第10話 続魔改造

     10 続魔改造


 で、これは、其処に向かう途中の会話。


「ええ。

 これは紫雨華南の説明の続きですが――彼女の名前は間違いなく偽名でしょう」


「……ん? 

 それって〝華南が偽名〟って事?」


 オレにワンピースを着せたまま、鹿山さんは首肯する。


 オレが脱いだオレの私服は現在、鹿山さんが持っている紙袋の中だ。


「はい。

 彼女の名字は紫雨で、さ行に属しています。

 よって、彼女の名字を使い彼女を支配する事は何者にも出来ない。

 ですが、彼女は恐らく、名前はさ行に属してはいないのでしょう。

 本名が他の行に属している為、彼女は〝行使い〟の誰かに名前を支配される恐れがある。

〝華南〟はそれを避ける為の、偽名だと見て良いと思います」


「……成る程」


 華南が本名なら、それを〝か行使い〟に知られると、華南は〝か行使い〟の支配を受ける。

 彼女はソレを回避する為に、本名を隠している訳か。


 ……因みに、話は横に逸れるが、このワンピースは何と鹿山さんが購入した。

 こうブラックのカードを使って。


 何でもそのカードもポケットに入っていて、その暗証番号もメモに書かれていたらしい。

 限度額がどれ位かは知らないが、カードの見栄えからして、かなり高額な物でも買えそうだ。


 つまり、鹿山さんの実家って、実はお金持ち? 

 ……いや、話を戻そう。


「なら、鹿山さんも〝か行使い〟や〝た行使い〟に本名を知られたら、大変だな。

 きみの名前を呼ばれながら攻撃系の詠唱を唱えられたら、俄然こちらが不利になる」


「そうですね。

 なので、これから折紙さんは私の名前を呼ばないでください。

 折紙さんの方で適当に私の偽名を考えて」


「……オレが、鹿山さんの偽名を?」


「――はい、もうアウトです。

 仮にこの会話を敵に聴かれていたら、私の敗北は決定的」


「………」


 この人、実はオレを虐めるのが趣味なのだろうか?

 これはそうとしか思えない、邪知暴虐ぶりだ。


「分かった。

 なら今からきみは――青髪蒼子という事で」


「………」


 オレは、胸を張って堂々と断言する。

 すると何故か鹿山さんは微妙な表情になって、オレを見た。


「……いえ。

 別にいいんですけど。

 折紙さんのネーミングセンスは最悪だと分かっただけで、ある種の収穫ですから」


「は、い?」


 意味が分からず、オレは小首を傾げる。


 鹿山さんはオレを無視する様に早足で歩き始め――オレは急いでその後を追った。


     ◇


 オレ達がそれなりに立派な化粧品店に辿り着いたのは――それから五分後の事。


 鹿山さんは躊躇なく化粧品店に入り、オレもしかたなく彼女に倣う。

 鹿山さんはオレを鏡があるカウンター席に座らせ、普通にオレのコーディネートを始めた。


「――ええ。

 ここからが、私の腕の見せ所です。

 私の美的センスに誤りがなければ、折紙さんは今日生まれ変わる――!」


「………」


 凄まじい、気迫だった。

 或いは、紫雨華南と対峙した時以上の気迫である。


 本当にオレは鹿山さんの玩具にされているなと感じながらも、オレは彼女に身を委ねた。


「あー、もう勝手にしてくれ。

 今日はトコトン青髪さんにつき合うから、青髪さんも彼方に向かってダッシュだけはするな」


「え? 

 私が何時、そんな酷い真似をしようとしました? 

 折紙さんは、何か酷い勘違いをしているのでは?」


「………」


「ま、ソレはともかく、折紙さんは少し目を閉じていて下さい。

 私はその間に、折紙さんに魔法をかけますから」


「………」


 これではまるで、シンデレラだ。

 汚い服しか着る事が出来なかった彼女は、魔法をかけられる事で変身した。


 鹿山さんはオレにそんな魔法をかけようとしているのだろうが、ハッキリ言って無駄だ。

 このオレを、初恋の男子に男扱いされたオレを、変身させられる訳がない。


 それがオレの揺るぎない確信であり、確固たる現実である。


 いや。

 本当にその筈だった。


「と、もういいですよ、折紙さん。

 聞いていますか、折紙さん?」


「……んん? 

 ん――?」


 迂闊にも、オレは目を瞑った瞬間、熟睡してしまったらしい。


 これも死んだ後遺症なのか、それともただ疲れが溜まっていただけか。

 どちらとも判断できないオレは、それでも、鹿山さんの呼びかけに応えて目を開ける。


 寝ぼけ眼で正面を見ると――其処には見知らぬ美少女様が居た。


「……んん? 

