第23話 明鏡止水モード

 交易都市グランニュール。

 冒険ギルドは本日もにぎわっていて、俺は窓際席で一人紅茶を飲んでいた。静かにそうしていたからか、女冒険者たちからの熱い視線をチラチラ感じる。


 顔見知りの女魔法使いが近くの席で歯を食いしばっていた。


「ハ、ハルヤのくせに……ハルヤのくせにぃ……」


 頬を染めた彼女に、ニコリと微笑みかける。

 女魔法使いは目をそらし、顔を真っ赤にしながら「調子のんな調子のんな」と小声でつぶやいていた。


 爽やか勇者オーラがかもしでているのかもしれない。

 お下品お下劣な本来の俺をさらけだしたいが、気力が湧かない。


 俺は昨晩、あまりにもオナ〇ーしすぎたのだ。



「赤封筒クエストか……」


 テーブルには赤封筒が何枚か置いてある。

 もちろん、フィリオ経由のクエストだ。

 彼女を仲間にしたからには覚悟していたが、案の定である。死に戻り前とちがい、俺に選択権がいくらかあるだけ全然マシだが。


 完全強制でもないしな。フィリオなりに変化があったのだと思う。


「……変化がありすぎとは思うが」


 サキュバスの力も受け容れていくようだし。


 その彼女は、俺たちのいる冒険宿に引っ越してきた。しばらくはグランニュールを活動拠点にするようだ。


 俺の部屋の左隣がフィリオ、右隣がリリィとなっている。

 そして引っ越してきた晩に、彼女のオ〇声から聞こえてきた。


『あうっ……あぅ……あっっ♥』


 声を必死で押し殺すようなフィリオのオ〇声。

 リリィの耐え忍ぶような『……ぁ♥』というオ〇声も右の部屋から聞こえてくる。


 今すぐオセッセ‼ 今すぐオセッセ‼


 そんな衝動にかられたが、俺は冷静にオナシコすることで対処。 

 しかしあろうことか彼女たちは淫らな台詞を使ってきたのだ。


『ハルヤ様……いっぱい気持ちよくなってくださいませ♥ 上のお口でも下のお口でもご奉仕させていただきますから……♥』

『ハルヤ君……ボクをたくさんイジメて……♥ ハルヤ君の望むまま、ボクを好き放題にしていいからぁ……♥』


 おかげで一晩初の2桁オナシコ。

 彼女たちの声はオナサポート代わりになりすぎである。枯れるに枯れたし、最後はもはや刺激だけだった。


 そのせいで、あれから時間が経ったのに、よこしまな気持ちが湧かない。


 3人でそろって朝食したときは、あいかわらずリリィはお澄まし顔。

 フィリオは顔を赤くしながら目を合わそうともしない。そして赤封筒と一緒に『……また、訓練お願いするね?』とささやかれたら、俺はもう受けとるしかなかった。


 ……うまーいこと、転がされていると思う。


 リリィが俺をシモで捕まえたら盤石だと唆したのだろうな。

 だが俺には鉄の意思がある。あわよくば無責任ハーレムセック〇という夢と希望のため、俺はその隙をうかがうだけなのだ。


 それぞれで思惑があり、本当の仲間とは言いづらい。

 それでもオ〇ニーという絆で固く結ばれている。

 そう、俺たちは冒険パーティー【オナ〇ー大好きっ子倶楽部(仮)】だ。


「しかし、思ったより少ないな」


 赤封筒の束を渡されると思ったら、数枚だ。


 ギルドの案内板を見ると、依頼書がほとんど残っていない。初顔の冒険者が増えているし、ずっと人でひっきりなしだ。

 案内板でギルド員を募集しているな。よほど忙しいらしい。


 ライラ村、ゴッセの町、高位モンスターの出現は冒険界に影響を与えているようだ。もっとも悪い意味じゃなく、負けてなるものかと冒険魂と開拓精神が大きく働いている。


 魔王クロノヴァのせいで世界は停滞していた。


 奴の強大な力に抗うすべを、人類も、モンスターすらも持っていなかった。

 クロノヴァは元々女神に仕える大神官だった。それゆえ聖術にも精通しているし(使えなくはなったが)、奴が堕ちた原因である魔性の術も極めている。


 魔性をべ、魔術を極めた者、それが魔王クロノヴァだ。


 唯一の弱点は圧倒的な光、まあ、極めた聖属性だ。

 資質のあった俺は前世で地獄のような日々を送るはめになったが、世界に必要なことだったのはたしかだ。……余計な教育もあったが。


 魔王クロノヴァが滅び、これ幸いにと暗躍する闇の者は多いだろうが。

 人類もただやられているばかりじゃないと、数枚だけの赤封筒に目をやる。


「……リリィたちも安心するかな。赤封筒のクエストでもこんなに人気があるなら、冒険の流れは止めることはできないっしょ」


 新しい時代がやってくる。


 大女神教会の真意がわからんところはあるが、勇者はそこまで必要されないだろう。俺は俺のハーレム人生を腰ヘコヘコしながら歩むのさ。ふははー。


 優雅に紅茶を飲んでいると、冒険者たちが騒がしくなる。


