第16話 変わらない冒険

 肉の塊は、町の地下採掘場から広がっているようだった。

 それならばと少女は町の外に避難させて、俺たちはダンジョン攻略に向かう。


 採掘場には、大きな縦穴ができていた。


 やはりランダムダンジョンが発生したようで、採掘場が周辺地域と混ざるように広がっている。内部の床や壁面は、綺麗な岩肌となっていて迷宮の通路と化していた。増幅する魔力が、地下採掘場と融合して形を模したのだろう。


 運がいいことに、元から採掘場にあったであろう壁の魔導ランプも模されている。

 これなら灯りには困らなさそうだ。


『町の人たちが地下採掘場でなにかを発掘した』


 が、とりあえずの俺たちの結論となった。


 奥へとつづく道には、大勢の人間がひきずられる跡も。

 フィリオ曰く『血の匂いはしない』とのことで、殺されてはいないようだが。しかし攫われた理由が余計わからなくなる。


 どーにも気持ちの悪さがぬぐえない。

 俺は、ダンジョンを攻略しながら考えた。


 ダンジョン内にも肉の塊は発生して、ぶにょぶにょと蠢ている。

 モンスターが発生させた『魔喰いの迷宮』の可能性は高いが、それなら人間なんて邪魔でしかない。そもそも町に発生させれば、すぐ攻略される。知能のあるモンスターならそんなリスクわかると思うが。

 ……ハイリターンがあったから?


 ライラ村であらわれた寄生生命体ラギオン。

 あれは宿主を必要としていたから村に居ついていた。

 俺のしらないモンスターもあらわれているようだし……うーん。


 とりあえず当面の危機は、フィリオの好感度を稼がないことだが。


「――モンスターがくるよ、ハルヤ君! リリィ君!」


 フィリオの声が地下採掘場にひびき、地面が隆起する。

 噴火したように土が爆発的に盛りあがると、はいでる死者のように岩の塊があらわれて人の形になった。


 全長2メートルほどのロックゴーレムだ。


 地域によって強さは変わるが、だいたい銀鉄位ぐらいの強さはある。


第2の鍵・錐キアーヴェ・ドゥーエ!」


 フィリオは右手の指輪を光らせると、青白く光る魔力の錐を5本手にする。

 魔力の錐を投擲すると、十数メートル離れたゴーレムの目に見事突き刺さる。痺れ効果付きの錐なんだよな。


 グオオオンッとよろめいたゴーレムに、俺は一気に近づき、剣をふるう。


「せっせいのせいっとー」


 岩と岩の隙間をなぞるように連続で斬りつけると、ロックゴーレムは身体を保てなくなり、ガラガラと崩れ落ちた。


 楽勝。何度かモンスターに遭遇したが、強さはそーでもないな。

 と、感知に優れるフィリオが次のモンスターを発見したようだ。


第6の鍵・曲弓キアーヴェ・セイ!」


 フィリオの指輪がまたも光る。青白い魔力は今度は弓の形となり、彼女は魔力の弦をひいて矢を放つ。


 遠くにいたレッドガーゴイルが火球を放とうとしていたが、矢に邪魔される。


 俺はタタタッと駆けていく。背後から援護の矢が飛んできて、レッドガーゴイルの動きを封じていた。


「二匹目ー」


 俺は気のぬけた声と共に、レッドガーゴイルを縦真っ二つに断ち切る。


 直後、岩陰から大ムカデがあらわれて突進してくるが、俺はそのまま突っ立っていた。大ムカデが俺に向かって牙を立てようとするが。


聖印・絶障壁ハイウォール


 目の前に透明な障壁があらわれる。リリィの聖術だ。

 大ムカデが頭から障壁にぶつかり、大きくよろめく。そこにフィリオの矢がトトトッと連続で突き刺さり、苦しそうに蠢いたあと地に伏せた。


 まあまあモンスターが湧くな。

 どこからか紛れこんでいるのか?


 しかし楽だ。パーティーを組むとやっぱり楽ではあるんだよな。仲間のありがたみは知っているが、だがそれ以上に彼女たちの圧も知っているんだよな……。


 フィリオが魔法の弓を解除しながら笑顔で近づいてくる。


「ハルヤ君、すごいよ! 気が抜けているよーなのに剣技が冴えている!」

「で、ございますよ」


 リリィがなぜか得意げだ。


「リリィ君の聖術も素晴らしいよ!」

「で、ございますか?」


 リリィは少し驚いたあと、こそばゆそうに微笑んだ。


 タッグを組んではいけない二人がどんどん仲良くなっている……。フィリオの俺への評価もあがっているようだが、技量をある程度知られているから今更弱者ムーブはできん。


 している状況でもないしな。迷宮対策に、念のため力は隠すが。


「……ところでハルヤ君、サプライズパーティーって好きかな?」

「嫌いだ。すごく大嫌い、憎々しい。くたばれサプライズパーティー」

「そ、そう? そんなに……」


 勇者お披露目サプライズパーティーの類いは絶対させんぞ。

 周りはお偉い人たちばかりで、いきなり期待と重圧にとりかこまれた俺の辛さを誰かわかってくれ。


 フィリオは残念そうに右手の指輪をこすった。


 あの指輪の名前は『万全万開の鍵ロック・ロック・キー』。所有者の魔力を媒介にして、さまざまな形態をとる。錐や弓だったり、そのまま鍵になったりする。彼女の主力武器であり、サポートアイテムだ。


