第2話 魔力回路の壁
王都にある王立魔術学院。
それは、この国で唯一、体系的な魔法教育を行う最高学府だ。
卒業すれば「国家魔術師」の資格が得られ、富も名声も約束される。
当然、入学試験は狭き門だ。特に平民にとっては。
「えっ、リオンが学院を受けるだって?」
村の幼馴染が目を丸くして言った。
村人たちの反応は、概ね「無理はやめておけ」というものだった。
受験料が高いこともあるが(父さんが牛を一頭売って工面してくれた)、それ以上に「魔力」の問題があったからだ。
この世界の常識として、魔力量は生まれつき決まっている。
貴族は代々の血統により膨大な魔力を持つが、平民の魔力は微々たるものだ。
コップ一杯の水で、火事を消そうとするようなもの。
それが平民の魔法使いの限界だった。
僕も例外ではなかった。
納屋での実験中、僕はその残酷な現実に直面していた。
「『強炎(ブレイズ)』!」
勢いよく呪文を唱え、魔力を練り上げる。
しかし。
プスッ。
指先に灯ったのは、ろうそくの火程度の炎。
それ以上魔力を流し込もうとすると、頭痛がして視界が暗くなった。
魔力欠乏の初期症状だ。
「はぁ、はぁ……やっぱり、タンクが小さいか」
僕は床に大の字になった。
エンジニアの知識で「効率的な回路」を作っても、肝心のエネルギー源(バッテリー)が小さすぎる。
貴族たちが「高級車」だとしたら、僕は「乾電池で動くおもちゃの車」だ。
これじゃ、試験にある「魔力測定」で足切りにされる。
どうする?
諦めて一生農民として暮らすか?
「……いや、違うな」
僕は前世の記憶を手繰り寄せた。
エネルギーが足りないなら、どうすればいいか。
答えは簡単だ。「ロス」を減らせばいい。
既存の魔法使い(特に貴族)は、膨大な魔力を無駄遣いしている。
彼らの呪文詠唱は、「穴の空いたバケツ」で水を運ぶようなものだ。
大声で叫び、派手な動作をし、魔力を周囲に垂れ流しながら、無理やり現象を起こしている。
おそらく、投入エネルギーの90%以上が熱や光としてロスしているはずだ。
「もし、ロスを限りなくゼロに近づけたら?」
乾電池でも、LEDなら長時間光り続ける。
極限まで効率化された回路なら、わずかな魔力で大きな現象(アウトプット)を出せるはずだ。
僕は実験を再開した。
「ファイア」という概念を分解する。
必要なのは「熱量」と「酸素」、そして「燃焼継続」のプロセスだ。
それを、無駄な装飾(光や音)を一切排除し、針の穴を通すような精密なイメージで構築する。
プログラミングで言えば、無駄なコードを削ぎ落とし、最短の手順で実行させる「最適化」。
「……シークエンス、レディ」
囁くような声で、起動ワードを紡ぐ。
指先一点に、全魔力を集中させる。
拡散させるな。収束させろ。
炎ではなく、「熱線(レーザー)」をイメージしろ。
「『穿て(ピアッシング)』」
ヒュンッ!
音がした瞬間、納屋の壁に小さな穴が空いていた。
直径数ミリ。だが、分厚い木の板を貫通し、外の木まで焦がしている。
「……これだ」
派手さはない。
見た目は地味だ。
でも、威力は貴族の魔法に匹敵する、いや、貫通力なら上回っているかもしれない。
「高効率・高収束魔法」
これが僕の武器だ。
魔力量という絶対的な壁を、技術(エンジニアリング)でぶち壊す。
---
試験当日。
王都の学院正門前には、着飾った貴族の馬車が列をなしていた。
平民の受験者は全体の1割ほど。
ボロボロの服を着た僕は、門衛に一度止められかけたが、受験票を見せてなんとか中に入れた。
「うわ、臭い」
「平民が迷い込んだのかしら?」
周囲からクスクスという笑い声が聞こえる。
僕は気にせず、巨大な石造りの校舎を見上げた。
3000年前に作られたというその建物は、よく見れば継ぎ目のないコンクリート製だった。
やはり、ここは「未来」なのだ。
控室には300人ほどの受験者がいた。
その中でひときわ目立つ集団がいた。
中心にいるのは、燃えるような赤い髪の少女。
取り巻きたちにかしずかれ、女王のように振る舞っている。
「エリス・フォンテーヌ様だ」
「今年一番の天才だって噂だぜ」
エリス・フォンテーヌ。
名門侯爵家の令嬢。
彼女は退屈そうに扇子を扇ぎながら、一度だけ僕の方を見た。
そして、興味なさげにすぐに視線を逸らした。
「視界に入れる価値もない」とでも言うように。
(見てろよ)
僕は拳を握りしめた。
その「価値観」、今日ここでひっくり返してやる。
「これより、第1次試験『魔力測定』を開始します!」
試験官の声が響き渡った。
最強への挑戦が、幕を開ける。
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