Sideフィリオ:君がドスケベソードだと言うのなら
フィリオ・ヴァル・エーデルシェイドは、前世の記憶をうっすらと覚えている。
もっとも彼女もリリィと同じように夢の類いだと思っているが。
フィリオは夢で勇者と出会っていた。
世界を希望で満たす、みんなを笑顔にしてくれる理想の光。
都合のいい英雄などいないと知っていたフィリオは、まず彼に盗賊として接触した。初めてあったときは美しい人だと思ったが、人間内面になにを抱えているかわからないものだ。
きっと、どこかで音をあげる、
どこまで都合のいい英雄でいられるか自分と勝負だと、彼につきまとうことにした。
だが彼は勇者だった。聖なる勇者でありつづけた。
どんな無茶無謀も、彼は華麗にきりぬけつづけた。
おとぎ話や昔々で語られるような、伝説の勇者でありつづけた。
資質を持った人が、正しく力をふるい、
正式な仲間になったときは爽やかに応じたが、フィリオは陰で泣いた。
一晩中一人で泣きつづけた。どうして自分が泣いているのかわからなかった。
彼のためなら、自分は都合のいい仲間として擦りきれるつもりでいた。
だけど、ちょっと思うところはある。
だってときたま、彼は自分の胸を見る。
大きな胸を幸せそうにガン見してくる。
出会ったときにはまだ所作に隙はあったが、旅をつづけるうえで彼は完璧な勇者になった。それでも、たまに自分の胸を見つめてきては慌てて律している。
普通の青年じゃないのか。
どこにでもいるエッチな人じゃないか。
都合のいい英雄などいないと知っていたのに、自分が救われたいがために、完璧な勇者だと信じこんでしまったのではないか。
そう思うも、彼の光は世界にとってまばゆすぎた。
だからフィリオは、なにに置いても彼の命を守ると誓った。
仲間の神官には懺悔として自分の正体を明かし、彼が数百年語られる伝説の勇者であるために、正体は絶対に明かさないと誓った。
光の中に自分のような穢れがいては、みんなが笑顔になれないからだ。
だからフィリオは、たとえモンスターの大群に囲まれても、サキュバスの姿を絶対に明かさないと決めていた。
それがフィリオの見る夢だ。
彼女は弱い心が見せる、夢か妄想だと思っている。
都合のいい英雄などいないことは、誰よりも知っていたからだ。
そんな彼女は今、サキュバス化しながら戦っていた。
「――
右手の
空を飛びながら魔力の弓をつかみとり、思いっきり弦を引いたフィリオは、淫魔メルルリーアに向けて矢を連射した。
「チッ! あー、もうやだやだ! めんどー!」
メルルリーアは苛立ちながらも、機敏に旋回しながら飛んで避ける。
地下大部屋の奥へ奥へと逃げていった。
フィリオも追撃のために腰の翼をはためかせ、空中からさらに連射する。
「逃がさない!」
「……元気になっちゃってさ! ばーか! 人間なんかの味方して絶対後悔するよ!」
「後悔なんて……飽きるほどしてきたよ!」
エーデルシェイド当主の座についたときからずっとそう。
けれど、フィリオの表情はどこまでも晴れていた。
「ムカつく顔! つぶれろっ‼‼‼」
メルルリーアが殺意にまみれた表情で叫ぶ。
彼女が両手を突き出すと、いたるところに生えていた無人の肉塊がバリンッと破裂して、木の幹のような触手が何本も伸びてきた。
触手は圧殺してやらんと襲いかかってきたが、フィリオは避けようとしない。
仲間がいると知っているからだ。
「ほいっと、さー」
気のぬけた声と共に、触手がすべて断たれる。
ハルヤが華麗に斬ったのだ。
(本当に、すごく綺麗……。女神に愛されたかのよう、か……)
リリィが彼の剣技を推してくるので強いのは知っていた。