 あきらか国宝級だ。気づけ、前世の俺。

 フィリオはまさしく万能のスカウト職で、パーティーにいてくれたら本当頼りになる。


 俺を値踏みしているフィリオに言ってやる。


「世が世なら、フィリオは勇者だな」

「ボクが…………勇者かい?」

「だって、そうだろう? 光属性キャラなんてフィリオにぴったりじゃん」


 フィリオに矛先が向かないかなーと、リリィをちらりと見る。


「フィリオ様にハルヤ様……互いが互いを補えば、より強い光となりますね」


 リリィは光と光が合わせればより光輝くよね、という反応だ。


 たしかに! 新たな勇者候補があらわれたからって、今までの候補を切り捨てる理由はならんわな! 余計なことを言ったわ!


 と、フィリオが申し訳なさそうに微笑んだ。


「ボクはさすらいの盗賊さ。…………勇者には向かないよ」


 爽やかな笑みはどこか諦観もふくんでいて、俺は首をかいた。


 そういえば、似たような会話を前世でもしたっけか。

 あのときもリリィは【フィリオ勇者候補案】にノリノリだったが、いつしか言わなくなったな。

 仲はずっと良かったと思うが。……うむ?


 俺が考えこんでいると、フィリオが指輪をさわる。


第6の鍵・曲弓キアーヴェ・セイ!」


 魔法の弓を展開して、離れた場所にいた大コウモリを射抜いた。


 爽やかな横顔は絵になっている。前世では高貴な身分にどうして気づかなかったのだろう。巨乳に視線がいくことはあっても観察を怠るような……怠っていた気がする!


「ふう……ごめん、感知が少し遅れたよ」


 フィリオは警戒を解かずに弓をだしっぱなしにした。

 前世はもっと索敵範囲が広かったが、今はまだ成長中かな。


「気にするなって、十分だよ」

「うーん……瘴気がごくわずかに出ているみたいだ。感覚が少し鈍っている」

「出ているのか? 瘴気」


 瘴気。

 モンスターがたーまに放つ、特殊なオーラみたいなものだ。


 魔王クロノヴァも放っていたな。魔性の特色が濃くでるようで、瘴気の効果はさまざま。魔王クロノヴァの瘴気は弱い生物を焼いて、正気を失わせる効果があった。


 フィリオは問題なさそうに微笑む。


「ただちに影響がでるものじゃないよ。本当にごく微量だ」

「瘴気の効果はわからないんだろう?」


 フィリオはこくりとうなずいた。


 まいったな。女神フローラの加護があれば魔性への勘が冴えるし、瘴気の効果もなんとなくわかるんだが。

 ただ死に戻り時になくなった。それに二度と関わる気はない。


 魔喰いの迷宮の可能性大で、迷宮の主の意図不明。ついでに瘴気。

 ……危険な領域に踏みこんでいるか?


 勇者だったときは世界を照らす光として、罠を承知で踏みこむこともあった。

 だが今はもう状況がちがう。勇者一行を知る人はもういない。時間が戻ったせいで二人はまだ経験不足でもあるし、俺が言うしかないか。


「帰るかねー」


 あえてお気楽に提案した。

 フィリオが爽やか笑顔で言う。


「ハルヤ君、まだ進もうよ!」

「よろしくなさそーな情報が増えたしな。モンスターの強さや瘴気が出ているってわかっただけでも、後続は助かるさ。恥を承知で……一度帰る選択もアリだと思うぜ」

「…………そう、だね」

「一人で斥候に行くって案もなしだから」

「なるほど、ボク一人なら潜伏しやすいし斥候にいけるね!」

「うぉい⁉ 俺の案みたいに言うんじゃねーよ⁉」


 フィリオはえへへーと可愛く笑う。

 冗談で流そうとしているが、目は本気だ。


 可愛い笑顔に死相が漂っている……。今でなくとも、未来に確実な死が待っていそうだな……。


 どうしたものか悩んでいると、リリィがなにかに気づいたようで、ついついと遠くを指さしている。


 俺たちはいっせいに指の方角を見る。

 壁に隠れるようにして、地上で出会った少女が立っていた。


「あ、あの……ご、ごめんなさい。追いかけて……きちゃった……」

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