第1話 刻の少年
アウレア村は山深い森と湖に囲まれた、静かな辺境の村だった。外界との交流は少なく、人々は季節の巡りとともに慎ましく生きていた。
その村の一角、小高い丘に建つ屋根の低い家の中で、クロノスは目を覚ました。
──また、あの夢だ。
焼け落ちる空。黒い雷。大地を貫く光の柱。夢の中で、誰かの声が囁いていた。「汝、何故忘れたのだ」
「……また同じ夢だ」
彼は額ににじむ汗を拭いながら、ゆっくりと起き上がった。
朝の日差しが窓から差し込み、木造の室内を淡く照らす。鳥のさえずりが聞こえ、現実の静けさが夢の喧騒を遠ざけていく。
その日も、クロノスは村の警備隊の訓練に参加していた。剣を握り、構えるが、動きはぎこちない。
「おいおい、またそのフォームかよ、クロノス!」
からかうような声が飛んできた。振り向くと、赤毛の少年──ユーリが木剣を肩に担いで立っていた。
「うるさいな。僕は戦士じゃないんだよ」
「だったら、せめて動きくらい覚えろっての。……ま、俺が守ってやるけどな!」
クロノスは苦笑しながら木剣を振った。訓練は日課だったが、彼が本気で戦士を目指しているわけではない。
その日の訓練が終わり、三人で村の坂道を歩いていた。クロノス、ユーリ、そしてエマ──落ち着いた雰囲気の少女で、薬師の家に生まれた医術の見習いだ。
「また夢、見たんでしょ?」
突然、エマがそう言った。クロノスは驚いたように彼女を見た。
「……どうして分かったの?」
「顔がこわばってたから。それに──あの言葉、聞いた?」
クロノスは息を呑んだ。「汝、何故忘れたのだ」……まるで、彼女も同じ夢を見ているかのようだった。
「神話にあるもの。『刻の王』の伝承に出てくる言葉よ」
エマの言葉に、ユーリは頭をかいた。
「おいおい、また神話か? あれって子どものおとぎ話じゃなかったのか」
だがその夜、すべては現実に変わった。
村の鐘が鳴り響いた。
──魔獣襲来。
森の奥から現れた魔獣の群れが村を包囲し、炎と混乱が広がる。クロノスは恐怖に足がすくんだ。
だが、ユーリは剣を抜いて叫んだ。「クロノス、逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」
そのときだった。
クロノスの中で、何かが壊れる音がした。
視界が白く染まり、世界が止まった。
炎の揺らぎが止まり、剣を振りかぶる魔獣の腕が宙で凍り付く。
「な、なんだ……これ……?」
その場にいた誰もが、ただ立ち尽くすしかなかった。
ユーリの目が、クロノスを見た。「おい……お前の目、どうなって……?」
クロノスの瞳には、時計のような文様──まるで歯車が回転するかのような紋章が浮かんでいた。
その晩、クロノスは再び夢を見る。
──汝、目覚めの刻は近い。眠りは終わる。
翌朝、長老の家に呼ばれたクロノスは、封印された古文書を手渡される。
「それは、神々の王にまつわる伝承……“刻の目”の力を持つ者が、再び現れるとき、世界は動き出す」
古文書にはこう記されていた。
『八なる神、七つの器、そして王。
器は選ばれし者に宿り、神の意志を刻む。
王は眠る。己を忘れ、刻を失い、再び目覚めるまで。』
クロノスは自分の胸の内に問いかけた。
「もし俺が……その“王”だったら……?」
その問いに、誰も答えることはできなかった。
ただ、世界が静かに──確かに、変わり始めていた。
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