第24話 新たなるマン、登場

 リリィは呆れ顔、呆れ声で俺に言った。


「はあ……オナ〇ーを2桁回数も、でございますか」


 冒険宿のリリィ部屋。

 彼女はフィリオとテーブルで対座している。今後の冒険方針を話し合っていたらしく、紙にまとめていた。


 俺は側に立ちながら面目なさげに言う。


「スッキリしすぎて、清らかな心判定を食らったようでさ……」

「そんな抜け道がございましたか。本殿のものとはちがい、小型の鏡ですので精度が悪いのかもしれませんね。ハルヤ様が聖鎧候補になるのはおかしいと、フィリオ様と話していたところなんですよ」


 嘘おっしゃい‼

 ハルヤ(聖鎧装備)状態での冒険方針も紙に書いているじゃん!

 隠そうともしないし!


「ハルヤ君、さすがに自重したほうがいいよ?」


 フィリオはキラキラオーラをかもしながら爽やかに笑う。

 ドスケベがよー!


「どうして2桁回数もしたのか、事細かく説明してもいいが?」

「う、うん……まあ……ほ、ほどほどに、ね?」


 フィリオは顔を赤くしながら「ボ、ボクもほどほどにするから……」と小声で言った。 ……今もう一回調べてもらったら候補者から外れるのになあ。


 反してリリィの表情は何一つ変わらない。

 鉄の乙女っぷりを見せつけながら、彼女は探るような目つきになる。


「……清らかな心だけでは、物見水鏡ものみみかがみも鎧の候補者として映さないのですが」

「俺、剣が得意じゃん。あの鏡ってさ、剣が得意だと判定甘くなるんだっけ? 聞いたことあるぜー」

「まあまあ。あらかじめ用意したような返答ですね」


 疑っている……ものすごく疑われている……。

 そらそーか。ただ心清らかだけでは勇者として戦えんし、求められる者は他にもある。本殿のより、鏡の精度悪いみたいだが。


「ってか、なんで候補者を探しているんだ? 魔王は死んだのに必要か?」


 俺は魔王の瘴気に元々抵抗が強かったのあるが、最新のガスマスクで十分いけたしな。話をそらしたかったのもあるが、純粋に疑問だった。


 リリィは逡巡していたが、素直に答える。


「ゴッセの町であらわれた淫魔……凶悪でございましたね」


 フィリオがつらそうに眉をひそめる。


「魔王存命時には表にでてこなかったね。ずっと潜伏していたのだと思う」

「ええ。ハルヤ様とも以前お話しましたが、モンスター生態系の変動は高位魔性にも及んでいるようです。大女神教会は、空席の玉座を狙った覇権争いが起きている、または淫魔のように力を蓄えようとしている者がいる。そう考えています」


 淫魔メルルリーアはたしか『世界がめんどーなことになっている』とは言っていたな、町には力を蓄えにきたとも。面倒な覇権争いに巻きこまれないためなのか……似たようなことを考える魔性は多いか。


「ハルヤ様、モンスターと魔性の差はなんでございましょう?」

「ん? 明確な定義づけはないだろ。たしか」


 呼び方は気分で変わるし。


「一般論でかまいませんよ」

「……知能の差だろう。獣に近ければモンスター、人に近ければ魔性」


 獰猛な四足獣をモンスターと呼ぶことは多い。

 反して、同じ四足獣でも、賢いドラゴンを魔性と呼んだりする。


 獣が知識を得ることで禁忌の存在により近づいた証として、ただのモンスターではなく魔性と呼ぶことがあるのだ。

 ちなみに人間が闇の力に目覚めたら、ほぼ魔性呼び。


 淫魔メルルリーアは高位魔性呼び。

 寄生型生命体ラギオンは……高位モンスター寄りだが、どっち呼びでもいい。どっちでも伝わる。


 リリィは俺の答えに満足したようで話をつづける。


「私たちが考えている以上に、ずる賢い魔性が世界中に潜伏している可能性がございます」

「……あんま悲観しすぎなくてもいいと思うけどな」


 魔王クロノヴァが例外すぎただけで、魔性の対抗策はいくらでもある。淫魔メルルリーアも騎士団や冒険者に討伐されるリスクを考えていたしな。


 人間を舐めてもらっては困る。彼女もそれがわからないではないと思う。

 リリィは、やはり強い光を求めているのだろうか。


「ですから大女神教会は、秘蔵の聖鎧を世に出すことにしました。高位魔性は瘴気を扱う者が多いですからね」

「……瘴気対策は鎧以外でもできるだろう」

「さまざまな能力が付与された聖鎧です。そのままにするには……いささか勿体のうございます」


 つまり勇者不在だけど便利な防具なわけだし、倉庫でほこりかぶらせておくのはちょっとなー、って感じか。


 しかしな、永久に封印したほうがいいと思うぞアレ。

 俺だけじゃなく、次に着てしまう誰かのためにも。


「候補者は勇者じゃなくてもいいのか?」


 今度は俺が探るようにリリィを見つめる。

 もしかしてだが、、と疑っていた。

 

