祭りの開幕

開会式1

   ○


 パチパチパチ。


 お花畑の会場に大きな拍手が広がった。村のみんなや外からの来賓が祝うようにして、一様に設けられた壇上に向かって笑顔を送る。

 舞空祭がついに始まった。


 その開会を告げるアナウンスが広がり、各国々から集まったカメラマンたちがその瞬間をしきりにフラッシュしていく。

 村のみんなだけではなく、観光客もいまかいまかと祭の解放に目を輝かせていた。私も服の中に隠れているココネも、そのときを心待ちにしている。


 会場はたくさんの人でひしめきあっていた。村の人間はほとんどがそこにいたし、村の外からくる観光客、それに国の外からも人が来ているのだからその数は計り知れない。

 周囲をぐるりと見知らぬ人の塊に囲まれて、落ち着かない気分だった。


 目の前には村のみんなで作ったステージがある。私たちカハズ村の住人は開催地に住む人間として、特別に一番近い席に座らせてもらっているのだ。


 そして、花畑の会場の向こう側には巨大な飛行船が佇んでいた。

 学校の社会で習ったことを必死に思い出していく。


 天空調査飛行船──クラウドスカイ号。その大きさは眺めるだけで圧倒される。


 ハルの国、ナツの国、アキの国、フユの国……世界全ての四つの国が、互いに英知を出しあい協力して作られた、技術、知恵の結晶。船体だけでおよそ全長一二〇〇メートル、幅一九〇メートル、高さ二五〇メートルもある。さらに、浮遊するためのガス袋は船体の三倍以上にもなっていて、カハズ村に降り立ったときは、まるで山がまるごと着陸してきたかのような迫力だった。


 しかもそれは一つだけじゃない。

 全部で四隻。


 船体はちょうど「人」の形のような列を組んで、その間に橋を設けてあるのだ。

 常に四隻並んで飛行するから、私たちは「船団」と呼んでいる。一つの船には約三千人の乗組員がいて、みんな普段は空の上で生活をしているのだそうだ。


 乗組員だけでも、カハズ村の人口より多い。


 それぞれの船には役割があり、一つは指導船──前方を行くのがその船だ。

 空をどのように調査するかとか、船員達の要望や悩みをみんなで話し合いをする設備や指示系統がある。船の偉い人が集まって意見を交換する場となっているらしい。


 二つ目は農畜産を担っている食料船。右舷後部にある。

 飛行船団の台所だ。空の上で生活するには自給自足が欠かせないのだとか。


 三つ目は居住船。この船は中央に配置されている。乗組員が一番多く在駐している。

 その名の通り、乗組員らの住む場所がある船。それぞれの船にも居住できるらしいけれど、ほとんどの船員は居住船で寝泊まりしているとのこと。


 最後の四つ目は、飛行船団の一番の要所──調査船だ。左舷後部にある。

 空の上には未知のものが無数に散らばって浮いている。見たこともない宝石とか、どこから漂ってきたのかわからない漂流物がたくさんあるらしい。


 空は星に一番近いところだ。だから、その星からいろいろと降りそそいでいるんじゃないか、というのが通説になっている。調査船はそれらを調査する機械や施設が整っているのだとか。


 船員にも特別な人たちがいる。


 エルフから知計を授かった魔法使い、竜に認められて寝食を共にしている竜士。巨人から秘薬をもらった怪力持ち、ドワーフから技術を受け継いだ職人など。


 飛行船団は、空を調査して世界の成り立ちを追い求める人たちの集まり。そこから新しい技術を見出して、地上にいる私たちに提供し、豊かな生活に導いてくれる先駆者である……と、ここまでが教科書に載っていた。


 ちなみに、飛行船の上部にあるガス袋は今は外されている。大きすぎて影を広範囲に作ってしまうため折り畳んでいるのだそうだ。さらには魔法で小さくコンパクトにしているとのこと。それでも、その作業には数日かかるらしいけど。


「やっとこの日がきたわね」


 隣に座るリリさんが感慨深げに声をもらした。ホッとしているのだろう。


「よかったね。無事に間に合って」

「ええ。あなたや、あなたのご両親……村の人たちの協力があってこそですわ。お父様も眠れない日が続いていたみたいですし。でも、その努力が報われて本当によかった」


 お花畑の水やりから私たちは仲良くなり、祭の準備がどれくらい進んでいるのか、その様子をリリさんからよく聞かされていた。

 舞空祭の日が近づくにつれ、大人たちの忙しさはだんだんと激しくなった。お母さんやお父さんも帰りの遅い日が何日かあったくらいだし。


「心から感謝しますわ。お互い、祭を存分に楽しみましょう」

「うん。でも、なんだか畏まりすぎだよ。もう少し気楽にしても良いんじゃないかな」


 そういうと、リリさんはバツが悪そうに笑った。村長さんの近くでお手伝いをしていたせいか、リリさんが日に日に疲労の色が濃くなっていったのを私は知っている。


 クスクスと内緒話をしていると、ざわめきが静けさにかわる。

 壇上に誰かがあがったのだろう。視線をそこへ向ける。


「お父様だわ」


 ぴしっと整えられた紺色のスーツに理髪された髪。まっすぐした背筋。ぴかぴかの革靴。うすい黒縁のある眼鏡をつけて、とても知的そうな印象を受ける。

 村長さんが一礼をして私たちの前に向き直る。そして、用意していたスピーチの原稿をゆっくりと読みあげていった。その声は船員の魔法によって大きくされているため、会場の誰もが聞き取れるはずだ。


 まずはお祭りの準備をしてくれた村の人たちへの感謝から始まり、次に村に来てくれた各国の来賓への謝辞。そして、飛行船団の方々を歓迎するお話をして、最後にみんなから拍手を送られた。

 私も手を叩いて壇上から降りていく村長さんを見送る。


「リリさんのお父さんってすごいね」

「ええ。自慢の父親ですわ」


 その言葉のあと、心珠から瑞々しい紫陽花の花が咲いた。


 花言葉は──一家団欒、家族の結びつき。


 リリさんは一層はにかんだ。恥ずかしがっているような自慢したいような、そんな顔。

 いつも上品で大人びた雰囲気のあるリリさんだけど、このときばかりはすごく子供っぽい笑顔を見せてくれた。

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