ただ強いだけじゃない、あんなにも綺麗な剣技は見たことがない。
自分が創った聖衣をまとう彼はまさしく聖なる光であり、神々と同種の存在に思える。
メルルリーアでさえ、彼を壊すのを一瞬ためらうようなそぶりを見せている。
ただ、リリィが『両耳をふさげば』と言っていたのも思い出した。
「ふははっ! きったねー触手を伸ばしてきてんじゃねーよ! それがお前の性癖か? 変態クソガキが!」
「全裸で勃〇していた男に言われたくないわ!」
メルルリーアは唾を吐き捨てた。
なるほどな、とフィリオは思った。だがこれが彼の強さなのだから、リリィもあれこれ言えないのだろう。
フィリオはすかさず魔法の矢を放ち、メルルリーアを追いつめる。
「くっそ! 鬱陶しいったらありゃしない!」
メルルリーアはさらに奥へと飛んで逃げる。
フィリオは空を裂くように、ハルヤは地を割るように淫魔を追いつめる。
(高速で飛んでいるのに平気で追いつてくる。身のこなしも超一流なんだね)
厳格なリリィが手放そうとしないはずだと納得した。
大部屋の端までやってきた淫魔は、唇を嬉しそうにゆがめた。
「調子にのんじゃねーぞっ! わたしは淫魔メルルリーア様だ‼‼‼」
大部屋の端には、大量の肉塊が生えていた。
虫の卵のようにびっしりと壁や床に生えている。
肉の塊がバリンバリンバリンッと次々に割れていき、何十本の触手がメルルリーアの下半身にとりつき、融合した。
これが真の力なのか、強烈な圧を放っている。
メルルリーアは融合した下半身を蠢かして、束ねた触手をふるう。
「ぐっちゃぐちゃにつぶれろ‼‼‼」
大木のような束ねられた触手だ。
フィリオは上昇しながら矢を放つもマトモに効いていない。
ハルヤも避けながら剣をふるうが……根元からバキリッと折れてしまった。刀身がくるくると回転しながら飛んでいき、天井に突き刺さる。
メルルリーアは今が笑いどきだと腹を抱えた。
「きゃは……きゃはは! わたしを倒せると思ったー? ねーぇよバカ! ちょいと本気になればこんなもんさ! なにせ、ここはわたしの腹の中だからな! ぎゃははははっ!」
少女らしい表情も忘れて、メルルリーアは嘲笑する。
自分ですら眉をひそめたのに、ハルヤは驚くことに静かに佇んでいた。
「バカはお前だ。おかげで活路が見えた」
「あっ?」
「追いつめられて触手と融合して……肉の塊がお前の一部だとバレバレじゃねーか。身体の一部を削りとって媒介にし、ダンジョンを作ったな?」
「………教えるわけないだろ」
「どーりで臭いはずだわ! あれか! てめーのマ〇コの一部でも使ったか? 捕まえた人間を効率よく
メルルリーアの額に血管が浮きでる。
血管ってあんなにも浮きでるのだと、フィリオは初めて知った。
「きゃは……わかったところで触手はどうにもできないよねー? てめーの情けねーちん〇そっくりの折れ剣で、どうやって斬るつもりだよ」
「試してみるぅんー? これ、お前の真似な?」
メルルリーアは煽るつもりが、煽りつくされていた。
淫魔は怒りに支配されている。だから、聞こえなかったのだと思う。
さっきから鳴っている、鈴のような音に。
リーーンリーンと、鈴の音が鳴る。心地のよい音だ。
リーーーーンリーーーンと、鈴の音がメルルリーアの怒鳴り声をかき消す。
リリリ、リリリ、リリリ、と鈴の音が速くなった。
急かすような速さなのに、不快感も焦燥感もない。世界を祝福するような、生まれてきたときに聞いたことのあるような、優しい音色。
ハルヤの折れた剣からリリリと音が漏れている。
剣の根本が淡い緑色の光を放っているも、メルルリーアは怒りで完全に我を忘れて触手をふるう。
「肉片のこさず死ねや‼‼ クソカス人間‼‼‼‼」
リリリリリリリリリリリリリリリリリリリ。
世界を照らす光、聖なる輝きが魔性を断つ。
「――聖剣抜刀」
鈴の音が鳴り終わり、ハルヤの静謐な声が遅れて聞こえた。
束ねられた触手が、まるで大斧に伐採されたかのように吹きとぶ。触手の断面はぐずぐずに焼けていて煙を放っていた。
聖なる衣をまとい、儚くも荘厳にたたずむ彼は、世界の中心になったかのよう。
まとう澄んだ空気で、おぞましいダンジョンが真っ白な雪原になったかのようだ。
(
ボンヤリとそんな言葉を頭に浮かべながら、フィリオは息を止めて見惚れた。
淫魔であるメルルリーアですら彼に見惚れていた。
ゆえに、束ねた触手が断たれたことにしばし気づかなかったが、苦痛に顔をゆがめる。
「い、いだああああああああああい⁉⁉⁉ いだいだいだいだいだい⁉⁉⁉ な、なんでなんでなんで再生できないんだ⁉⁉⁉」
淫魔はそこで初めてハルヤの折れた剣が、淡く緑色に光っているのに気づいた。
折れた刀身から伸びる光の刃に、信じられないと目を見張っている。
「その光……そんな……魔性殺しの……。聖剣技を会得できる人間なんて――」
「永遠におねむの時間だぜ、クソガキ」
ハルヤがその先は言わせんと一歩詰めよる。
メルルリーアは慌ててきゃぴんと可愛くあざといポーズをとった。
「や、やだなー、こんな可愛い子を斬り殺すなんて、絵面がよくないよー?」
「心配すんな。ぶっさすだけだ。あとはぐずぐずに崩れるか、枯れる」
「ほ、ほーらほら、わたしをちゃんとみーて、敵対する意思はありませーん」
「……とある伝承を思い出したんだが」
「な、なになにー? おにーさんの話を聞きたいなー」
「身体の一部を削りとってダンジョンにする老魔女だ。そいつが淫魔かどーかはしらねーが……お前、とんでもねーババアだろ?」
メルルリーアがこびた笑みを浮かべる。
「……それはそれで需要があるんじゃよ♪」
「人間に友好的ならな! あばよ! クサレクソババア‼‼‼」
ハルヤは背後から迫ってきた触手を断ち、メルルリーアに輝く剣を突き刺した。
「あぎゃ――」
メルルリーアは断末魔を最後まであげることはできなかった。
精気が漏れているのか一気に歳をとっていき、しわくちゃのミイラになって最後はしぼんだ干物のようになって朽ちた。ダンジョンが淫魔とつながっているようなので、これで全部解決だろう。
ハルヤは絵画の勇者のように佇んでいる。
フィリオは魔法の弓も解除せず、ただただ茫然としていたのだが。
ハルヤがくるっとふりかえって、ものすごく困ったような顔で距離をつめてきた。
「これはドスケベソードなんだ‼‼‼」
「ドスケベソード……?」
「そう! エッチしたい力を剣にこめた性なるドスケベソードなんだよ‼」
これは性なる剣ですよと言いたいらしい。
強引すぎる方便に、フィリオは考えこむ。
(……無理があるんじゃないかなあ。そんなのサキュバスの好物じゃないか)
しかし眼前のハルヤは必死も必死だった。
「ドスケベソードなんだよおおおお⁉⁉⁉」
あまりにも必死過ぎる表情に、フィリオは苦笑する。
人には隠したいことがある。自分も抱えているものがたくさある。だから。
「ハルヤ君の技らしいよ。そのドスケベソード」
「だ、だろ⁉ そうなんだよ! 俺、ドスケベだからな!」
「ああ、君は本当に……ドスケベだよ」
フィリオに慈愛の笑みを向けられて、ハルヤは心底安心したような表情を見せる。
彼がそう言うならそれでいいのだ。
だって、都合のいい英雄は存在しないのだから――
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