異世界転生×ユニークスキル 武器使いで無双する!?

月神世一

武器の勇者

「灰色の日常と、異世界への片道切符」

アスファルトから立ち昇る陽炎が、ありふれた街の景色を歪ませる。佐々木 龍(ささき りゅう)、25歳、会社員。彼の人生もまた、この陽炎のように揺らめくだけで、確かな輪郭を結ぶことはなかった。

「こちら、今月度の営業報告書になります」

「ん。…ああ、佐々木くん。この数字、先月と大して変わらないじゃないか。もっと足で稼がないと。若いんだから」

嫌味をスパイスのように効かせた上司の言葉を、龍は無表情で受け流す。心の中では何度罵倒したか知れないが、それを口に出すほどの情熱もとうに失せていた。社内では便利な駒として扱われ、プライベートでは女性に縁がない。スマートフォンの画面をスワイプすれば、友人たちの華やかな日常が目に飛び込んでくるが、それはまるで別世界の物語のようだった。

「…ちっ、しょうもねぇ」

今日も今日とて、龍は社用車のハンドルを握り、茹だるような暑さの中を外回りへと向かっていた。革靴に蒸れた足、汗で肌に張り付くワイシャツの不快感が、彼の焦燥感を一層掻き立てる。

気分転換が必要だった。龍は近くのコンビニに車を滑り込ませると、慣れた手つきで缶コーヒーと煙草の箱を手に取った。店外の喫煙スペースで紫煙を燻らせながら、ぼんやりと空を見上げる。灰色の煙が、同じく色のない空に吸い込まれて消えていく。自分の人生そのものみたいだと、龍は自嘲気味に笑った。

車に戻り、再び走り出す。その、ほんの数分後のことだった。

信号が青に変わるのを待つ車列の先頭。その前の横断歩道に、一匹の小さな猫がちょこんと座り込んでいた。茶色と黒のぶち模様。まだ子猫だろうか、世界の危険など何も知らないといった風情で、呑気に毛づくろいをしている。

「チッ、あぶねぇなぁ。んな所に居たら跳ねられるぞ。シッ、シッ」

龍は軽くクラクションを鳴らそうかと眉をひそめた。だが、その瞬間。

けたたましいエンジン音が響き渡り、サイドミラーに巨大な車体が映り込んだ。大型トラックが、赤信号を完全に無視して交差点に突っ込んでくる。その軌道は、一直線に猫へと向かっていた。

「ふざけっ…!」

理屈ではなかった。考えるより先に、龍の体は動いていた。人生がしょうもない? 上司がむかつく? 女にモテない? そんな思考は、一瞬で吹き飛んだ。ただ、目の前の小さな命が理不尽に奪われる光景を、許すことができなかった。

アクセルを踏み込む。社用車が悲鳴のようなエンジン音を上げて飛び出した。猫とトラックの間に、滑り込むように。

衝撃。

世界が、ガラスのように砕け散る音がした。熱と痛み、そして浮遊感。遠ざかる意識の片隅で、驚いたように目を見開く猫の顔が見えた気がした。

「もっしもっし、亀よ。亀さんよ~」

間延びした、どこか呑気な声が聞こえる。重い瞼をこじ開けると、そこは純白の、どこまでも続く空間だった。目の前には、透き通るような水色の長い髪を持つ、絶世の美少女が浮かんでいる。彼女は金の刺繍が施された純白の衣をまとい、面白そうに龍の顔を覗き込んでいた。

「は?な、何だ? あ、あんたは? ここは何処だ?」

混乱する龍の頭は、まだ状況を理解できない。

「あ、起きましたか? 亀さんよりは早い、兎さんよりは遅いって感じですね」

「え?」

少女は楽しそうにくるりと一回転すると、こほん、とわざとらしく咳払いをした。

「私はアクア。貴方達が言う、神と呼ばれる者ですぅ。少し違いますが」

「え? 神様? って事は…あの世!? 俺は死んだのか!?」

アクアと名乗る女神の言葉に、龍の脳はようやく現実を悟った。砕け散る視界、衝撃、そして痛み。全てが本物だったのだ。

「ハイハイ~、パニクらな~い。話を進めたいので」

アクアはパンパンと手を叩き、龍の狼狽を意に介さない。その態度に、龍の心に溜まっていた澱が一気に溢れ出した。

「はぁ~…しょうもない人生だったな。毎日上司に言い様に使われ、女にはモテないわ…。最後の最後で、猫一匹助けて終わりかよ…」

「まぁ、落ち込まないでくださいよ」

アクアの声のトーンが、少しだけ真剣なものに変わる。

「貴方は、私の大大大好きな猫ちゃんを助けてくれました その善行を認めて、やり直しの機会を与えますよ」

「も、もしかして…人生やり直し出来る?」

龍の目に、一筋の光が宿った。

「はーい。ただし、人生をやり直せるのは地球ではなく、剣と魔法の世界『アスセティア』になりますけど」

「い、異世界転生って奴かよ!」

フィクションの中でしか聞いたことのない単語に、龍は驚きを隠せない。

「そういうことです~。で、サービスでスキルをいくつか渡しておきますね。えっと~、まずは『言語理解』。これがないと始まりませんからね。それと、『武器使い』を渡しましょう」

「武器使いって?」

「その名の通り、武器を使えるスキルです」

あまりに雑な説明に、龍は呆気にとられた。それはスキルと呼べるのか? 誰もが出来ることではないのか?

「あ、時間ですね。では、佐々木龍さん。良い異世界転生を」

「え、ちょ、待っ…! スキルの説明が雑すぎるだろ! もっとこう、チート的なやつとか…!」

龍の足元が、眩い光に包まれていく。抗議の声は、しかし、無情な女神には届かない。

「待ってくれぇぇぇ!」

その叫びは、純白の空間に虚しく響き渡り、やがて光の中に掻き消された。

次に龍が目を開けた時、彼の目に映ったのは、どこまでも広がる青い空と、雄大な森。頬を撫でる風は未知の植物の匂いを運び、耳には聞いたこともない生き物の鳴き声が届いた。灰色の日常とは何もかもが違う、鮮やかすぎる世界。

佐々木龍

与えられた謎のスキル『武器使い』と共に、彼の第二の人生が、今、幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る