第38話 ココノとキキノ

 次の日。俺たちは日がのぼる前に、野営地を片づけはじめる。


 ココノはアムハヤ様と会えることを意識したのか、緊張している様子。ほんわか笑顔で立ちつくす彼女に、片付けは俺たちに任せるように言ったが。


「大丈夫だよー。お片づけもお任せぃ」


 そう言って、右手右足を同時に出して転んでいた。

 緊張がまぎれるならばと、少し時間がかかるもココノに手伝ってもらい、それから旧カムンコタンへと向かう。


 大竹林はうっすらと霧がかるようになっていた。

 昼間には晴れるだろうと考えていたが、奥に進むほど濃くなってくる。


 一面真っ白とは言わないが、数十メートル先はよく見えない。幸い、奥地にはモンスターは近づかないのか遭遇しなかったが。


 増えてきた道祖神を道しるべに歩きながら、俺はココノにたずねる。


「旧カムンコタンはいつも霧がかかっているのか?」

「んー……まつろわぬ者の住処だから、境界があいまいになっているとか?」


 ココノもよくわかっていなさそうだ。

 リリィに視線をやると「不可思議なモノが集まりやすい土地なのでございましょう。精霊にも居心地のよい場所なのかと思います」と答えた。


 死霊も、とは言わなかったが警戒しているのが顔でわかる。フィリオもだ。


 道祖神がまっすぐに並びはじめ、まるで俺たちを招きいれるように整列している。お地蔵さんと呼ばれる石像はほがらかな笑みをたたえていた。


 よくない感覚だ。

 そもそも降臨祀が罠の可能性は?

 

 しかしアムハヤ様は魔王暗躍の可能性を考えて、舞姫を降臨させようとしている。なら、魔性に不利な状況にはしないだろう。舞姫候補を抹殺するにしても、一度きりの奇襲だ。すぐ討伐されるか。


 俺は不安を表に出さないよう、ココノの前ではお気楽な態度でいた。


 そうして旧カムンコタンに辿り着いた。


 霧は相変わらずだが、大竹林はぬけた。

 そこら中に古びた家屋があり、補修されていないようでほとんど朽ちかけている。苔に覆われて緑の塊となっているものもあった。


「儀式以外では利用されていないみたいだな」


 俺はそう言いながら周りを警戒する。


 アムハヤ様のお膝元だけあって、精霊ホッコロたちがいるな。朽ちた屋根で滑っていたり、軒先にぶらーんと垂れ下がっていた。


 ……どことなく元気がなさそうだが?

