第3話
二階の自分の部屋のベッドに背中からダイブして、見慣れた天井に視線を固定します。
「どうしたんでしょう」
総夏とは長年の付き合い、私に何か伝えたいのは明白です。
「うーん」
と、部屋のドアが開きました。
「ねぇ、有栖」
お母さんがドアの隙間から顔を出していました。
「どうしたんですか?」
「今日、夜勤の人が一人、出られなくなっちゃってね。お母さん、ヘルプで出てくるわ。夜はちゃんと戸締まりしてね」
「わかりました。夕飯は?」
「作っておいたわよ。よろしくね」
「了解です」
お母さんはすぐに家を出ていったようでした。
お父さんは単身赴任中で帰ってくるわけないし、今日の夜は一人ですか。
そうやってベッドでごろごろしているうち、私は眠ってしまったようでした。
目が覚めたのはなんと、夜中の十二時過ぎでした。
久々の学校で疲れてたのかも知れないですけど、いくらなんでも寝すぎですね。
しばらく呆然として、私はベッドから体を起こしました。
昼寝から目覚めた後の体のダルさは異常です。
「はぁー……」
ふとカーテンを閉めてない窓の外を見やると、総夏もまだ起きているようで、ベランダのガラス戸からぼんやりと明かりが漏れていた。
そう、総夏の家は隣なんですが、私の部屋の窓と向い合わせじゃないのです。せっかく絵に書いたような幼馴染みなのにこれはどうかと思います。
「ふう」
ベッドから降りようとした時。玄関からドアレバーを回すような音が聞こえた気がしました。
「ん?」
お母さん帰ってきたんですかね。
私は廊下に出て、一階へと下りて行きます。
「お母さーん?」
声をかけるけど、返事はありませんでした。
なんかおかしいです。もしかして泥棒ですか?
一階廊下。
玄関のドアへと視線を向けると。
ガチャガチャガチャッ。
「!?」
私を待っていたかのようにドアレバーが激しく上下し始めたのです。
「お母さんじゃないんですか!?」
心臓の音が徐々に大きくなり、背筋に冷たいものが触れたような気がしました。
やがて音は大きくなり、狂ったように叩かれる音がし、さらにドアへ体当たりをしているかのような音までし始めました。流れるように段階を踏んで行きます。
「あ、え……やっ」
慌てて玄関のドアへ歩み寄ろうとするものの、今度はドアレバーが壊れたような音が。
ギクリとして、足を止めた私は自分の体が小刻みに震えていることに気づきました。
ど、どうしましょう。だ、誰なんですか?
数秒の沈黙の後、きぃっと音を立てて、玄関のドアが開きます。
「こんばんはぁ」
入ってきた男はおどけた口調でそう言うと、口元に笑みを浮かべた。目が慣れてきたとは言え、廊下と玄関は暗闇が広がっているのです。そう見えただけかもしれません。
男は鼻から上にマスクをしていました。
仮面舞踏会を思わせるそれは、全身黒服と相まって、闇と同化しています。
見覚えはないです。あるわけないですっ。誰!?
「ど、どちらさまですか」
私は後退しながら、そう問いました。そもそもドアを壊して入ってきた人がまともなわけがないのです。私も冷静な振りをして、内心は発狂しそうなほど混乱していました。
「酷いねぇ。先日、永遠の愛を誓ったばかりじゃあないか」
「……え?」
ぞくぞくっと全身に鳥肌が立ちました。
「な、なんの話です?」
「迎えに来たんです。さ、行きましょう」
土足で家へ入ってきたかと思うと、
「ふふ、あはは。あははははははっ」
物凄い勢いで走ってきて、私は首を捕まれて、廊下に押し倒された。
「あぐっ」
「ああ、やっと触れられたね。暖かい」
「う……うぐ」
窒息するほどではないけど、軽く首を絞められ、私は声を漏らしました。
「再び、愛を誓おう」
男の手が私のブラウスのボタンへと伸びる。
「い、いやですっ、この変態野郎っ、やめてっ警察呼びますよ!?」
と、首に絡み付いている男の手に力が入る。
「うっ」
「夜は静かに。ふふ」
ボタンが、第一、第二、第三とはずされて行きます。
苦しい……、痛い……です。
誰か……。
首絞めの苦しさと恐怖で意識が飛びそうになった時、階段の下り口の方で、ダンッという音がした。誰かが階段から飛び降りた。
「な、なんだお前っ、僕達の邪魔を、がはっ」
首の圧迫感が消えたかと思うと、オレンジがかった赤色の閃光が走り、男が横へぶっ飛んだ。壁に激突して動かなくなりました。
それから電気を点ける音がして、廊下が明るくなります。
