第7話 勇者は〇〇〇ーを目撃する
「う、うわああああああ! モンスターだあああ!」
情けない声を出したのは村人じゃない、俺だ。
ライラ村近くの平原を調査していると、シルバーウルフがまたも突如として襲いかかってきたのだ。
俺がスライムみたいに震えていると、リリィが聖杖をモンスターに向ける。
「
シルバーウルフが光輪に包まれて、ボンッと汚い花火と化した。
リリィはゴミ捨てをいましがた終えたばかりのような虚無の表情を俺に向ける。
「カス……いえ、ハルヤ様はなにをされているのですか?」
カスって言いました?
いいぞいいぞ、俺の評価が下がっているな。
この調子で情けない男っぷりを見せつけてやろうじゃあないか。
「たははー、モンスターが急にくるなんてビビるじゃん」
「ハルヤ様はシルバーウルフに遅れをとらないでしょう」
「俺、想定外のことがダメダメ。ダンジョンも超時間をかけて調査してから、攻略するタイプだし。だからソロやっているわけでさー」
「はあ、さようでございますか」
「いやあ、リリィって可愛いだけじゃなくて強いんだな!」
俺は軽薄な笑みを浮かべてやった。
ライラ村近くの平原を調査しにきた俺たちは、さっきからモンスターの奇襲を受けている。リリィも面倒になってきたのか、率先して戦うようになっていた。
リリィは長いまつ毛をわずかにゆらす。
「勇者さまを守るために精進いたしましたから」
知っている。前世で初めて出会ったときは、俺より強かったな。
旅終盤では、前衛も後衛もこなせるスーパー神官と化していた。
ただ、観察していたところ彼女に旅終盤の強さはない。ヒールブラストの精度も、戦闘時の足運びも、モンスターの感知能力もさほどだ。死に戻った俺にステータス低下はなかったが、リリィの強さは巻き戻ったらしい。
腕の怪我を治すのにも少し時間がかかっていた。
それでも銀鉄位以上の強さはあるが。冒険ギルドには最近登録したばかりのようだな。
「へへへー、めっーーーちゃ頼りにしてまーす!」
「それでよろしいのですか? 冒険者として一旗あげたくはないのですか?」
「俺はほどほどに稼げればいいの」
「…………夢のハーレムのために、ですか」
「そーそー。……いやでも、怖がっているのはホントだよ?」
俺は近くのライラ村におそるおそる目をやった。
村人たちは壁になるように横一列に立ち並び、張りついた笑顔で俺たちを監視している。
こっわ。手を出してはこないようだが……。
「私たちの戦力を測っているのでしょうか」
「じゃないの? たぶん、俺ぜんぜんわからんけど」
だろうな。さっきから奇襲してくるモンスターは、俺たちの力を測るように動く。リリィ一人に戦わせているのも手の内を探られたいのもあるし、それを察しているのか彼女も強く言ってこない。
リリィは怪しすぎる村人を横目で見つめた。
「調査は完全とは言えませんが、騎士団を動かすには十分ですね」
「お? 報告しに帰還する? まー、こっちは二人だけだものな」
「……それが、最善かと」
リリィは少し不満げだ。
あれだけ怪しければ騎士団も動く理由になる。
ギルドに報告してあとはお任せします、はいオシマイだ。俺としてもリリィからの評価が下がったまま帰還できれば最高だ。
だが……うーん……。
張りついた笑顔の村人たち、まるで一つの意思に操られているようだ。
闇の儀式の類いだろうな。
村人がよからぬ物に手を出したか、よからぬ者が暗躍しているかだ。村を丸々支配下に置いたってことは、儀式は最終段階の可能性が高い。俺たちが帰還しているあいだに問題が起きては困る。
状況はわりと切羽詰まっているか。
リリィは旅の記憶がないから経験不足のようで、そこまで考え至れないらしい。
俺はもう勇者じゃないが……。
「……いやぁ、ダメっしょ」
俺がへらりと笑うと、リリィは瞳をぱちくりさせた。
「俺の勘だけどさ。……ここで帰還すると危ないなーって、ビビビな直感がさー」
「ビビビな直感でございますか」
「……ビビビなる直感でございます」
リリィはわかる程度に微笑む。
「かしこまりました。町に手紙を出し、私たちはライラ村に泊まりましょう」
リリィはさらに俺を探るように見つめていた。
諸々無事に……のりきれるかな……。
〇〇〇
ライラ村の宿屋。
