第10話 ある意味で、勇気ある叫び
「わかりました。私でよければお好きなようにしてくださいまし」
リリィはためらうことなく返事をした。
聖杖を下げて、いつものすました表情で周りの村人を見つめている。
神官の自分と、無辜の民。天秤にかけた場合どちらを優先させるのか、彼女には考えるまでもないことなのだろう。
村人は自分たちの首に武器を押しあてながら、笑顔をゆがませた。
「「「ふひっ! ふひっ! ふひっ! ふひっ!」」」
「「「やっぱり! やっぱり! やっぱりぃぃ!」」」
「「「人間はこの手によわーーーーーーい!」」」
は、腹が立つ! 完全に勝った気でいやがるな!
リリィは嘲笑されても涼しげな顔だ。責務を果たそうと、まつ毛一つゆらさない鉄の精神には呆れるばかりだ。
「私が素体とやらになります。村の人たちを解放してください」
「「「もちろん! もちろん! もちろん!」」」
奴らの笑顔からは悪意しか読めない。絶対に解放する気ねーだろ。
素体ってことはリリィにも寄生するのか?
この寄生型モンスターがもし、宿主の力を使えるのだとしたら危険だ。それにリリィは大女神教の神官、悪用し甲斐がある。
俺はリリィを止めようとしたが、彼女は小声でささやいてきた。
(逃げてください、ハルヤ様)
(は?)
(私の身体が必要なら、すぐには殺さないはず。村で立ち回りながら時間かせぎます)
(俺は助けを呼びに行けってか?)
(はい。時間になっても帰還しなかった場合、教会からも捜索隊を出すように便りはだしております。今は近隣の村にいるかもしれません)
前世の記憶がなく、経験不足でも、リリィは打開策を見出していた。
ただ、やはり、自分の命は勘定にいれていないが。
死に戻り前を思い出す。
暗黒神殿にたどり着く前、モンスターの大群に襲われたときも、リリィはいつもと変わらぬ調子で自分を犠牲にした。
『私たちが魔物の大群を押しとどめますので、勇者さまは先に行ってください』
リリィたちなら無事だと思う。俺もそう判断した。
だが、もし、リリィは自分の命を捨てる覚悟でいたのだとしたら?
もう真意をたしかめることはできない。
勇者たちの冒険はなかったことになったからだ。
筋肉質の男がリリィに笑顔で迫る。
「女! 女! 女の素体は可愛がり甲斐がある! 最高だ!」
腹が立つ。
腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。寄生型モンスターにも、自分にも。
そして変わらない彼女に腹が立った。
「女! 女! そこを動くな――」
「おおっと‼ 手がすべったあ!」
俺は筋肉質の男を手ではたき、十数メートルふっとばす。
筋肉質の男は水車みたいに回転しながらふっとんでいき、宿屋の壁にぶつかって動かなくなった。
「わるい、手はすべってないわ。わざとだ」
いけしゃあしゃあと言った俺に、村人たちの笑顔が消えた。
武器をさらに首に押している。
「「「人間‼ 人質がどうなってもいいのか⁉ 殺す殺す殺す、殺すぞ!」」」
「好きにしろ」
「なに?」「なんて?」「なんて?」
「好きにしやがれと言ったんだ‼」
「なんで⁉」「なんで⁉」「人質だよ⁉」
動揺したせいで寄生力が弱まったのか、村人たちがよろめいた。
もっとも一番動揺したのはリリィだが。
「ハ、ハルヤ様⁉⁉⁉ なにしてくれやがるんですか⁉」
リリィの言葉遣いが若干荒い。心底軽蔑した瞳をよこしてくる。
それでいいさ。俺は都合のいい英雄になるつもりはない。
ここにいるのはただの童貞冒険者であって、超堅物の神官リリィ=アルシアナに腹を立てた男だ。
「自分救えずに誰かを救えるかよ‼‼‼」
勇者たれと説くリリィには、何度眉をひそめたかわからない。
だがそれ以上に、彼女ときちんと関係を築けなかった自分に腹が立つ。
きっとリリィは変わらない。だから変わって欲しいとは言わない。
なら俺は、あさましく性にすがる自分の姿を見せつけるだけだ。
「俺は俺を救うぞ! 圧倒的に、自分を救ってみせる!」
剣を堂々とかまえると、村人たちは気迫に押されたのか後ずさる。
この機を逃がすまいと、俺はぶっちゃけていく。
「俺には夢がある!」
ここから宣言するのは、嘘偽りない本心だ。
死に直面して自分と向きあった際、心から漏れ出た、まごうことない魂の叫びだ。俺はこの本心から目を背けず、自分を偽ることはしないともう決めたのだ。
「俺は、ハーレム作って女の子に毎日腰をへこへこしたい‼」
村人たちが顔を見合わせる。
言葉の意味がわからないのか、不格好な笑顔をする。
「ハーレム⁉」「へこへこ⁉」「ハーレム⁉⁉⁉」
寄生型モンスターは統率がとれなくなったのか、村人たちがバラバラに慌てた。
ふはははっ! 人間なんて一皮むいたらこんなもんよ!
