第8話  牧歌的な話はまだ続く

     8 牧歌的な話はまだ続く


「では――早速出かけましょう」


「……んん? 

 は、い?」


 朝の長話を終え、オレが一服していると、鹿山さんが謎の提案をしてくる。

 昨日から本当にこの人の振り回されているなと思いつつ、オレは素直にその意図を問う。


「出かけるって、何処に? 

 鹿山さんは、何か用でもあるの?」


 彼女の答えは――余りにもバカげていた。


「ええ。

 先程言ったでしょう。

 私は――あなたを生まれ変わらせてみせると。

 今後は、いつ戦闘になるか分かりませんからね。

 早い内に、その件は済ませてしまいましょう」


「…………」


 驚いた。

 アレ、本気だったんだ。


 鹿山さんは――本気でオレを魔改造する気だ!


「いや。

 ちょっと落ち着こう、鹿山さん。

 そんなの、絶対時間の無駄だって。

 それなら、この〝五十音戦線〟の対策を練っていた方が良いって。

 鹿山さんはそういう大事な事を放棄して、オレを魔改造する気なのか――っ?」


「……まかいぞう? 

 全く意味が、分かりませんね。

 芋虫を蝶に進化させる事がどうして、魔改造に繋がると言うのです? 

 というか、それ以上無駄な抵抗をするなら、私にも考えがあります」


「はぁ。

 考え?」


 オレが首を傾げると、鹿山さんは暴挙に出た。


「〝あなた〟は〝動けない〟」


「――げっ? 

 一寸待って! 

 一寸待って! 

 ソレは本当に――狂気の沙汰だから!」


 鹿山さんが何をするつもりなのか悟ったオレは、だから思わず命乞いをする。

 彼女はこんな時でも笑わず、ただオレを睥睨した。


「ほう? 

 折紙さんは私が、このまま十五メートル先までダッシュする事を、拒むと言うのですね? 

 それはつまり、私の要求を受け入れるという意味?」


「………」


 ……やはり、そういうつもりだったか。


 鹿山多知は正義の人だが、こういうおっかない部分もあったのだ!


「というより、これは一種のペナルティです。

 折紙さんは昨日、私の忠告を無視したのだから今日ぐらい私につき合って」


「………」


 そう言われると、オレも一切反論出来ない。


 オレと言う枷を鹿山さんにハメたのは――紛れもなくオレ自身なのだから。


「……分かった。

 分かりました。

 オレとしては、本当に時間の無駄としか思えないけど、つき合ってみる。

 てか……鹿山さんって真正の好事家だよな」


 ソレが、オレの率直な感想だ。


 ブツブツと文句を言いながらも――オレは外出の準備を始めた。


     ◇


 いや。

 用意と言っても、オレはただ愛用している枯れ葉色のコートを着ただけだ。


 財布は既にポケットの中に入っていたし、それ以上やる事は無い。

 オレは、速やかにこの部屋を出た鹿山さんの後を追う。


 と、オレにはもう一つ、確認しなければならない事があった。


「てか、結局、紫雨華南はどうなったんだ? 

 もしかしてあいつは、鹿山さんが倒した?」


 そうなっている事を期待しながら問うと、案の定、鹿山さんは首を横に振る。


「いえ。

 彼女には逃げられました。

 こう、空をピューと飛んで」


「……そうなんだ? 

 って……空をピュー?」


「はい。

 恐らく――〝空〟を〝巣くう〟と詠唱したのでしょう。

 その時点で空は紫雨華南の足場になって、逃走を容易にした」


「……成る程」


 本当に何でもアリだな、〝行使い〟は。

 オレのその感想を、鹿山さんは更に助長させる。


「ええ。

 昨日も紫雨華南が〝水爆〟を〝潜行〟させ〝始動〟すると詠唱していたら、或いは私も終わっていたかも」


「――はっ?」

 

 水爆って、あの水爆か? 


 核融合をさせて周囲を破壊する、あの水爆――? 


 紫雨華南は、そんな途轍もない真似まで出来るというのか――?


