、4、3……』


 全員が一斉に武器を構え、足を踏み込むタイミングを計っていた。

 だが俺たちには、その必要はなかった。


 『2、1──Start!』


 システムの開戦告知が鳴り終わるやいなや、俺はスキルを発動した。


 「スキル発動──『泣く』!!」


 ぴぎゃあああああああああぁぁぁぁあ!!!


 大地に響き渡るような、耳をつんざく大音量の赤子の絶叫。

 エフェクトと共に、衝撃波のような音圧が戦場を包む。


 敵の『星巡りの使徒』たちは、まるで予想外の音攻撃に撃たれたように、わずかに動きを止めた。


 「うるっ……!?」「耳が……!?」「ちょっ、画面バグったんだけど!?」


 

 ──状態異常、発動。


 『恐怖』『混乱』『スタン』『スキル封印』『装備解除』


 確率付与とはいえ、範囲と重なれば“開幕事故”を狙える初撃。

 その成果は、目に見えて現れた。


 「スキル封じられた!?」「マントが……消えた!?え、装備外された!?」


 「よしっ……ミリア!」


 「いくよっ!『ミスティック・ブレイズ』!」


 混乱した敵前衛の一角に、ミリアの火球が炸裂。

 遅れてユズが疾走し、剣の一閃でダウン状態の相手を沈めていく。


 ──赤子の咆哮から始まる、まさかの連携。


 3人しかいない『泣き虫と魔法使い』が、15人のギルドに対して開幕で先手を奪った瞬間だった。


 その光景は、同時中継されている配信の視聴者にも、衝撃を与える。


 ⸻


【中継スタジオ:VRMMO公式放送『レヴァリア通信』】


 「ええええ!? 開幕で『星巡りの使徒』の一部が沈んでる!? 何だあのスキル!?」


 「泣いてますね……えぇ、赤ちゃんが泣いてるだけで……戦場が崩壊しました……」


 「実況のアイリさん、冷静に。これは新規ギルド『泣き虫と魔法使い』の戦術です。開始3秒でスキル封印、スタン、装備解除まで持ち込んでますね。これは──」


 「ハチャメチャすぎるわよ! 赤ちゃんが中心って何なの!?」


 ⸻


 その頃、SNSやチャットも炎上気味に盛り上がっていた。


 【実況チャット】

 

 「泣いたwwwwww」

 

 「何この開幕芸」


 「スタンバラ撒きすぎやろ」


 「あの話題ベビー、誰のサブ垢なん?」


 「泣き芸で開幕一人倒したってマジ!?」


 この瞬間、『泣き虫と魔法使い』は“化け物級に目立つ存在”へと変貌を遂げたのだった。



 開幕スキル『泣く』の効果は、戦場を想像以上に荒らしてくれた。

 『星巡りの使徒』の最前線、少なくとも4人はスキルが封じられ、2人は装備が外れてパンイチ状態でうろたえている。

 これはもう、泣き芸の革命だろう。


 「ユズちゃん、今!」


 「はいっ!」


 ミリアの魔法が第二波を放ち、爆音と共に火炎が敵の足元を焦がす。

 その間を縫って、ユズが一気に間合いを詰める。


 「スキル発動──『三連斬り』!」


 素早く三度、剣を振り抜く。

 剣筋は鋭く、怯んだままの相手のガードを切り裂いた。

 レベルも装備も格上だったはずの相手が、スローモーションのように崩れ落ちる。


 ──一撃、討ち取った。


 「よっしゃユズ! かっこよかったぞ!」


 「う、うわぁっ!? い、今の倒したの私!?」


 「気ぃ抜くな、次くるぞ!」


 だが、ここでようやく『星巡りの使徒』の主力組が動き出す。


 「ナメられるのもここまでよ! フォーメーションA、発動!」


 その声と共に、左右から二手に分かれた敵が囲い込むように前進を開始。

 混乱から立ち直ったメンバーたちが、きっちり陣形を整え始めている。


 エリスはその中央、大きく立派な杖を構え静かに歩みを進めていた。


 「不具合バグベビーとはいえ、ここまでやるとは思わなかったわ。……でも、ここからは私たちの番よ」


 フィールドに重たい空気が走る。

 強者のオーラ──あれがギルドリーダー、エリスの真骨頂。


 「ミリア、そろそろ俺の『夜泣き』行くか?」


 「まだ待って、ベビーさん。スキルは温存して。ユズちゃん、私の右へ!」


 「うんっ!」


 その瞬間、敵の後衛から魔法が飛ぶ。

 放たれたのは高精度の風属性ミサイル。

 俺はすぐにスキルを発動した。


 「スキル発動──『這いよる寝返り』!」


 ごろん、ごろん……!


