信号待ちの30秒
星屑肇
信号待ちの30秒
青い信号を目指して、横断歩道に立つのは、会社員のタカシ。いつものルーティンで、疲れた顔を隠しながら、スマートフォンでニュースをチェックしていた。そんなとき、目の前で赤信号に変わる音が聞こえた。「また30秒の待ち時間か」とため息をつく。
周囲の視界は日常の風景だが、タカシの目には、その瞬間、違う景色が広がった。彼の視界の端に、信号待ちをしている若い女性が目に留まった。その彼女は、手に持ったカメラをじっと構え、周囲の風景を捉えようとしていた。流れる信号の光や人々の表情、その瞬間を切り取る姿に、タカシは惹かれた。
次第に、彼の意識はカメラを構える彼女の方へと向かっていった。タカシは心の中で「何をそんなに撮りたがるんだろう」と疑問を持ちながらも、自分の目と心がその一瞬の美しさに夢中になっていた。きっと、彼女も何か特別な瞬間を求めているのだろう。
待ち時間が続く中、彼女は次々にシャッターを切り始めた。歩道の向こうにいた子供が白い風船を持って嬉しそうに笑っている姿、背の高い建物の間から漏れる夕日の光、そして、街の行き交う人々の忙しない足取り。その全てが彼女のレンズの中で輝いていた。
タカシは、自分もまたその一瞬に心を奪われていることに気づいた。「こんな風に、日常を美しく切り取る視点を持てたら、もっと楽しいかもしれない」と思った。信号待ちの30秒で、何も特別ではないはずの日常が、実は美しい瞬間であふれていることに気づかされた。
信号が青に変わり、周囲の人々が動き出した。彼女の姿は、流れ行く人々の中に消えていったが、タカシの心には彼女の情熱が残った。「次の信号待ちの時は、普段見逃している景色を注意深く見てみよう」と心に決めた。日常の中で美しさを見つけること、それこそが、新たな自分を見つめ直すきっかけになるのだと信じて。
タカシは、新たな視点を持ち直し、信号が青になった瞬間、歩き出した。次の瞬間に待っている美しい風景を見つけるために。そして、何気ない30秒が、これからの彼の心を豊かにしていくという予感を感じながら。
信号待ちの30秒 星屑肇 @syamyu
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