 と、リリィが聖杖をわずかにかまえて緊張した声で言う。


「みなさま、あちらをご覧になってください」


 彼女の視線に釣られて、近くのお地蔵さんを見つめた。


 青白い骸骨が、お地蔵さんの頭上でふわふわと浮かんでいる。

 半透明の骸骨は、うっすらと青白い炎をまとっていた。


「死霊でございますね、何十体もいるようですが……」


 精霊ホッコロたちにまぎれ、死霊がいる。

 侵入者である俺たちに気づいているようだが、別になにかしてくるわけでもなく、意識がないようにふわふわと漂っていた。


「……俺たちに敵意はないみたいだな」

「アムハヤ様が統率されているのでございましょう。……旧カムンコタンに招きいれたのでないでしょうか」

「死霊をかぁ?」


 俺がありえねーという顔をしたが、リリィはさして驚いてない様子だ。


「精霊と死霊、光と闇、陰と陽……性質にちがいはございますが、けっきょくは同じ霊です。自然か、人か、死霊は生命の残滓が形になっただけなので」

「完全な悪もんじゃないってことでいいのか?」

「……現状は、そうでございますね」


 リリィは警戒を解いていない。なら俺もそうしよう。


 まー、死霊だからって悪とはかぎらんか。魔性の血を引いたフィリオもいるし、本人の性質で判断できるものではない。彼女がドスケベなのはたしかだが。


 俺がココノに目をやると、彼女はぷるぷると顔をふった。


「わ、わかんないー……。うち、こんなの聞いてないよー」


 でもなんとなく心当たりはあるって顔だな。

 陰陽一体……ココノは陰の性質を持つらしいし、関係あるのかも。


 俺たちは武器に手をそえつつ、精霊や死霊に見張られながら、お地蔵さんの導きにいざなわれるように旧カムンコタンを進む。


 そこは大きな屋敷跡だった。


 ほぼ朽ちていて床はなく、地面がむき出しだ。

 柱がいくつか残っているだけで、かろうじて屋敷だとわかる程度。だがこの場所なのだと、直感させる空気が満ちている。


 屋敷跡中央には、不自然なほど綺麗なおやしろがあった。


 社周りだけ時が止まったかのように汚れ一つない。まっさらな奇妙な社と、大きな屋敷跡。大昔、巫女一族はここで住んでいたのだろうと察した。


 俺たちが社前でただずんでいると、おごそかな声が聞こえてくる。


「――よくぞまいった、舞巫女よ」


 頭上から声がしたかと思うと、一瞬だけ霧が晴れる。

 大きな質量をもったなにかが風をまといながらあらわれた。霧はすぐに渦をえがくように集まり、その中心には巨大な蛇がいた。


 全長10メートル程だろうか。

 蛇にしては鱗が固そうで、両腕の爪は鋼鉄をやすやすと切り裂きそうな輝きをはなっている。……ドラゴンじゃねーな。


 龍。アムハヤ様の正体は、東方に住まう龍なのだと気づく。


 アムハヤ様はホッコロのように巨大な仮面をかぶっている。

 地蔵のような優しい笑みをたたえた仮面で、俺たちを見下ろしていた。


「あ、あのあの! ア、アムハヤ様で、ございましゅでしょーか⁉」


 ココノはあわあわしながらたずねた。


「いかにも。舞巫女ココノ=ジュカイ、試練を乗り越えてよくぞまいった」

「は、ははーっ……」


 ココノは大げさに頭を下げた。

 と、アムハヤ様は俺たちに視線を向けてくる。


「人の子よ。異邦の者でありながら見事巫女を守り抜いてくれた。大儀であったぞ」


 アムハヤ様の上位存在的な圧に従うよう、リリィとフィリオはかしずいた。

 俺も警戒したままでひざまずき、アムハヤ様を見あげておく。


 異邦の者……ね。

 俺たちの身なりから察したとも思うが、全部見ていましたって口ぶりだな。たしかに神とよく似た空気を感じるが……本物の上位存在か?


 なら、どうして死霊がいるのかだが。

 ココノが恐れおののきながらアムハヤ様にたずねた。


「あのー……どうして死霊がここにいるのでしょうー……?」

「うむ。その問いに答える前に……ココノ、お前の性質は知っておるな?」

「うちの……?」


 ぽやーっとしたココノに、アムハヤ様はゆっくりと告げる。


「陰陽一体、姉と対をなすお前は性質が陰に傾いている。神気に満ちた存在を、その身に降ろすのは毒でしかない」


 俺はリリィと目を合わせて、お互いわずかにうなずいた。


 ココノの性質について、アムハヤ様も重々承知のようだ。リリィも罠ではないかと懸念を抱いていたようだが、ほんの少し肩を下げている。警戒を解いたか。


 ココノは不安そうな顔でアムハヤ様を見あげる。


「う、うちは舞姫にはなれない……のですか?」

「…………舞巫女として精進の日々、ご苦労であったな」

「は、はい……」

「お前が町の者のためにがんばる姿、遠視ではあるが見守っていたぞ」

「はい………………」

「ゆえに、器も素質も十分といえよう」

「ふぇー?」


 ココノがぽやんとした顔になると、アムハヤ様の声がやわらいだ。


「精霊と死霊、どちらとも交信できる舞姫になるがよい。神を降ろすことはできぬが、生と死を司る、今までにない特別な舞姫となるだろう」

「うち、舞姫になれるんですか?」

「そのために、死霊を招きいれた」


 さげてからあげる龍らしい。

 今までココノのがんばりを見ていたなら悪い龍じゃないのかね。ココノが神降ろしできない舞姫になるのなら俺にも都合がいい。かまえすぎたか?


 俺がお気楽モード入るか考えていると、ココノが目を泳がせる。


「あ、あの……うちは、本当に舞姫になれる……のですよね……?」

「どうした? ココノよ、今までそのためにがんばってきたではないか」

「はいー……」


 ココノの歯切れが悪い。いざそのときがきて躊躇ったのか。あるいは俺との会話で迷いが生まれてしまったのか。


 俺たちが心配しながら見守っていると、アムハヤ様が見越したかのように言う。


「……お前は天才の姉となにかと比べられていたからな、躊躇うのであろう」

「そ、そういうわけではー……」

「だがな、お前の姉もそうであって欲しいと願っているぞ」


 ココノが首をかたむけて、不思議そうにする。

 そして、これでもかというぐらいに目と口を大きくあけた。彼女は「あ……。う、そ……」とつぶやきながら、霧からあらわれる人影を見つめている。


「――まったく、死んでからも心配させないでよね。ココノ」


 ココノに似た、ココノより幼い少女が困り笑みであらわれた。


「キキノ……お姉ちゃん……⁉ なんでー……⁉」

「なんでじゃないっての、ホントにあんたって子はー。死んでも死にきれないから化けてデタにきまっているでしょう」


 リリィもフィリオも困惑して固まっている。

 俺だって金縛りにあったように動けない。


 ただ俺の場合、意味がちがう。

 キキノが死んでいたことだけじゃない。キキノがあらわれたことだけでもない。

 キキノがココノより幼い姿だったこと。ココノがそれを変だと思っていないこと。キキノがハキハキした物言いの子だったこと。


 今までの微妙なズレが少しずつ埋まる感覚がして、胸の動悸が早まる。


『……ん』『……そうだね』『………………』


 そして人間性がうすかった彼女と、ほにゃりと笑う彼女が重なってしまう。


 ……。…………ぁ。

 コ、ココノ……だったのか? 

 俺たちが前世で一緒に旅をしていたのは……ココノだったのか……?

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