第8話 勇者の二つ名

 リリィはベッドに横たわっていた。

 熱でもあるのか白い肌を赤く染めて、もぞもぞと股につっこんでいた手を蠢かし、ビクンッと跳ねてから甘い声をもらす。


「勇者さまあぁぁん……♥」


 あっまい声が届いてきて、離れているのにリリィの熱を間近に感じた気がした。


 超堅物な女の子の情事に、思いっきり喉を鳴らしてしまう。見ないフリをするにはドスケベすぎる光景だ。


 俺がリリィに釘付けになっていると、目がばっちりと合う。

 やっべえええええ……!


「いつから、でございましょう?」


 リリィは着崩れを正して上半身を起こし、両足をぴったりと閉じて座る。

 さすがだ。全然動じて、いや、肩がぷるぷると震えているな。


「ちょうど……果てる瞬間、かな……」

「淑女の寝室にノックをしないのは、たいへんよろしくないかと」

「お祈りをしているのかなと思って……」

「目か耳か、どちらか選んでくださいまし」


 リリィは羞恥に耐える表情で、ベッド側にあった聖杖を手にした。


「選んだほうをふっ飛ばす気だろう⁉」

「安心してくださいませ。ハルヤ様の目か耳を吹きとばしたあと、私も自分の目か耳を吹きとばしましょう。痛みわけでございます」

「お互いに損するだけじゃん⁉」


 リリィは瞳にわずかに涙を溜めて、今にも術を放たんとしている。


 ぐうっ⁉ 恥ずかしさを共有しなければ‼


「オ〇ニーぐらい誰だってするて!」

「ハ、ハッキリと言わないでくださいませんか⁉」

「ムラムラしすぎたんだよな⁉ わかるわかる! ムラムラを溜めてから励むと、いっぱい気持ちいいよな⁉ 俺も溜ようとしてもついオナっちまうもん!」

「貴方と一緒にしないでくれませんか⁉」

「俺だけじゃないって! みーんなそう! 勇者だってオ〇ニーしまくるって!」

「勇者様はオ〇ニーなどいたしません!」

「するわい‼ そりゃあオナオナよ、オナオナ勇者だよ‼‼‼」


 シコシコ勇者でもあったさ!


 だが、仲間や女神の監視があるなかでのシコ処理は本当に大変だった。

 オカズはあらかじめ決め打ちしておいて、トイレにいくフリをして、そのわずかなあいだにシコシコ。俺が勇者をやめたくなった理由の一つだ。


 オナシコはもっと孤独で、自由であるべきなのに。


 勇者への愚弄と受け取ったのか、リリィの表情はとても険しい。

 ホントのことなのになあ!