酒場兼用の大きな宿で、俺たちは突発でも泊まることができた。いやまあ村人から『なんと! この怪しくない村の宿に泊まりたいと⁉ わかりました! ぜひぜひ泊って、怪しくないことを証明してください!』なんて言われたが。
無事に帰れる気がしねーなー。
ひとまず腹ごしらえをすべく、酒場で夕食をする。
笑顔の店員からライラ村名物『怪しくないメニュー』なるものを薦められたが、丁重にお断りした。なにがはいっているかわからん。
俺とリリィはテーブルに対面しながら、携帯食で夕食をとる。
酒場はにぎわっていて、村人たちもテーブルに座っているが、俺たちを笑顔でつぶさに見つめている。
食欲わかないって、まあ食えるときに食うのが冒険者の鉄則だ。
俺は携帯肉を皿にのせて、自前ソースたっぷりつける(前世で肌にも健康によくないと言われた、こってりしたソース)。そしてナイフとフォークで丁寧に切りわけて食べていると、リリィがパンも食べずに見つめていた。
「どったの? 俺に惚れた?」
勇者じゃない俺に、まさか以前みたく食事制限はすまい。
「ずいぶんと綺麗に食事をされるな、と」
「おかしい?」
「育ちの良さがうかがえます。まさか、貴族のご子弟さまですか?」
「……俺は孤児だよ。近所の口うるさい婆さんにマナーを叩きこまれただけ」
「それはよき出会いをされましたね」
リリィに叩きこまれたんだがな⁉
下品に食ってやろうかと思ったが、もう身体に染みついたしなあ。
リリィは俺の食事姿が珍しいのか、パンも食べずに見つめてくる。俺が一方的に探られるのもしゃくだな。
「俺を探ってもなにもでてこないぞ」
「探ってはおりません」
「俺の故郷を教えてやろうか? マジで嘘偽りのない孤児だぜ」
死に戻ってから魔王を倒しにいくときも、誰の目に止まらないように大海を泳いで渡ったものな。おかげで勇者の痕跡を消せた。
リリィの表情は変わっていないが、面白くはなさそうだ。
……彼女に踏みこんでみるか。
「勇者を探しているみたいだけどさ、いないものを探してもどうしよもなくね?」
「そうでしょうか」
「目撃証言もないんだろ? 魔王と相打ちになったのか、あるいは魔王は勝手に死んだかもしれないぞ。浴槽で足をすべらせて、頭をごちーんってな」
「ありえません。魔王クロノヴァが勝手に滅ぶなど……」
「まー、考えても仕方ないって。勇者がいなくても世界は回るさ」
俺はやんわりした口調で言った。
もっとお気楽に生きようぜと伝えたかったのだが、リリィは表情を固くさせる。
「勇者は光であり、世界の真理なのでございます。ハルヤ様」
そう言って、しずしずとパンを食べはじめた。
あいかわらずの勇者信者っぷりだな。
と言っても
それを否定することも、理解しあうことも前世ではなかったが。
どうして勇者をこんなにも求めているのやら。
〇〇〇
そうして夜。
宿屋二階の寝室で、俺は椅子に座っていた。
月がのぼれば魔性が濃くなる。裏にひそむ者がなんであれ、儀式の痕跡を消すのは難しくなるだろう。動くとしたらそこだと、リリィには伝えた(あくまで人から聞いた情報として)。
村人には気取られないよう、お互いの寝室で待機することにしたが。
「……リリィともう少しだけ話すか」
前世では、勇者と教育係の関係で終わった。
今なら勇者だからとリリィが変に気遣うことはないだろう。
もちょっと踏みこんでみるか。ハーレムカス野郎として嫌われるなら、まあそれでかまわないさ。
俺は装備を持ったまま立ちあがり、隣の部屋へ向かう。
廊下を静かに歩く。リリィの寝室から、ごそごそと物音が聞こえた。
祈祷中かね? 前世でもよくやっていたなー。俺は邪魔にならないよう物音を立てずに扉をあける。
「はぁ……はぁ……」
リリィはベッドに横たわっていた。
熱でもあるのか白い肌を赤く染めて、息苦しそうに悶えている。
わずかに汗をかき、どこか心地よさそうに歯噛みしていて、その細長い指を股にそえていた。
まだあどけない顔が熱を帯びて、女の顔になる。
リリィはもぞもぞと手を蠢かして、ビクンッと跳ねてから甘い声をもらす。
「勇者さまあぁぁん……♥」
元仲間の情事を、俺はバッチリと目撃してしまう。
はっ⁉⁉⁉ オ、オナ――
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