嘆生日
玄道
序章
今日も、彼女は一人で目覚め、一人で朝食を取り、登校する。
家族は、香苗に関わろうとしない。
それについて、彼女は仕方ないことと、諦めている。
唯一の救いは、二年の
入学式で、香苗が落とした生徒手帳を届けたのが縁で交流を始め、師弟のような関係だった。
七月五日
「先輩? 谷野先輩?」
咲良は、よく物思いに耽っていた。
無口で愛想がないが、それが、香苗には好ましかった。
──群れない女。私も、こんな風に強くなれたら、少しは息がしやすいのかな。
「ん、香苗ちゃん? ごめんね、またぼーっとしてた?」
「ぼーっとなんて……谷野先輩が?」
「そう、いつも上の空で、取り留めもない思考を玩んでる」
──それは『ぼーっとしてる』んじゃないです。
──まるで哲学者だ。
「で、どうしたの?」
香苗は、息を整えると、言葉を紡ぎ始める。
「
「
「加原先輩には、谷野先輩がいるじゃないですか」
──だから、LINEも交換できないんだよね。やだな、私、遠慮ばかりしてる。
咲良は、ふっと息を吐く。
「そうね、彼はそんなことしないわ……で?」
──信頼し合ってる、素敵だな。
「その、谷野先輩、誕生日って……やっぱりお二人で、ですよね」
「そりゃ、まあね」
──勇気、ちょっとでいいから。
「あの……その、い、一回だけ……一回だけ私……」
「デート?」
──そんなんじゃ……。
「私の誕生日……先輩に……谷野先輩に何かおねだり……とか、だめ……ですか」
「何よ、了解。六月八日よね、楽しみにしといて。一年あるからじっくり考えるわ」
香苗の表情に光が差す。
「あっ、ありがとうございます!!」
突然声が大きくなる。
その音量に、数人の生徒が視線を向ける。
──しまった。
「じゃ、こ、これで失礼します!!」
遠ざかる足音を聞きながら、咲良は思った。
──何がいいかな。普段お友だちも見かけないし、ぬいぐるみ……じゃないよね。本とか、映画とかかな。
七月二十八日
その日、咲良は少女をやめた。
八月二十九日
──谷野先輩、どうしたんだろ。暫く顔、見てないな。
溜め息を吐きながら、下駄箱を開ける。
包装されたブルーレイディスクと、手紙が入っている。
──ラブレ……果たし状? 呪いの手紙?
咲良と佑翔以外の人間を信用しない香苗に、他人からラブレターなどあり得ない、そう当人は決めつけていた。
然るに、丁寧な字で
『佐々木香苗様へ』
である。
その日の授業は、完全に上の空だった。
◆◆◆◆
帰宅。
部屋に鍵をかけ、手紙を開封する。
────
佐々木香苗さんへ
えっと……いきなりでごめん。
たぶん、これ読んでるってことは、もう私はいないんだよね。
急に引っ越すことになっちゃって、ちゃんと伝えられなくて、ごめん。
香苗ちゃん、なんかいつも一人でいるから、ちょっと気になってた。
私も人のこと言えないけどさ。
LINEとか、結局交換しなかったね。で、これ、私の好きな映画。変な趣味だと思われそうだけど、気にしないで。
誕生日プレゼント、ちゃんと渡せなくてごめん。罪滅ぼし、ってほどじゃないけど、暇なときにでも観てみて。
香苗ちゃん、きっと大丈夫。
……とか言って、私が一番心配してるかも。
たまには私のことも思い出してくれたら、ちょっと嬉しいかも。
元気でね。
谷野咲良
────
──先輩。
「うっ……うぐっ…………うぅ……ひぐっ……」
──泣くのは止そう。 泣いたって、先輩が助けに来てくれる訳じゃないんだ。
ブルーレイを、ポータブルプレイヤーで再生する。
──『LEON』?
──殺し屋の映画だっけ?
──先輩の、大事な映画。
二時間ほどで、孤独を抱える二人の旅は終わった。
香苗は、手紙を読み返す。
──先輩……私にも、傍にいてくれる人が、できるんでしょうか?
──谷野咲良さん、さようなら、お元気で。
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