「よう。無事か?」
そう声をかけてきたのは、なんと、ナツ君でした。
○
「ナ、ナツ君」
押し倒された時に擦ったらしい肘の痛みと、首にこびりつく圧迫の痕跡。
あまりのことに私は起き上がれずにいました。ナツ君が近づいてきます。
あれ、鼻がつーんとしてきました。
「大丈夫か?」
首と背中に手を回し、体を起こしてくれる。
近距離でナツ君の顔を見たせいか、涙腺が急激に緩みました。体の震えも尋常じゃないです。
「うあ……あう」
「泣くなよ」
ナツ君は少し困ったように私にそう言って、座らせると、立ち上がりました。
不覚にも言葉が出てきません。この数秒の間に衝撃的なことが起き過ぎです。
「警察に連絡するか。その前に縛るもの」
それからは大変でした。警察を呼んで状況を説明して、夜勤中のお母さんも慌てて戻ってきましたし。結局収拾がついたのは午前三時でした。
警察が帰り、お母さんも夜勤へと戻って行くと、家の中はずいぶんと静かになりました。
ようやく精神的に落ち着きました。
ベッドに寝かされた私は心地よい眠気に誘われながらも、目を開けます
ベッドの横の椅子に座ってスマホをいじっているのはナツ君でした。
「……あの」
「勘違いするなよ」
私が何か言う前にそう返してきた。
これはもしや?
「ツンデレ?」
こんな時にキュンキュンしちゃうじゃないですか!
「いや、そうじゃなくて、お前を助けたのは総夏なんだ」
「どういうことですか?」
「さっきの男。ちょっと前からお前の周りをウロウロしてたんだよ。総夏が気づいて、最近は夜遅くまで有栖の家を見張ってたんだ」
「そう、なんですか?」
夜更かしの原因ってまさかそれなんですか?
「運悪く今日は寝落ちたんだ。だから代わりに俺が来たんだよ。だから、感謝するなら総夏だ。あいつが気づかなかったら俺はここへ来られてない」
何か言いたそうにしてたのは、このことだったんですね。
ストーカーですか。確かに私は鈍いのかもしれません。
私は口元を布団で隠しました。
「ありがとうです、ナツ君」
「だから、礼はあいつに」
「そうじゃなくて。いつも総夏のこと気にしてくれてるでしょう? 総夏にはナツ君がいて、ほんとによかったなって思います」
ナツ君はふっと笑った。
「あいつは、良いヤツなんだよ」
ナツ君の表情が消え、目を閉じた瞬間、総夏のそれへと変わって行きます。
きっとわかってないですよね。そうやって総夏のことを誰よりも考えてくれる優しいナツ君が私は大好きなんです。
ああ、総夏が羨ましいです。ナツ君に気にしてもらってて。妬いちゃいますよ?
○
ストーカー騒ぎから二日後。
警察の事情聴取を受けたり、書類を書いたり、面倒事がようやく片付いたので、私は総夏の家へ出向きました。
と言っても隣なんですけど。いや、隣だからこそ、普段は会いに行こうと思わないんですよね。
「どうしたの? 珍しいね」
玄関へやって来た総夏が目を瞬かせる。
「あの時のこと、ナツ君から聞いちゃいました」
「え、あ、そうなんだ。ナツが」
そういえばどうやってコミュニケーションを取ってるんですかね? 聞いていいのかどうか。
総夏は少し恥ずかしそうに頭を掻きました。
「有栖が、無事でよかったよ」
「はい二人のおかげですね」
その直後、気まずそうに視線を落とします。
「肝心な時に何も出来なかったけど、ね」
「そんなこと、あ」
そうか、ナツ君の説明がなかったら、総夏にお礼は言えなかった、ですね。
「一昨日はよっぽど疲れてたんですね」
そこまでしてるのに、私本人には言わないっていうのが総夏らしいです。
「疲れてたのもあるけど、栄養ドリンクと間違えてドリンク型の風邪薬飲んじゃって、異常に眠くなって」
……ほんと心配です。風邪薬飲んだからってどうなるわけじゃないですけど、男の癖にドジっこなんですよね。
昔、総夏を好きだったこともありました。彼は私が思っている以上に私のことを考えてくれています。そんな彼の優しさに、再び心が揺らぐなんてことが、あるのでしょうか?
君のもう一人の君が好き たかしろひと @takashiro88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君のもう一人の君が好きの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます