第33話 三つの選択

 ココノは別に嘘をついてはいなかった。


『キキノはお姉ちゃんだよー。あたしは双子の妹のココノー』


 なんと、双子の妹とのことだ。


 どーりで。たしかに顔はそっくりだが、同じ浮世離れ感でもココノはぽやぽやした感じだ。キキノは口数が極端に少なく、ずっと澄んだ空気をまとっていたしな。


 じゃあ肝心のキキノはどこにいるのかだが。


『旅立ったよー』


 とココノは、ほわーと答えた。

 降臨祀を前にどこへ旅立ったのやら。儀式に必要なことなのかと考えていたが、ココノが俺に興味を持ってしまっていた。


『ハルヤさんはどこでお姉ちゃんと知り合ったのー?』


 いかにも知り合いっぽくたずねたのがマズかった。

 俺はどうにかハグらかしてその場を去ったのだが。


「ハルヤさん、ハルヤさーん」

「誰だい君は? 俺はハルヤじゃないぞ」

「え、ええ……人ちがい……? でも顔がそっくり」

「双子の弟のカルヤだ」

「双子の弟さんだったかー……ってぇー、信じかけたじゃないかー」


 ココノは笑顔で俺の後をついていきた。一瞬でも信じかけてはダメだと思う。

 お姉ちゃんとはどこで知り合ったのとしつこく聞いてくる。シスコンか。


 無視しながら歩いているうちに、町の大きな広場にやってくる。

 出店だけでなく、いろいろ出し物もやっているようだ。


 舞巫女たちが舞台で踊っていたり、精霊ホッコロに扮した町の人が大きな仮面で歯をカチカチと鳴らしながら歩いている。噛まれると幸運になるとか。射的やら糸くじやら、降臨祀が近いから出し物が増えているようだ。