 ……んんん?」


 え? 

 でも、もしかして、これは鏡ではないか? 


 オレは今、オレの姿を見て、ソレを美少女様だと認識した? 


 ――そんなアホな!


「って――どういう事さ、コレは! 

 明らかに――整形だよねっ? 

 青髪さんは、オレの顔にメスを入れたでしょうっ? 

 骨格とか筋肉を弄って、シリコンとかつめた筈!」


 オレが絶叫すると、鹿山さんは、獲物を発見したモモンガの様にキョトンとする。


「はぁ。

 折紙さんは医療術の心得もない私が、そんな大それた真似をしたと言うのですか? 

 まさか。

 そんな訳がないじゃないですか。

 私はただ折紙さんの髪を下ろして、くせ毛を直し、多少お化粧をして、眉毛を少し剃っただけ」


「………」


 確かに、オレの太かった眉毛は、今は細くなっている。

 たったそれだけで顔の印象は変わって、オレは自分の姿を見て、尚も唖然とした。


「でも、三十分でここまで変わるのだから、折紙さんは私の見立て以上でした。

 私が見込んだ通り、折紙さんは今、原石からダイヤへと生まれ変わったのです――!」


「………」


 いや、好きにして良いとは言ったけど、勝手に人の眉毛を剃るのはどうかと思う。


 そうは思いつつも、オレは感嘆を禁じ得ない。

 このオレが、この上紙折紙が、悪名高き男顔のオレ様が、こんな美少女だったなんて! 


 一体コレはどんなレベルの奇跡だと、オレは思わず息を呑んだ。


「と言う訳で、早速成果を試してみましょうか。

 えっと、折紙さんが昨日携帯で話していた子は、この子ですよね?」


「……なっ?」


 鹿山さんの手際は、正に流麗だった。

 変わり果てたオレの姿を、何時の間にか奪っていたオレの携帯で撮り、それを送信する。


 彼女の言い草からすると、送った先は与一の携帯だろう。


 すると、直ぐに反応があった。


『――って、先輩! 

 この美少女は――一体何者っ? 

 鹿山さんといい、この美少女といい、何で先輩ばかり美人さんに縁があるんですっ? 

 これはアレですよ! 

 鹿山さんとこの美人さんのどちらかを紹介してくれなければ、収まりがつかない話です!』


「………」


 このアホが。


 それが一年に百回は〝俺、先輩以上の男らしい女子、見た事ないっす〟と言っている男の言葉か? 


 眉毛を少し剃られただけのオレを見て、籠絡されるあたり、与一の感性はチョロ過ぎだ。


「そうだな、このアホが。

 オマエはきっと〝それはオレだ〟と言っても〝寝言は死んでから言ってください〟って返すだけなんだろうな」


『……はい? 

 それは一体……どういう意味?』


 本当に理解不能なのか、与一は現実をトコトンまで拒絶している。

 こんなオレはオレではないと認識していて、事実を受け入れようとしない。


 いや。

 オレも同じ様な心境なので、気持ちはよく分かる。


「いいや。

 何でもない。

 それより、仕事の続きだ。

 与一は今から、総務省のスパコンにハッキングしろ。

 それから、マイナンバーカードを取得していない人物を探れ。

 恐らくその中に、件の彼女は属している筈だ」


 動機はどうあれ、鹿山さんが与一に連絡を入れたのは丁度良かった。

 オレは忘れていた仕事をここぞとばかりに、与一に依頼する。


 すると、ヤツは何とも言えない声を上げた。


『あー。

 その件は、無理ですねー』


「は? 

 無理? 

 ペンタゴンのスパコンに侵入した事があるオマエが、無理だって言うのかよ?」


『ええ、まあ。

 どうやら俺らしくないミスをした様で、政府に侵入がバレた様なんですよ。

 お蔭で警戒が厳しくなって、今ハッキングするのは不可能です』


「………」


 オレ達としては、実にバットタイミングである。

 まるで、誰かの差し金としか思えない感じだ。


 いや。

 とにかく政府の情報機関から、鹿山さんの素性を探る事は出来ないらしい。


「分かった。

 なら、オマエはただの役立たずだ。

 てか、その美少女とやらの写真を使って、自家発電だけはするな。

 絶対――後悔する事になるから」


 ソレがオレだと知れば、与一は男をオカズにしてシ■ったと思う位ショックを受ける。

 ならば、オレはヤツに忠告するしかないのだが、与一は疑問符を投げかけた。


『え? 

