後編 人間だったのかよ!
「なんでお前もここに居るんだよ!!!」
重茂はわなわなとしながら蟹太郎を指さしてそう叫ぶ。
「え? ええ??」
「いや普通に驚くだろ! なんで意味わからんて顔してんだよ!」
急に大声で叫ばれた蟹太郎は困惑して、その頭部から出た二つの目をキョロキョロと揺らす。
「なんで普通の人間の顔して普通に生活してんだよ!!」
「な、なんでと言われても……」
戸惑う蟹太郎に重茂は頭を抱えて周囲の視線を伺うが、誰も蟹太郎の事を変に思ってるような者は居ないようで、そっちの方に頭が痛くなってきた。
「どうしたんですか重茂さん? 何を叫んでるんですか?」
「なんでだよ……おかしいのは俺なのかよ? ぜったいあいつの存在の方がおかしいだろうが……」
項垂れる肩を支える九浮も戸惑ったような顔で重茂を覗き込む。
「しっかりしてくださいよ、この前の事件現場に居た蟹太郎さんじゃないですか?」
「わかってるよ! しっかり覚えてるよ!」
イライラしながら、自分を支える九浮の手を振り払うと、自分の足で立ちあがる。
そうして重茂は、こめかみをもみながら蟹太郎を見据える。
「んで? お前はここでなにしてるんだ?」
「え? あ、私の実家がこっちに有るんですよ! いわゆる里帰りってやつですね!」
重茂は漁港のある湾を見る。
「この海が故郷なのか?」
その言葉に蟹太郎も九浮も、鳩が豆鉄砲を食ったよう顔と言うか、天敵の姿を見つけたプレーリードッグのような顔というか、そんな顔をして重茂を見る。
「……私の実家は普通に市街地ですよ?」
「……重茂さん、面白くない冗談っすね」
「いや、だからなんで俺が変な事言ってるってなるんだよ!」
蟹太郎はその飛び出た目を傾げるようにして困った顔を表現する。
重茂の話はウケを狙ったギャグとでも思ったのだろうか、蟹太郎は苦笑い?を浮かべて話を変える。
「そうそう、刑事さんたち丁度よかったです! 今そこで殺人事件があったんですよ! なんとかしていただけませんか?」
「殺人事件ですか!?」
突然の蟹太郎の頼みに苦虫を噛みしめたような顔の重茂と違って、水を得た魚のようにいきいきとした顔になった九浮が詰め寄る。
「え、ええ、先程遅くなってた漁船が、死体を乗せて戻ってきたんです」
「なんだそりゃ?」
「重茂さん! いきましょう!」
訝しがる重茂を無視して九浮は重茂の手を引っ張る
「ま、まて九浮! 俺達は今プライベートだろうが! 勝手な事はできないぞ!」
「大丈夫です! 手帳は持ってきてます!」
そう言って警察手帳を掲げて人垣の中へ割って入って行く。
「おま! プライベートで持ち出すのは規則違反だぞ!」
「今はそんなのどうでもいいです! 事件解決が優先です!」
二人と一杯が人垣を分けて、件の漁船の前に来るとその甲板に、三名のビブパンツを穿いた漁師らしき男性が倒れていた。
「お前ら誰や?」
無理やり入って来た九浮達に強面の皴の深い漁師が声をかける。
「私達はこういう者です」
そう言って警察手帳をみせる九浮に頭を抑える重茂。
「……早いな?船が戻って来たの今さっきだったが?」
「たまたま近くに居た所を、この蟹太郎さんに呼ばれまして」
そういって蟹太郎を指さす九浮に、その漁師は眉を寄せて睨むとその表情のまま蟹太郎を見る。
「おお! 太郎じゃねぇか! なんだ? いつこっちに戻ってたんだ?」
それまでとは打って変わって笑顔を浮かべて、その漁師は蟹太郎の肩……肩?を両手で叩いて喜ぶ。
「お久しぶりです、
「元気そうだな? もう母親には顔を見せてきたのか?」
「いえ、これから実家に戻る予定です」
「そうかそうか! まぁその元気な顔を見せてやれば喜んでくれるだろう!」
「はい!」
重茂はこの事件に関わりたくは無かったが、とっとと解決するなり地元の警察が来る迄は対応しようと諦めににた決意を胸にして、二人の会話を遮るように声をかける。
「すみません、事件の状況を確認したいのでお名前を聞いても?」
「ん?ああ、俺は
重茂はそう自己紹介する可井に握手を求めるように右手を差し出す。
「札幌県警所属の
「札幌?なんでそんな遠くから?」
「先ほどもそこの九浮が言ったように、偶然居合わせただけなんですよ」
「ふーん……そうかい」
自己紹介の後、甲板に降りると三名の漁師の首に手を当てて行く。
「間違いなく三名とも亡くなってますね……この船の船長さんは?」
「ああ、船長はそいつだよ」
重茂が可井を見上げてそう尋ねると、可井は倒れている三名のうち一人を指さす。
「この方が船長ですか……船を港に着けたのは?」
その質問には、全員が困った顔を浮かべて無言になる。
「……いないんだよ」
「え?」
「だから、その三名以外は船に乗ってなかったんだよ」
「まさか……」
「いや本当です。僕が船の到着を見てたんですが……誰もおりてきてません」
そういって口を出したのは、20代と思われる若い漁師だった。
「きみは?」
「はい、
「……ここでもか……」
「え?」
「いやなんでもない。この船の船員か?」
「はい」
重茂は船の三人に目を落としてもう一度鵜蘇をみる。
「この三名も全員船員か?」
「いえ、船長以外は他の船の船長です」
鵜蘇は港に泊められてる他の漁船を指さす。
「名前はわかるか?」
「それは俺が言おう」
重茂の質問に可井が代わって答える。
「その船の船長は
「蟹漁ねぇ……この蓋は?」
三名の遺体の横の甲板上の蓋を聞く重茂
「ん? 取った獲物を入れとく生簀だよ」
「中は?」
「ああ、確認してるが蟹しか入ってなかったよ」
「そうか……」
早く地元の警察来てくれないかなと内心思いつつ、その蓋を開けようとした時に悲鳴が上がる。
「どうした!」
悲鳴の方をみると、一人の女性が膝を付いて遺体の方を凝視していた。
「
可井が肩を抱いてその女性の名前を呼んで倒れそうになっている所を支えている。
「彼女は?」
「あ? ああ、その選猪宇の奥さんだ」
「なるほど……奥さん大丈夫ですか?」
どうやら重茂の声は届いてないようで、選猪宇の方を凝視して涙を流してる
「おい、九浮!奥さんを向こうに連れてってやれ」
「まってください! 何か言ってます」
「ん?」
一斉にその場の全員が無言になって都麻に視線を向ける。
「……そんな……だから喧嘩はやめてって……」
「喧嘩? おい九浮!」
「はい! 奥さん何かしってるんですか? お話聞かせてくれませんか?」
都麻の方をもって揺さぶって自分に視線を向けさせてから、九浮は質問をぶつける。
「……どちらさまでしょうか?」
「警察です! 知ってる事が有れば教えてくれませんか?」
「けいさつ……」
「はいそうです!」
九浮が警察と気が付いた都麻は、縋りつくように泣きだした。
「うあああぁぁぁ!」
重茂は一旦船から上がると九浮と共に近くの漁港の事務所を借りてそこに都麻をつれて行き椅子に座らせる。
「大丈夫ですか?」
「はい……ありがとうございます……」
「こんな時に申し訳ないですが、何があったか知ってる事を教えて頂けませんか?」
「はい……」
二人で声をかけて落ち着かせた所で都麻に知ってる事を聞く重茂。
都麻の話を要約するとこういう事だった。
ズワイガニの呼び名の事で、出身の違いで争った結果、きちんと話を付けようと三人が船で沖に出ると言って、昼過ぎに港を出ると都麻に電話でそう話した後、通話切る事無くそのまま喧嘩を始めたそうだ。
なんでも、松葉だとか越前だとか加能だとか……。
やがてその喧嘩はエスカレートしていき、やめろ!だとか刺すな!とかそんな叫び声の後静かになり、最後に選猪宇の声が聞こえて都麻に「ごめん」と一言だけ言うと通話が途切れたらしい。
実際、船に戻って三人の遺体を調べると、死因と思われるのは短刀のような物での胸を刺された傷だった、唯一違ったのは選猪宇のみ首に刺さった短刀でそれを自分の手で握っていた。
因みに、船が無事港に横付けされたのは、ゆっくりと戻って来る船を不信に思って、岸壁に当たる直前に飛び移った鵜蘇が操舵して横付けしただけだった。
証拠に船首は岸壁に何度も擦れたような傷が付いていた。
「なんでこんな事……」
泣き崩れる都麻。
「そういやこの生簀の中身って本当に何も入ってないのか?」
どうしても気になった重茂はその船の蓋を開けて中身を確認した。
そこにはオーバーオール姿の蟹が居た。
「は?」
蟹は微動だにしないまま水に浮かんでいる。
「
唐突にそれを見た蟹太郎が叫んで甲板に降りて来た。
「義兄さぁぁぁぁん!」
水槽に浮かぶその蟹を蟹太郎が甲板に引き上げて縋りついて泣き崩れる。
「重茂さん!地元の警察がついたみたいです!」
それを全く気にしない九浮が港の入り口側を指さしてそう言う。
重茂も船を降りてそちらを見ると、数台のパトカーが入って来る所だった。
「なぁ……九浮……アレ何もきにならんのか?」
重茂は後ろ手で親指で蟹太郎を指さしてそう質問を投げた。
「……?」
何を言われてるのか全く分からないと言った顔で重茂を見る九浮に本当に頭痛がしてきて、念の為可井にも同じ質問を投げたが、全く同じ反応をされて完全に頭を抱えて座り込む。
「……俺が狂ってきてるのか?」
もう、なにがなんだかわからなくなった重茂は、自分が狂ってるのではないかとすら疑いだしていた。
「あ!それよりそろそろじゃないですか? 佐井さんのお店閉まるの?」
「ああ……そうだな……」
重茂は重い腰を上げて歩き出す。
そこへ30代前半と思われる美しい女性が走り込んで来た。
「蟹太郎!!」
その女性はとんでも無い名前を叫びながらこちらに走って来るので近くに居た可井にあの女性はだれなのかと質問をした。
「ん? おお! 蟹太郎の母親だよ名前は……」
「母親人間なのかよぉぉぉ!意味わかんねぇよぉぉぉぉ!」
可井の言葉を遮るように重茂は吠えた。
心の底から吠えた。
やがて遅れて到着した地元の警察に、事情を話す為挨拶をすると、しこたま嫌味を言われて解放されたのは一時間後だった。
ズワイガニは松葉ガニと越前ガニだけ? 猫電話 @kyaonet
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