 俺はその場で寝返りを打つように転がりながら、接触した敵前衛にスタンをばら撒く。

 見た目は完全にお昼寝中の赤ちゃんだが、エフェクトと効果はしっかりチート級。


 「また動き止まった!? なにこれ、意味わかんないってば!」


 「うわっ、転がっただけで気絶したぞ……!」


 「ベビーさん、うまいこと前線維持できてる! 次、私の範囲魔法いくよ!」


 「頼む、ミリア!」


 ミリアが詠唱に入る。赤と紫の魔力が渦巻き──


 「『ミスティック・ブレイズ・フレア』!!」


 範囲火炎の爆発が、スタン状態の敵3名を一気に焼き払った。


 「3人……落としたっ!」


 ……数の差は、たしかにある。

 でも、この戦いは“数”じゃない。


 『泣き虫と魔法使い』は、“戦い方”で勝負してるんだ。



 【公式スタジオ配信:VRMMO放送局『レヴァリア通信』】


 

 「お、おかしいでしょ!? 今、また3人沈んだ!? これ……本当に、あの有名ギルド『星巡りの使徒』なの……!?」


 実況のアイリが、椅子からずり落ちそうになりながら叫ぶ。

 その横で、クール系解説者のクロードが眼鏡を押し上げながら淡々と分析を続ける。


 「はい、現時点で戦力差は15対3から──10対3に。しかも、この3人……攻めのテンポが異常に早い。特に前衛の少女剣士は、斬り込みと回避を同時に成立させている。新人じゃないですね、あの動き」


 「えぇぇ……新人って聞いてたんだけど……ていうか! 赤ちゃんは!? 赤ちゃんはなんなの!? 何者なの!?」


 「赤ちゃんは赤ちゃんですね。けれども……ただの赤ちゃんではありません。あの『泣く』スキル、推定で範囲内に5種の状態異常をランダム付与、クールタイム短し。さらに『寝返り』による移動兼範囲スタン。……そして、まだ“奥の手”は見せていない様子です」


 「奥の手!? まだなんかあるの!? この赤ちゃん何人分のスキル積んでんのよ!?」


 ⸻


 【プレイヤーSNS・ゲーム内チャット】


 「転がったwwwwww次は転がったwww」


 「剣の子かわいいな……動きよくね?」


 「ベビーやべぇ。寝返りで数人スタンは草」


 「星巡りの使徒、負けるぞこれ……」


 「運営、あれバグじゃないよね?スキルおかしくない?」


 配信の視聴者数は、ギルド戦開始時の5倍を超え、公式チャンネルのトレンド1位に。

 有名配信者も続々とリアクションを始める。


 

 ⸻


【人気ストリーマー『カイ=レイダー』の反応】


 「これ、俺も見てたけどさ、ぶっちゃけ言うと……『星巡りの使徒』、今までの戦績だとほぼ“無敗”だったのよ。それがさ、開幕で5人潰されて、もう混乱してるよね」


 「で、なにがヤバいって、あの赤ちゃん。あれもう、赤ちゃんっていうか……赤の災厄って呼んだ方がよくね?」


 「これ、今日中に“赤ちゃんのギルド”加入申請パンクしちまうぞ」


 ⸻


 一方、運営本部にも軽い緊張感が走っていた。


 「おい……これ、想定してた“赤ちゃん成長イベント”の範囲内か?」


 「……はい、たぶん。観測対象ベビー、ステータス上はチュートリアル突破者扱いですけど……これは、完全に想定超えてますね」


 「今後のパッチ、調整対象に入るな……“泣く”が強すぎる」


 ⸻


 そして戦場は、再び静寂と喧騒の狭間にある。


 でも今、間違いなく──

 この世界のすべての視線が、俺たちに向いていた。

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