 水玉を扇ではじく、『君も舞巫女になろう』なんて遊戯もあるな。


 俺が人を避けながらスタスタ歩いていると、ココノは歩きづらそうにした。仕方がないので歩幅を合わせてやる。


「ハルヤさん、ハルヤさーん」

「よくしらねー男についてくるんじゃないの」

「うちとハルヤさんは自己紹介したよ。もう超知り合いだねー。いぇい」

「超仲良しみたいに言われても……知り合いのままじゃん」


 リリィやフィリオとちがい、全体的にふにゃっとしているから強く出にくい……。

 それじゃあ性的に攻めてやろうかと思えばだ。


「……ところでねー、お〇にーってなーに?」


 これだもんなー‼

 交尾のなんたるかを知らない子に、下手すれば鳥さんが赤ん坊を運んでくるのを信じていそうな子に、エロ小説を見せつける趣味はないのだ。……ないはずだ。


「……ココノはまだ知らなくていーの」

「うち、もう大人だよー……? 悪いことなのは察しているよ、うっしっし」


 ココノはいかにも悪だくみをしているように笑った。


「……悪いことなんてないぞ。つらいとき、かなしいとき、自分を慰めて、奮い立たせる崇高な儀式だぞ」


 つらいことがあっても、オ〇ニー一発で明日を生きられるものだ。

 オ〇ニーでは生を育むことはできないが、人一人は救えるのさ。

 俺たちはきっと、下半身に生かされている。


「そっか、崇高な儀式なんだー」

「迂闊に手を出してはいかんぞ?」

「あとで他の人に聞いてみるよー」

「や、やめてくれ……想像しただけで胃が壊れる……」


 俺が重い息を吐いても、ココノはほんわかしている。

 ちと無警戒すぎるな。


「……悪人かもしれない人にかまうんじゃないっての」

「ハルヤさんは絶対いい人だよー。うち、わかるよー」


 なーにを根拠に言ってんだが。

 そんなにもキキノお姉ちゃんのことが気になるのかね。


「…………キキノは、本当にちょっとしか見たことがないが」

「うんうん!」


 ココノはにぱっとしながら食いつてきた。


「踊るために生きているような子だったな……。舞っている姿は神秘的で……完璧な舞ひ……舞巫女ってのはあーゆーんだろうな」


 魔物に囲まれても怯えず、鉄扇を手に舞いつづける彼女は神秘的で美しかった。

 神秘的すぎて、人間味は感じなかったが。


「さっすが、うちのお姉ちゃんー!」


 ココノはすごく嬉しそうだ。なにがそんなに嬉しいのやらと見つめていたら、彼女はほにゃーんと笑う。


「なにを隠そうー、うちはポンコツ落ちこぼれ舞巫女なのだー」

「…………」

「あー! わかってるって顔ー……! いいもん、慣れっこだものー」

「慣れっこなのか」

「おぅよー。だからキキノお姉ちゃんは、うちの憧れで誇りなのだ。褒められると、いっぱい嬉しいのだー」


 ココノは幸せそうに笑っていた。立派な姉と、落ちこぼれの妹か。

 素の笑顔だと思うが、いささか割り切りすぎにも感じる。


 ……町の人たちに、微妙な扱いされているようだしなあ。しかも前世で姉は舞姫になれるぐらいの才だ。さんざん比較されていそうだ。


 俺の予想は的中していたようで、年配のお婆さんがココノを呼び止めた。


「ちょっとちょっとココノちゃん、なにをしているのさ」

「? はいはいー、どうされましたー?」


 ココノが近づくと、お婆さんは俺を不審がるような視線をよこしながら言う。


「あなたね、フラフラしていいのかい?」

「町の人と触れあうのも大事なことですのでー」

「だったらなんで余所者と一緒に……」

「ハルヤさんはいい人だよー?」

「はあ……ココノちゃん、しっかりしてくれなきゃ困るよ。大事なときに、変な男と関わるんじゃありません。その点キキノちゃんは――」


 あー……いつもあんな感じなのね。なる。


 あれこれと言われているようだが、ココノはニコニコ笑顔だ。

 彼女の人格形成の一旦を知るには十分な笑顔すぎて、俺は腰ヘコヘコしまくっておどけるのをやめた。


 ま、似たような経験は俺にもあるしな。

 ……調子に乗らせていただくとしますかね。


「へいへーい! 聞こえているぜー!」


 お婆さんは俺に顔を向けると、誤魔化すように笑う。


「あらあらー、聞こえてましたか?」

「変な男とは言ってくれるなー。俺、ココノを守る最強護衛ちゃんだぜー?」

「はい?」 


 アンタみたいなお軽そうな人がという視線を流しつつ、俺は大広場の『君も舞巫女になろう』遊戯場に向かう。


 いかつそうなオヤジに金を払いつつ、たずねた。


「これさ、獲物はなんでもいいのか?」

「おう、好きなのを使ってくれて別にかまわないぜ。兄さん、難易度は?」

「最大最強ー」


 俺は屋台から子供用の木刀をひっつかみ、へらへら笑顔で遊技場のど真ん中に立つ。


 赤い円が直径1メートルほどで描かれている。ここからはみでたらダメらしい。遊技場全体は直径10メートルぐらい、周りには小さな魔導砲台が置かれていて、あそこから水玉が射出されるようだ。


「兄さん、本当に難易度最大でいいのか?」

「大丈夫でぇーす、俺、世界最強の剣士なんでぇー」


 へっらっへらとした態度で言ってやると、オヤジは意地悪そうに笑った。

 ありゃあ設定限界の難易度でやるつもりだな。


 軽快な音楽が流れてくる。

 難易度最大と聞いて、周りからはちょっと注目されているが……まー、リリィとフィリオにはもうバレているし、キキノもいない。ついでに異国ならさ。


 音がいっそう早くなる、遊戯のはじまりだ。


 真正面の魔導砲台が、カボチャサイズの水玉を高速で放つ。

 俺は子供用木刀で真っ二つに叩き割る。両脇から放たれた水玉も、パパーンッと華麗にほぼ同時で叩き割ってやった。背後からの水玉は背中で持ち手をかえながら、ふりかえらずにパンッと割る。


 水玉が風船のように破裂し、しぶきが散るたび、観客が増えていく。


「え? え? えっ? あの人やばくない???」

「有名な冒険者さん? すっごー……」

「はー……きれー……。舞っているみたいー……」


 オヤジはムキになったようで手元の機器をいじっていたが、無駄無駄ー。


 これでも俺は元勇者で……ハーレム志願の男ですよと、円の中心からぜんぜん動かず、わずかな体移動のみで水玉を次々に破壊していった。


 最後の一つがはじけて、水滴がさらりと飛び散る。

 音楽が終わり、俺が一滴もかかってないと知るや、いっせいに拍手大喝采が起きた。


 俺はへらへらした態度と笑顔で応えてやる。


「どーもどーも! 笑顔が可愛くみんなに優しいココノの護衛者、世界最強剣士ハルヤ=アーデンでございやーす!」


 さっきのお婆さんは呆気にとられたご様子。

 ココノは目をまん丸としながら固まっていたが、俺が視線と合うと嬉しそうに笑ってくれた。


 まー、たまには目立つのも悪くねーわな。


 〇〇〇


 とある屋敷。

 畳がしきつめられた大部屋で、俺は上段の間に大人しく座っていた。


 となりには、ピンとした背筋で座るココノが嬉しそうに微笑んでいる。


「――この方が、うちを降臨祀で護衛してくれることになった……ハルヤ=アーデンさんです!」


 ココノは舞姫候補だった。

 舞姫候補だったのかー。そっかー……なんで? なんでぇ⁉⁉⁉


 ちくしょう! 俺は絶対に運命なんかに負けない!

 そうだとも! 俺を知る人なら次にどうなるか簡単にわかるだろうさ!


 ①深謀に長ける俺の策で運命にあざやかに勝ってしまう

 ②運命のこざかしい策に負けてしまう

 ③なんか勝手に自滅して負ける


 ふはははははははははは、勝負だ! 運命!!!

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