「セック〇セック〇セック〇! 後腐れのない関係でへこへこしたい!」
「ないにこいつ!」「怖い!」「気持ち悪い!」
「あわよくば、合意のもとでまったく責任をとらない……無責任な中〇しセッ〇スをしたい‼‼‼」
あまりにむき出しすぎる俺の言葉に、寄生型モンスターはどう対応すればいいかわからなくなっている。
あと、ものすごく冷たい視線も感じた。
女の敵だと見定めたリリィの瞳だ。
無責任な中〇しセッ〇ス発言は看過できんか……。
でもしたくない? したーい! 俺はしたいっ‼‼‼
俺が立ちふさがる敵は斬り伏せんとばかりに剣をかまえる。
「気持ちのいいセッ〇スの邪魔をするのなら! 一切の容赦はしない!」
そこで俺の本質を理解したのか、村人たちは納得した顔をした。
「なんで人質がつうじないのか!」「わかったぞ!」
「こいつは!」「こいつは!」「こいつは!」
「「「人間性カスなんだ‼‼‼」」」
俺は不敵に笑ってやる。
「ふははっ! そのカスにぶっ殺されるんだよ! チリも残さず殺しつくしてやるからな!」
もはやどっちが悪かわからない台詞を吐いた俺に、村人たちは武器を向けてきた。このままでは殺されると思ったのだろう。
かまえたな? バカめ! その情報のおかげで活路が見えたぞ!
リリィが俺に死ねばいいのにといった視線を送っていたので、距離を詰めて、小声で言う。
(人質作戦は無効化したぞ)
(………………そういうことですか)
(ふっ飛ばした奴もダメージはそうないさ)
(ですが……しかし……)
(自分が神官だって忘れていないか? 回復術は得意だろう)
リリィからそれでも他にやりようがあったでしょうと瞳で訴えてくる。
正しい解決方法があったかもしれないが、今は論じている場合じゃない。
(この寄生型モンスターの知能は低いみたいだ。宿主が俺に殺されるとわかった途端、反撃の意思をみせた。ありゃ宿主のダメージが本体にもいくタイプだ)
知能が低いから、村であんなバレバレな隠し方をしていたのだろう。
戦闘の駆け引きもろくにできないみたいだし、経験を積んでもっと成長していたら危なかったかもな。
不満ありまくりなリリィに俺は言ってやる。
「それで、戦うか?」
「……もちろんです」
リリィは表情をひきしめて、聖杖をかまえなおした。
俺の隣へと久々に立った少女は、聞こえるか聞こえないかの声で告げる。
「ハルヤ様」
「ん?」
「ご助言、耳にとどめておきます」
伝わってほしいことはそれなりに届いたらしい。
俺はちょっとだけ感傷にひたったあと、剣をピピッと連続でふるう。
風を斬り、魔を斬り、そして空間すらも切り裂くようにふるう。最後に大きく横にふるうと、リーーーンッと世界すべてを切り裂いたような音がした。
迫ってきた村人たちが立ちどまって、警戒をあらわにする。
俺がただものではないと、今の素振りでわかったのだろう。
無辜の民を殺しはしない。
だが魔性の者よ、
それとだ。
「かかって来い、俺の障害! 輝かしいハーレムへの
仲間にちょっかいをかけようとした罪、けっこー重いぜ?
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