「ってか、なに勇者をオカズにしてんだよ⁉ 勇者を性的に求めていたのか⁉」

「ち、ちがいます! これには理由がありまして!」


 リリィはさすがに痛いところを突かれたようで、いつになく動揺している。


 珍しい反応とオ〇ニー姿には愛おしさを感じたが、ここで茶化しては俺の目と耳が吹きとんでしまう。下手をすれば両方吹きとばされる可能性もある。


「……理由ってなんだよ」

「……………私は神官として未熟な身でございます。聖術を使う際に信仰力だけでなく、自らの生命力も上乗せしているんです」

「えっと、つまり?」

「生命力が刺激されて活性化するので……とてもムラムラするんです……」


 リリィの表情はつんとしているが、ゆでダコのように真っ赤だ。


 超堅物、そして前世で教育係だったリリィのそんな反応にかなりクるものはあったが、今ドスケベに流されるわけにはいかない。脳内の記憶にはしっかり残すが。


「はぁ……なるほどな。わかったよ」

「……あっさりと信じるのですね?」

「嘘つく理由がないだろう」


 前世でもリリィは出会ったばかりの頃、ちょくちょく一人になっていたな。

 お祈りでもしているのかと思ったが、一人処理してたのな。


 リリィもやはり人の子だ。


「だけどさ、大女神教会の神官が勇者をオカズに処理はまずくね……?」

「けっして勇者様をオカズにしたわけでは……」

「……そこで嘘つかれても」

「う、嘘ではございません。私は女神に仕える身であり、勇者様の教育係でもあるのです。清らかさは他の神官より求められますが……ただ……」

「ただ?」


 リリィは目を逸らして、ごにょごにょと言う。


「勇者様から本気で求められたとき、勇者様の付属品として処理するぐらいなら……」

「…………そういう妄想設定でオカズにしてオ〇るなら、教会的にも大丈夫なのな」

「ギリ……でございますか」


 その言い方、ギリアウトっぽいな。そこは追及しないでおこう。可哀そうだ。

 一か月キャベツを食べつづけられる子だし、我慢できないぐらいムラムラするんだろう。


 しかし勇者が本気で求めたら、か。前世でこの事実を知っていたら……。

 いや仲間の弱みにつけこむような真似はしたくない。それに、手を出したら絶対に責任をとらせる子だともわかっている(ここが一番大事)。


 それよりも今気になることは、だが。

 俺は円テーブルの椅子を引いて、ドサッと座る。


「勇者の付属品か……。それ本気で思っているだろ?」

「……」

「答えずか。まあいいけど。さすがに怖いぞ、その考え方」


 ラッキードスケベイベントのおかげ……いや運が悪ければ俺の耳か目は吹きとばされていたし、ラッキーかは怪しい。

 なんにせよ、本題には逆に入れやすくはなったか?


 ずっと聞けなかったことだ。

 もう勇者じゃないし、無遠慮にたずねることができた。


 リリィははぐらかす素振りをみせたが、俺の視線から逃げられないとわかったのか、ぽつりと告げる。


「ハルヤ様は孤児でございましたね」

「ああ、森に毛布一枚で捨てられていたんだとさ」

「……私も孤児でございます。ただ捨て子ではなく……両親はいましたが。どこにでもある平凡で温かい家族でした」


 あー……。

 温かい家族の記憶があって孤児なのだとしたら……モンスター被害だろう。


 この世界の片隅でたまに起こる、よく聞き慣れた話。

 リリィは、自分を押し殺したようにぽつぽつと語る。


「よくある話でございます、ハルヤ様」

「うん」

「狂暴な邪竜が村を襲った……よくある話でございます」

「……うん」

「ただ少しちがうのは、少女が父に教会で隠れるように言われ、闇の炎がごうごうと村を覆いつくす中、勇者様に信託をさずける女神様の絵画前で祈りつづけたこと」


 リリィは炎の記憶を思い出したのか、唇をふるわした。

 しかしふりきるように、強い声色で言う。


「村も、教会も、人も、すべてが灰になり、虚無ばかりの村でのこったのは……勇者様と女神様の絵画、そして希望にすがるよう祈りつづけた少女でした」


 リリィの瞳からは感情の色が読めない。

 己を楽に殺すことのできる彼女は、絶対的な信仰を代わりに瞳に宿している。


「この世界には……光や、勇者が必要なのでございます。ハルヤ様」


 勇者たれと説いたときと同じ瞳で、俺に勇者であれとリリィは訴えてくる。


 死に戻り前では聞くことのできなかった話だ。

 俺は勇者でありつづけたし、リリィも神官でありつづけたからな。


 これがリリィの根っこなのだろう。

 まあ死に直面して感情丸裸にされて、俺みたくハーレム作りたいなんて俗な願望じゃないな。鉄の意思が改めてわからされた。


「聞けてよかったよ、リリィ」


 俺の素直な言葉に、リリィは少し面白そうに瞳を丸めた。


「で、ございますか。この手の話は、皆さまよい顔はしませんので」

「お互いに他人すぎるからな。親身になりすぎない」

「……なるほど、ちょうどよい距離感でございますね」


 リリィはいつもの調子に戻ったようだ。

 なにか俺が言ってやれることはないか。そう考えたが、余計なお世話だとつっかえされるのは目に見えている。


 ……さて。


「とりあえず、だけどさ」


 直後、パリ―ンッと窓が割れて、槍が俺に一直線に飛んでくる。


 リリィは聖杖で身構えはしたが、すぐ動けないようだ。

 まだ経験不足みたいだな。俺は椅子に座ったまま、冷静に槍を叩き落としておく。


「やってきたピンチを切りぬけるとしますかね」

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