 リリィはわずかに視線をそらして、それから俺に向き合った。


「大女神教会、聖ローチン教会……新興の人人ひとひと教。世界にさまざまな教派はございますが、大本の教義は同じでございます。【テラによる救済】。あまねく光が世界を照らし、救済するという考えでございます」

「へぇー……」


 俺は生返事で答えた。

 興味がないわけじゃない。大女神教会が光に【勇者】をあてはめているから、前世でいろいろありすぎた。


 フィリオがあごに人差し指をあてながら言う。


「えーっと、教義はたしか……神主体であるか、人主体であるかの違いだよね?」

「で、ございますね。大女神教会は人主体の考え方です」


 リリィはにこりと微笑んだ。


 大女神教会というからには教義は女神様についてのことかと思われよう。


 だが実際は人主体。

 めちゃ簡単に言えば【勇者の光でみんなを救っちゃおう♪】だ。


 女神フローラ……様はあくまで導き手だ。

 資質のある人間を見出して勇者に導く……そうやって世界の危機を過去救ってきた。世界各地に残っている勇者の伝説は、フローラ様の導きあってのことだ。


 実績と信頼のある女神様ではある。関わりたくないが。


「ハルヤ様。人主体の教義なわけですから、今回の候補者は勇者にこだわらないのも、そうおかしいことではありません」

「……妥協して、誰でもいいってわけな」

「誰でも、というわけではございませんよ」

「ま、それでも着れる条件は厳しいか」

「ところで……ハルヤ様は、聖鎧を必ず着れると確信があるようですね? 候補者探しの鏡は、心の適性を優先的に調べるものです。鎧装着時に、聖属性への資質が改めて求められますよ」


 知ってるさ。よーく存じている。

 鎧の効果を十全に発揮するには、聖気が必要だもんな、あの鎧。

 ってーか俺が前世で試した鏡とはちがって小型版だからか、ホント精度悪いのな。本殿のはもっといろいろわかったし。


 基準を下げてでも、鎧を人の手に渡すつもりなのだろうか。

 うーん、俺の情報がバレていないのなら……。


「確信? ないない。ないないよー」


 聖属性の適性が極めて高いとバレたら、リリィ以外の神官にも目をつけられるだろうか。下手したら女神に興味を持たれかねない……。


 正直、邪神装備と変わらんぞ。あの鎧。

 前世の記憶があるのかわからんが、リリィはいろいろ疑っているみたいだし、変に拒むのは怪しいか。


 教会の真意もイマイチつかみきれんし……なんとかせねば……。

 こう、ひとしれず問題がまるっと解決する、自分にとってすごく都合のいい方法は……。

 ないよな……ないない……あっ⁉

 ……いや、でも………………さすがになー……。


「ちなみにリリィ、聖鎧は今どこに?」


 俺はさわやかーな笑顔で聞いた。


「この町の大女神教会にもうすぐ運ばれてきますよ。儀式のあと、町の候補者全員に着ていただくことになるかと」


 リリィはにこやかーに微笑んだ。


「わ! ソウナンダ。候補者が実際に着れるか試しちゃうわけかー」

「………オイタはなしでございますよ?」

「なにもしないって。不敬すぎるじゃん、俺」

「で、ございますね。さすがのハルヤ様も突飛なことはしませんよね」

「もちもち、もっちろーん! あははー!」


 俺とリリィは微笑みあい、和やかな空気を作ってみせる。

 だが第三者には和やかではないと察したか、フィリオは困り笑みで「紅茶を淹れてくれるよ」と心が和む優しい紅茶を淹れてくれた。美味しかった。


 ○○〇


 満月の綺麗な夜。交易都市グランニュールの時計塔に、男が一人。

 冷たい夜風が吹きすさぶ中、夜空を背にマントをはためかせ、ガスマスクをつけた男は物憂げに立っていた。


 俺の名は、謎のガスマスク男ハルーヤ。

 そしてまたの名を――


「あまねく光を人の手に! つかんでみせます我が人生! 【女神の鎧ぜったい破壊するマン】、ここに在りぞ‼‼‼」

 

 アレは、あの鎧だけは……この世にあっちゃいかんのだ‼‼‼

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