墓碑の街
一十 にのまえつなし
霊園都市にて
盧陽の街は、墓地を中心に広がる。中央に青石の碑が並び、苔むした古塔がそびえる。
朝、役人や商人が通りを急ぐ。子どもが碑の間を走る。昼、老人が茶を手に休む。
夕暮れ、灯籠が揺れ、墓地は公園と化す。
安らうことなど、誰も考えない。盧陽は生きている。
墓碑の隙間で、風が笑うような音を立てる。
「ここは無縁墓地だ」
誰かが言う。
顔のない声。振り返っても誰もいない。
盧陽の中心、墓碑には名がない。かつての戦、飢饉、流浪の民。姓を失った魂が眠る。
だが、街は騒がしい。茶肆で老人が骰子を振る。娘が花を売り、少年が笛を吹く。
「悪いことじゃない」
声がまた響く。
石碑の陰で、何かが動いた気がする。
昼も墓地は憩いの場だ。職人たちが弁当を開く。
子どもが石碑に登り、鬼ごっこ。
塔の影で、若い女が髪を梳く。彼女の目は秋波のを送る。僕がじっと見ると、微笑む。
「安らかに眠りたい?」
驚いて頷くと、彼女は笑う。
「ここでは眠れないよ。永く生きるだけ」
彼女の声は、風に溶ける。手に持っていた花が、墓碑に落ちる。
夜、盧陽の墓地は灯籠で輝く。赤い光が石碑を照らし、まるで星空。
宴の声が聞こえる。誰かが歌い、琵琶の音。
僕はひとつの石碑に凭れ、目を閉じる。
「眠れると思う?」
またあの声。目を開けると、誰もいない。
だが、灯籠の揺れが、人の影を映す。少年か、老人か。影は笑い、消える。眠りは遠い。
翌朝、墓地を歩く。花売りの女がまた現れる。
「まだいるの?」
「眠れない」
彼女は首を振る。
「無縁の魂は、眠らない」
彼女が指す先、墓碑に僕の名が浮かぶ。驚き、触れると、冷たい石。
女は消え、風だけが残る。
僕は思う。この騒がしい霊の街で安らかに眠れるだろうかと。
墓碑の街 一十 にのまえつなし @tikutaku
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