「……そっか。

 だから鹿山さんは昨日、勝負を急いでいたんだな。

 紫雨華南に、水爆を使わせない様にする為に」


「はい。

 私達が潜伏していた地下で使うなら、私達以外被害者を出さずに済みます。

 そういう意味では、件の水爆も紫雨華南の切り札の一つと言えるでしょう。

 どういう訳か、彼女は結局ソレを使ってはきませんでしたが」


 そういう発想が無かったのか、それとも別に理由があるのか。

 鹿山さんでも、それは分からないらしい。


「……ん? 

 ちょい待ち。

 と言う事は、紫雨華南はオレ達を〝察知〟出来るんじゃないか? 

 あいつが昨日タイミングよくあの場に現れたのは――その〝察知〟のお蔭なんじゃあ?」


 オレの推理を、鹿山さんは頷く事で応える。


「多分そうでしょうね。

〝戦闘〟を〝察知〟と詠唱しておけば彼女はソレを知る事が出来た。

 私達とあのヘリの戦いを〝察知〟した紫雨華南は、あの場に現れたと見て良いでしょう」


「………」


 だとすれば、紫雨華南は一度〝接触〟したオレ達さえも〝察知〟できる? 


 オレ達の居場所は、紫雨華南に筒抜けという事か――?


「はい。

〝接触〟した〝戦闘員〟を〝察知〟すると詠唱すれば、それも可能でしょう。

 故に、私も手を打たせてもらいました。

 恐らくその〝察知〟には、有効射程距離がある筈です。

 一度一定の距離まで離れた対象は察知出来ない、と言う縛りがある筈。

 なので、折紙さんを抱えた私は地下二百キロまでおりてから、折紙さんの家まで戻った訳です。

 それで恐らく紫雨華南の〝察知〟は無効化出来たと考えて良いでしょう」


「……そっか」


 オレは気を失っている間に、依頼人に、そんな手間をかけさせていたのか。

 これではますます〝何でも屋〟としての立場が無い。


「ええ。

 つまりはそういう事で――紫雨華南もまた危険な存在だという事です。

 それこそ――〝か行使い〟や〝た行使い〟に匹敵する程に」


「……〝か行使い〟や〝た行使い〟?」


 オレは思わず首を傾げるが、よく考えてみれば確かにそうなのだ。


〝か行使い〟もその気になれば――〝核兵器〟を〝稼働〟出来る。


〝た行使い〟にいたっては、〝時〟を〝止めて〟――〝立ち回る〟事が出来る――。


 だとしたら……非常に不味い。


「――って、そんなの、誰も勝てる訳がない! 

 時を止められたら、もうフルボッコ、確定だろ!」


「そうですね。

〝た行使い〟の対応は、かなり難しいと思います」


「………」


 その割には、危機感がまるでない。

 まるでないよ、鹿山さん。


「でも、私達は全ての〝行使い〟を、相手にする必要はありません。

 逆に私以外の〝行使い〟が戦闘状態になり、共倒れになる可能性がある。

 そう考えると、私達が今するべき事は、他の〝行使い〟に見つからない事。

 可能な限り、戦闘を避ける事だと思います」


「……成る程。

 オレ達は率先して戦闘には参加せず、敵達が相打ちになるのを待てばいいのか。

 いや。

 ちょい待ち。

 けど、それもリスクがあるんじゃないか? 

 仮に誰かが生き残った場合、そいつは今まで倒してきた〝行使い〟の能力を得ている。

 複数の〝行〟を使えるそいつは、本当に厄介な存在なんじゃ?」


 オレが眉をひそめると、鹿山さんはクールな視線を此方に向けた。


「ですね。

 なので、その時は、もう不意討ちを成功させるしかありません。

 敵に勝利を確信させてからの、騙し討ち。

 これに勝る戦術はないでしょう」


「………」


 どうも、それが鹿山さんの方針らしい。


 敵を相討ちさせ、それでも生き残った敵は、不意打ちにする。


 果たしてそう上手くいくのか、オレには分からない。

 それでもオレは、鹿山さんを危険には晒せない。


 そう言った意味では、確かに鹿山さんの作戦とオレの立場は――利害が一致していた。

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