嘆生日

玄道

序章

 佐々木香苗ささき かなえは十五歳、県立K高校一年だ。


 今日も、彼女は一人で目覚め、一人で朝食を取り、登校する。


 家族は、香苗に関わろうとしない。


 それについて、彼女は仕方ないことと、諦めている。

 

 唯一の救いは、二年の谷野咲良やの さくらの存在だ。


 入学式で、香苗が落とした生徒手帳を届けたのが縁で交流を始め、師弟のような関係だった。


 七月五日


「先輩? 谷野先輩?」


 咲良は、よく物思いに耽っていた。


 無口で愛想がないが、それが、香苗には好ましかった。


 ──群れない女。私も、こんな風に強くなれたら、少しは息がしやすいのかな。


「ん、香苗ちゃん? ごめんね、またぼーっとしてた?」


「ぼーっとなんて……谷野先輩が?」


「そう、いつも上の空で、取り留めもない思考を玩んでる」


 ──それは『ぼーっとしてる』んじゃないです。


 ──まるで哲学者だ。


「で、どうしたの?」


 香苗は、息を整えると、言葉を紡ぎ始める。


加原かはら先輩のことで」


佑翔ゆうと? あいつ何かした?」


「加原先輩には、谷野先輩がいるじゃないですか」


 ──だから、LINEも交換できないんだよね。やだな、私、遠慮ばかりしてる。


 咲良は、ふっと息を吐く。


「そうね、彼はそんなことしないわ……で?」


 ──信頼し合ってる、素敵だな。


「その、谷野先輩、誕生日って……やっぱりお二人で、ですよね」


「そりゃ、まあね」


 ──勇気、ちょっとでいいから。

 

「あの……その、い、一回だけ……一回だけ私……」


「デート?」


 ──そんなんじゃ……。


「私の誕生日……先輩に……谷野先輩に何かおねだり……とか、だめ……ですか」


「何よ、了解。六月八日よね、楽しみにしといて。一年あるからじっくり考えるわ」

 

香苗の表情に光が差す。


「あっ、ありがとうございます!!」


 突然声が大きくなる。

 その音量に、数人の生徒が視線を向ける。


 ──しまった。


「じゃ、こ、これで失礼します!!」


 遠ざかる足音を聞きながら、咲良は思った。


 ──何がいいかな。普段お友だちも見かけないし、ぬいぐるみ……じゃないよね。本とか、映画とかかな。

 

 七月二十八日


 その日、咲良は少女をやめた。


 八月二十九日


 ──谷野先輩、どうしたんだろ。暫く顔、見てないな。

 溜め息を吐きながら、下駄箱を開ける。


 包装されたブルーレイディスクと、手紙が入っている。


 ──ラブレ……果たし状? 呪いの手紙?


 咲良と佑翔以外の人間を信用しない香苗に、他人からラブレターなどあり得ない、そう当人は決めつけていた。


 然るに、丁寧な字で

『佐々木香苗様へ』

 である。

 

 その日の授業は、完全に上の空だった。

◆◆◆◆

 帰宅。

 部屋に鍵をかけ、手紙を開封する。


 ────

 佐々木香苗さんへ


 えっと……いきなりでごめん。

 たぶん、これ読んでるってことは、もう私はいないんだよね。 

 急に引っ越すことになっちゃって、ちゃんと伝えられなくて、ごめん。

 香苗ちゃん、なんかいつも一人でいるから、ちょっと気になってた。 

 私も人のこと言えないけどさ。 

 LINEとか、結局交換しなかったね。で、これ、私の好きな映画。変な趣味だと思われそうだけど、気にしないで。

 誕生日プレゼント、ちゃんと渡せなくてごめん。罪滅ぼし、ってほどじゃないけど、暇なときにでも観てみて。

 香苗ちゃん、きっと大丈夫。 

 ……とか言って、私が一番心配してるかも。 

 たまには私のことも思い出してくれたら、ちょっと嬉しいかも。

 元気でね。

             

 谷野咲良

 ────


 ──先輩。


「うっ……うぐっ…………うぅ……ひぐっ……」


 ──泣くのは止そう。 泣いたって、先輩が助けに来てくれる訳じゃないんだ。

 

 ブルーレイを、ポータブルプレイヤーで再生する。

 

 ──『LEON』?

 ──殺し屋の映画だっけ?

 ──先輩の、大事な映画。


 二時間ほどで、孤独を抱える二人の旅は終わった。

 香苗は、手紙を読み返す。

 

 ──先輩……私にも、傍にいてくれる人が、できるんでしょうか?


 ──谷野咲良さん、さようなら、お元気で。

 

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