「聞いたか⁉ 女神フローラ様の加護鎧が蔵出しだとよ‼」

「ぶほっ⁉⁉⁉」


 俺が紅茶を盛大に吹きだすと、近くの席にいた女魔法使いは百年の恋もさめたような表情で「やっぱりハルヤはハルヤだわ」と安心していた。


 安心できないのは俺である。


理想の勇者矯正鎧フローラのよろいだぁ……⁉」


 聖鎧フローラ。

 女神フローラの加護を宿した鎧で、世界最高峰の退魔鎧だ。

 清く正しく美しいものにしか装備できない。言動や態度をチェックするクソ面倒な厄介鎧で、勇者的にアウトだと激烈に重くなったりする。


 もはや呪いの装備だぞ。


 前世で一度海にあやまって落したことがある。

 俺はこれ幸いと捨て置いたのだが。

 翌日、まっさらな状態でベッドのうえにあったんだよ……。恐怖呪いの人形ならぬ、恐怖女神の鎧だ。


 俺は冒険者たちの会話に聞き耳を立てる。


「あの鎧って、選ばれた勇者しか装備できないんだろう?」

「清く正しい心を持っていれば誰でも装備できるらしいぞ」


 聖属性の資質が一番必要なんだけどなー。


「なんでそんな貴重なものが? 大女神教会はなんて?」

「世界のために必要なことだとさ」

「あー……今いろいろと騒ぎが起きているしな。オレたち冒険者は稼げるけどよ」


 リリィの懸念どおり、高位モンスター出現の話が広まりつつあるな。

 しかしあの鎧を誰に渡す気だと思っていたら、冒険者たちが答えを言った。


「なんでも主要都市で鎧の候補者を募るんだとさ」

「女神様の加護鎧だろ? 悪人が立候補者したらどーすんの」

「だから大女神教会が儀式で探すんだって」


 儀式で候補者探し?

 俺が眉をひそめると、受付近くの冒険者が大声でみんなを呼んだ。


「おーい! 鎧の候補者を探すための儀式、今映像で流しているらしいぞー!」


 彼は受付け近くにあった、魔導投影機をガチャガチャと操作している。

 一メートルぐらいの大きな水晶盤で、遠くの光景を映し出す代物だ。水晶盤には配管がいくつも繋がれていて、魔行船(空飛ぶ船)と並ぶ最新魔導技術だったりする。


 まだ実験段階らしいが、技術の進歩は早いな。

 俺が生まれた頃は、まだ船は空を飛んでいなかった。


 魔導投影機の前に冒険者が集まる。俺も野次馬根性で後ろのほうで見学していた。


「おっし、魔力が繋がった繋がった」


 彼が水晶盤を操作するとザーザーと音と砂嵐だけの映像から、綺麗な映像に切り替わる。


 映像は、交易都市グランニュールの……大女神教の聖堂かな?

 厳格な雰囲気のもと、神官と思わしき男がおごそかに告げる。


『女神フローラ様の加護が宿りし聖鎧はいかなる魔をはねのけ、ささいな傷もまたたくまに癒します。あまねく光を人心に届ける、まさしく信仰が形となった救世の鎧といえましょう』


 メリットばかり言うなや! メリットばかりをよーー‼

 返品できないわ自動で帰ってくるわ……商品情報はきちんと開示しろや!


『そしてこちらにありますは物見水鏡ものみみかがみ……聖なる者を映す鏡でございます』


 物見水鏡……本殿にあったやつの小型版か? そんなのがあったんだな。

 俺が試したのはもっとデカい鏡だったな。あれで候補者探しかね。


『交易都市に秘められし光を、ここに顕現いたしましょう』


 ははは、やっぱりなー。

 主要都市でそーやって候補者を調べるわけな。ご苦労なこって。


 どうして俺が安心しきっているかだが、鏡に映るには聖属性の資質はもちろん、心を平静に保たなければいけない。鏡面のように波がなく、穏やかな心を保つには、相応の準備と訓練を必要とした。


 つまり、欲望全開な今の俺が映るわけがない。


 新たな候補者さん、かわいそかわいそ。

 悪いが俺は高みの見物だ。他人事だと超気楽。心が穏やかだぜ。


『あまねく光よ、今此処に。我らが光、我らのともしびを映したまえー』


 祝詞と共に、鏡がうにょうにょーんと波打つように蠢いている。


 俺はそれをとても落ち着いた、なんなら清らかな心で眺めていた。

 なにせ俺は昨晩2桁オナシコして心身共に落ち着いているからな。明鏡止水で賢者モードなわけで……ん?


 昨晩、だと???


 しまったと思ったときには、もう遅かった。


『彼が、世界を照らす光となるでしょう』


 物見水鏡の鏡面には、俺の涼しげな顔が映っている。

 ギルド内の人たちが、いっせいに俺を見つめてきた。全員ありえなさそうな表情でいる。


「うぇいうぇいうぇーーーーい! あれってば俺ちゃんかなー!」


 俺は腰をヘコヘコしながらおどけるにおどける。

 負けんぜ! 俺は!! 運命なんかに!!!!!

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