 何でですか? 

 俺、この子が相手なら――お茶椀五杯はいけますよ?』


「うるせえ、黙れ。

 穢れた隠語を使うな。

 いいから言う通りにしておけ。

 それが皆の為だ」


 つーか、与一がオレをオカズにしてセン■リをこいたと思っただけで、怖気が走る。

 余りに気持ちが悪くて、今にも吐きそうだ。


 それで、通話は終わった。

 オレは一方的に通話を切って、思わず嘆息する。


 何でこの美少女様がオレなんだと未だに疑問を抱きながら、頭を抱えた。


「でも、それが折紙さんの現実ですよ。

 あなたは身近な男の子に認められるぐらい、可愛いんです。

 では、予行練習が済んだ所で本命といきましょうか。

 今から――折紙さんの初恋の男子の所に行きましょう」


「――はぁ?」


 とても許容できない提案をされ、オレは反射的に唖然とする。


 でも、そうなのだ。

 確かに鹿山さんは、オレの初恋の男子に、目にもの見せてやると意気込んでいた。


 アレが本気だとすれば、鹿山さんの提案は一応筋が通っている。

 だが、その反面、今の提案は流石に受け入れがたい。


「いや。

 それは待とう、青髪さん。

 実は、ヤツは既に引っ越していて、居場所さえ分からないんだ。

 てか、ユメは宇宙飛行士だとぬかしていたから、今頃、宇宙の果てに居るんじゃないかな?」


「ほう?」


 と、今度は鹿山さんが首を傾げてから、彼女はこう詠唱する。


「〝あなた〟は〝嘘〟を〝言えない〟」


「………」


「ええ。

 この条件で、もう一度、同じ事を言ってみてください」


「………」


 この人、実は、悪魔か? 

 自分の目的の為なら、周囲の人間は全て犠牲にする、ヤバい人? 


 そうは思いながらも、オレは腹を括る。


「……ああ。

 やつは転校して、居場所は分からない」


「―――」


 途端、鹿山さんは眉をひそめて、息を吐く。


「成る程。

 どうやら嘘は言っていない様ですね。

 非常に残念です。

 私は折紙さんの名誉を回復させる為に、腕を振るったのだから。

 では、その件は、またの機会にしましょう」


 渋々納得する、鹿山さん。

 

 ふふふ、ははははは。

 

 どうやら彼女もオレのやり口には、気が付かなかったらしい。


 そう。

 オレは〝やつ〟と言っただけで、それが初恋の男子だとは言っていない。

 ヤツの名前をあげながら転校したと言おうとしたら、オレの嘘はバレただろう。


 だが、やつはやつでも、それはヤツではなく、他に転校していったやつを指す。

 そのやつは本当に転校しているので、オレは嘘を言った事にならない訳だ。


 どうやら頭の回転がはやい鹿山さんでも、このトリックには気が付かなかったらしい。

 オレは安堵の溜息を漏らしながら、椅子の背もたれにもたれかかる。


「なら、レッスンⅡといきましょうか。

 今度は――折紙さんの言葉遣いを改めましょう」


「……な、に?」


 言っている事がよく分からなくて、オレの顔は強張る。


 そんなオレを無視して、鹿山さんは早速ダメ出しをしてきた。


「はい、もうアウトです。

 そこは〝何ですって?〟と言う所」


「……いや。

 一寸待とう、青髪さん。

 確かにオレは、青髪さんに大きな恩がある。

 けど、そこまでプライベートな事に口を出すのは、如何な物だろう? 

 具体的に言えばそれは嫌なんだけど、そこん所はどうなのさ?」


 すると鹿山さんは、前を向いたまま、早足でオレから遠ざかっていくではないか! 

 お蔭でオレの体には激痛が走って、オレは思わず床の上でのた打ち回りそうになった!


「え? 

 何ですって? 

 今、折紙さんは、私に何て言ったんです――?」


「………」


 此方に戻ってきた鹿山さんを見て、オレは笑顔を浮かべながら告げる。


「あの、青髪さん? 

 私の事、自分の手を汚さずに、いたぶるのは止めてくれる?」


 最悪だった。

 最悪の虐めだった。


 直接虐めに関与せずに人をいたぶる事ほど、悪質な事は無い。


「ええ。

 その調子です、折紙さん。

 この調子でいけば、折紙さんはきっと立派な淑女になれる」


「………」


 別になりたくないのだが――オレはこうして淑女への第一歩を踏み出した。

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