パート10: 才能の片鱗

 夏休みも終わりに近づいたある日。

 その瞬間は、唐突に訪れた。


「――できた……!」


 リナの歓声に、僕は読んでいた本から顔を上げた。

 見れば、彼女が持つ魔力感知糸が、端から端まで、途切れることなく美しい青色の光を放ち続けている。

 それは、彼女が自身の膨大な魔力を、完全に制御下に置いたことを示す紛れもない証拠だった。


「やった……! やりました、マスター!」


 リナは満面の笑みで僕の方へ駆け寄ってくる。

 その喜びように、僕も自然と口元が緩んだ。


「ああ、見事だ、リナ。よくやったな」


「マスターのおかげです!」


「君の努力の結果だ。これで、第一段階はクリアだ」


 僕は立ち上がり、温室の中央を指さした。


「次のステップに進むぞ。実践訓練だ」


 僕が地面に手を触れ、魔力を流し込むと、土や石が集まって一体のゴーレムを形成していく。

 身長は2メートルほど。訓練用としては十分な相手だろう。


「ゴ、ゴーレム……!?」


「今の君なら、やれるはずだ。僕が教えた通りに、魔力をイメージしろ。細く、鋭く、一点に集中させるんだ。魔法は『氷の矢(アイスアロー)』でいい」


「は、はい!」


 リナはこくりと頷き、ゴーレムと対峙する。

 以前の彼女なら、この時点で魔力が暴走して自滅していただろう。

 だが、今の彼女は違う。

 すぅ、と息を吸い、研ぎ澄まされた集中力で右手を前に突き出す。


「――いけっ!」


 詠唱は、ない。

 ただ、彼女の意志だけが、その指先に集約される。

 リナの手のひらの前に、瞬時に鋭い氷の矢が形成され、轟音と共にゴーレムに向かって放たれた。


 ドゴォォンッ!!


 凄まじい破壊音と共に、氷の矢はゴーレムの分厚い胸板をいとも簡単に貫通。

 それだけでは終わらず、勢いを殺すことなく背後の壁に突き刺さり、温室のガラスを派手に粉砕した。

 残されたゴーレムは、胸に大穴を開けたまま、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。


「…………え?」


 放った本人であるリナが、一番驚いていた。

 自分の右手と、崩れたゴーレム、そして壁の大穴を、信じられないという顔で交互に見ている。


「う、そ……。私が……これを……?」


「どうだ、リナ。これが君の本当の力だ。今まで眠っていた、君だけの才能だよ」


 僕は崩れたゴーレムの残骸を踏みつけながら、呆然とする彼女に歩み寄る。


「すごい……。すごい、です……!」


 やがて、驚きは歓喜へと変わる。

 リナは自分の手を見つめ、涙ぐみながらも、これまで見せたことのないような自信に満ちた笑みを浮かべた。

 僕の最初の最高傑作が、ついに才能の片鱗を見せた瞬間だった。

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