廻る世界と魔法使い2

野薔薇荊棘

第二章 桜の花が散る頃に

起点



 *起点



 辿り着いた先は、終焉。

 生物の命を奪う冬。

 世界の全ての色を、雪が消していく。

 私ではもう、春を待ち望むことはできない。

 ああ……いつか、日本で見た桜をもう一度見たかった。

「……っ」

 胸に走る酷い痛み。

 ここまで来てしまえば、もう長くはないだろう。

 他の者達は全員死んだ。

 私だけが生き残った。

 私は十分に生きた。

 だから、自分の人生に後悔など何もない。

 心残りが一つあるだけだ。

 しかし、それももう大丈夫。

 全ての手筈は整えたのだから。

「…………」

 ……静かだ。

 病室のベッドからでは、もう……雪の降る音さえ聞こえない。

 私のせいでかかった、あの忌まわしき呪いは解くことはできないだろう。

 それならば……。

 夢の中で幸せになればいい。

 例えそれが虚構だったとしても、禁忌だったとしても。

 愛しい者の幸せを願わずにはいられないのだ。

 自分の大切な存在だけでも幸せになって欲しいと祈るのは……我儘なのだろうか。

「ごきげんよう。計画通りいってるみたいだね」

 それは、まるで子供のように無邪気で、人懐っこくて……。

 そして、残酷な声だった。

 その声に誘われるように、静かに目を開く。

 そこにいたのは、透き通るような銀色の髪と、宝石のような蒼い瞳を持つ少年だった。

 紺色のダッフルコートとジーンズというラフな格好なのだが、その容姿のためかひときわ目を引く。

「……なんだ、死神が迎えに来たと思ったら違ったのか」

「嫌だな、こんな愛らしい死神がいるわけないだろう?」

 その少年は、クスクスと……子供らしからぬ所作で上品に笑った。

「手筈は整えた。後は計画通り、絵を……」

「もちろん、それを見届けに来たんだよ。『エデンの園』ガーデンオブエデン序列第九位オリバー・シュルツ」

 絵は、まるで最初からそこに存在していたかのように、いつの間にか姿を表していた。

 僅かに動かした手が、六〇六×五〇〇ミリメートルのキャンバスに触れる。

 あとは噂通り、これに契約者の血を付ければいいだけだ。

「この子もやっと日の目を見ることができた」

 愛おしいものに触れるように……それを包んでいた真っ白な布を解いていく。

 そこには……。

 まるで、この世のものとは思えないほどの――――美しい絵があった。

「これは三日目……神は大地を作り、海が生まれ、地に植物を生えさせた……」

 少年は歌うように言葉を続ける。

 荒れ狂う海と荒れた大地……それを見つめる天使。

 天使の足元には、桜の花びらがまるで血のように散りばめられている。

 さっきのセリフとはまるで真逆の内容だ。

 この場にはあまりにも不釣り合いなものであるのにも関わらず、自然と目を奪われ、感嘆のような息が漏れる。

 夜が明けたのか。

 顔を見せた太陽が、それを優しく照らした。

 『桜の花が散る頃に』……。

 絵の下方にタイトルと思わしき文字が、日本語で書いてある。

 そして、そのすぐ横には『LM』の文字。

「さて、次はどんな物語が始まるのかな」

 期待に胸を膨らませた声が、部屋に響く。

 私はどうか幸せな夢になることを願って……静かに目を閉じた。

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