EP 8
「英雄の夢と、石ころの限界」
セーラと相談し、その日の宿は外壁地区にある「嘶くゴブリン亭」に決めた。新米冒険者が集まる活気ある宿だが、部屋は質素なものだ。それでも、森での野宿に比べれば天国だった。
ベッドに横たわると、今日一日の出来事が走馬灯のように駆け巡る。初めて見た大都市アルクス。冒険者ギルドの熱気。セーラとのパーティー結成。何もかもが刺激的で、リュウの心は興奮と心地よい疲労感に満たされていた。
「これから、何が待ってるんだろうな…」
新たな人生への期待を胸に、リュウの意識は深い眠りの底へと沈んでいった。
…気がつくと、リュウは荒野に立っていた。
空は血のように赤く、乾いた風がひび割れた大地を吹き抜けていく。ここはどこだ? まるで世界の終わりのような光景に戸惑っていると、突如、地平線の向こうから巨大な影が舞い上がった。
山のような巨躯。溶岩のように赤黒く輝く鱗。天を衝くほどの咆哮が、大地をビリビリと震わせる。
ドラゴン。
神話の中にしか存在しないはずの、絶対的な捕食者。
そのドラゴンが、なぜかリュウを見下ろし、雷鳴のような声で言った。
『クハハハ! かかってこい、勇者よ!』
勇者? 俺が? 訳が分からないまま、しかし、リュウの身体は突き動かされるように前に出た。手には、いつものようにしっくりと馴染む武器が握られている。
「行くぞ! でやあああ!」
リュウは渾身の力を込めて、それを投げつけた。
放たれた一撃は、しかし、風を切り裂く鋭い音ではなく、ひゅるり、と情けない音を立ててドラゴンの巨大な顔に当たった。
カツン。
リュウの武器――ただの石ころは、ドラゴンの鋼鉄の鱗に弾かれ、力なく地面に落ちた。
『クハハハ! そんなモノか、勇者よ! 貴様の力は、その程度か!』
ドラゴンが嘲笑う。そして、大きく息を吸い込むと、その顎から全てを焼き尽くす灼熱の火炎が放たれた。世界が、紅蓮の炎に染まる。
「うわああああ!」
「はっ…! ぜぇ、ぜぇ…」
リュウは悲鳴と共にベッドから転げ落ち、荒い息をついた。全身は冷や汗でぐっしょりと濡れている。窓の外からは静かな夜の闇と、月明かりが差し込んでいる。ここは「嘶くゴブリン亭」の一室。さっきのは、夢…。
「…ドラゴン…」
夢の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。あの圧倒的な絶望感。そして、石ころ一つの、あまりの無力さ。
「やっぱり…石ころだけじゃ無理だよな」
スライムやゴブリン相手なら、スリングで放つ石は必殺の武器になる。だが、夢で見たドラゴンのような強大な敵が現れたら? あの硬い鱗を、石ころで貫くことなど到底不可能だ。セーラを守りながら戦うなんて、夢のまた夢だ。
「もっと、強い武器が必要だ…」
そこまで考えて、リュウはハッとした。
女神から与えられたスキル、『武器使い』。その名の通り、武器を使えるスキル。それは、石ころだけに限った話ではないはずだ。剣、槍、斧、弓…どんな武器でも、俺は使いこなせる可能性があるんじゃないか?
「そうだ、武器屋…! 武器屋に行けば、何か装備できる武器があるかもしれない!」
行商人からもらった金貨もある。明日、早速行ってみよう。
絶望的な悪夢から一転、リュウの胸に新たな希望の光が灯った。明日、どんな武器に出会えるだろう。どんな新しい力が手に入るだろうか。
その期待を胸に、リュウは今度こそ安らかな眠りについたのだった。
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