第13話(全てを浄化……?まさか、この工場を……爆破するつもり!?)
長編小説「完迎会 - 残響する最後の言葉 -」
第十三話:廃工場の残響と狂気の独白
タクシーを降りると、むせ返るようなカビ臭さと、金属が錆びる独特の匂いが鼻をついた。目の前に広がるのは、月明かりにぼんやりと照らし出された、巨大な廃工場のシルエット。フロンティア化学の旧プラントだ。窓ガラスは所々割れ、壁には蔦が絡みつき、まるで巨大な怪物の骸のようだった。ここが、佐藤の歪んだ計画の新たな舞台なのか。
恵は、息を殺しながら敷地のフェンスの破れ目から中へ侵入した。警察が到着する前に、少しでも内部の状況を探りたかった。翔太と練った作戦は、警察の突入を前提とした陽動が鍵となるが、そのためにも佐藤の正確な位置を把握する必要がある。
懐中電灯の細い光を頼りに、廃工場の中を進む。足元にはガラスの破片や鉄屑が散乱し、一歩踏み出すごとに不気味な音が響いた。広大な工場内部は、迷路のように入り組んでいる。壁には、かつて稼働していたであろう機械の残骸が、巨大なオブジェのように鎮座していた。
(佐藤さんは、どこに……?)
恵は、神経を研ぎ澄ませ、微かな物音にも注意を払った。すると、工場の奥の方から、何かを叩くような断続的な音が聞こえてくるのに気づいた。そして、微かに人の話し声も。
音のする方へ、慎重に近づいていく。そこは、かつて薬品の配合や実験が行われていたと思われる一角だった。古びた実験台や薬品棚が並び、床には得体の知れない液体が染み付いた跡が残っている。
そして、恵は見た。
薄暗がりの中、懐中電灯の光を頼りに、何か作業をしている二人の人影。佐藤と、もう一人はおそらく山田だろう。彼らは、大きなタンクのようなものに何かを注ぎ込み、配管を繋ぎ合わせているように見えた。
「……これで、準備は完了だな」
佐藤の声が、静まり返った工場内に低く響いた。その声には、異様な興奮と達成感が滲んでいる。
「本当に……これをやるんですか、佐藤さん?もう、桐島さんの件は……」
山田の声は、明らかに怯えていた。
「桐島は、始まりに過ぎん。これは、私を裏切り、私の人生を狂わせた者たちへの、正当な報いだ。フロンティア化学……この腐りきった場所もろとも、全てを浄化してやるのだ」
佐藤は、まるで狂信者のように、歪んだ正義を語る。その手には、タイマーのようなものが握られていた。
(全てを浄化……?まさか、この工場を……爆破するつもり!?)
恵は、戦慄した。これは、単なる翔太への個人的な復讐を超えている。無差別な破壊行為だ。もしこれが実行されれば、近隣住民にも多大な被害が及ぶ可能性がある。
佐藤は、懐中電灯の光で壁の一点を照らした。そこには、古びた社訓のようなものが書かれたプレートが、辛うじて残っていた。
「『革新と誠意で社会に貢献する』……笑わせるな。ここの連中は、革新の名の下に不正を働き、誠意の欠片もない嘘で全てを塗り固めてきたのだ。あの事故も……そうやって闇に葬られた」
あの事故――恵は、佐藤が過去に巻き込まれた薬品事故のことを思い出した。
「誰も私の言葉を信じなかった。私だけが悪者にされた。だが、もう終わりだ。この場所で、全ての真実を明らかにし、そして、この忌まわしい過去ごと消し去ってやる」
佐藤の独白は、狂気に満ちていた。彼は、過去のトラウマに囚われ、歪んだ復讐心に支配されている。そして、その矛先は、もはや翔太個人だけでなく、彼が憎む全てのものへと向けられていた。
恵は、スマートフォンを取り出し、録音を開始した。この佐藤の独白は、彼の犯行動機を裏付ける重要な証拠になる。
そして、翔太との作戦を実行に移す時が来た。恵は、事前に翔太に渡しておいたもう一台のスマートフォンに、短いメッセージを送った。
『奥の実験室。時限爆弾の準備中。警察に詳細を伝えて』
メッセージを送信し終えた瞬間、背後で金属音が響いた。
恵は、息をのんで振り返る。そこには、いつの間にか山田が立っていた。その手には、鉄パイプが握られている。
「……誰だ、お前は……!」
山田の顔は、恐怖と混乱で引きつっていた。
「見つかったか……まあ、いい。どうせ、もうすぐ全てが終わる」
佐藤が、ゆっくりと恵の方へ向き直った。その目は、獲物を見つけた肉食獣のように、ギラギラと光っている。
「桐島の差し金か?それとも、警察の犬か?どちらにしても、ここへ来たのが運の尽きだな」
恵は、絶体絶命の状況に追い込まれた。佐藤と山田、二人の男に囲まれ、逃げ場はない。懐中電灯の光が、彼らの歪んだ笑顔を不気味に照らし出す。
廃工場の静寂は破られ、狂気と暴力の匂いが、カビ臭い空気と混じり合って恵に襲いかかってきた。
(つづく)
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