第10話 彼女は嘘をついている?
我がこの家に来てから一週間程経った。ある程度歩けるようになり、現在は体を治すために軽い運動を行っている。
彼女に肩を借りて軽く家の周りを一周したり、箸で色んな形の物を持ってみたりと。
彼女も大変だっただろうにここまで付き合ってもらえた。
…それにしてもここまでボロボロになったのは初めての事。思ったよりも動かない身体に辟易としてしまう。
「おお! 結構動けるようになったじゃないか!」
「貴殿のおかげだ。本当に感謝する」
「なあに! 良いってことよ!」
だけどそれでも嫌な気持ちが溢れ出ないのは彼女が居てくれたからだった。
彼女は心の底からの本心で我の世話を喜んで行ってくれている。
その事は自分がボコボコにした彼女にお世話されているという負の気持ちを打ち消してくれた。
こちらに遠慮をあまりせずズバズバと話してくれるのも話しやすい。
我は勘が鋭いから変に誤魔化されたり嘘をつかれるとすぐに気づき嫌な気分になってしまう。
そういう気分になるよりもこれぐらいの方が色々と楽だ。
「よっし! そろそろ遠出してみるのもアリかもな! 近くの小川まで行ってみるか!」
「そうだな。この家周りなら結構歩けるようになってきたし遠出もありかもしれん」
彼女の肩を借りずとも家の周りなら割と歩けるようになってきていた我は、彼女の話に乗ることにした。
外は晴れ晴れとしており、鳥のさえずり声が聞こえてくる良い散歩日和だ。
「それじゃあ出発だ! キツくなったら言えよ!」
「ああ。分かった」
彼女と共に山の中を進んでいく。ここは特殊な山らしく、頂上付近だというのに空気の薄さを一切感じない。
少し肌寒さはあるが心地よい程度。山特有の澄んだ空気は心を落ち着かせてくれる。
「〜〜ん。〜〜ん〜ん。ん〜〜んん」
鳥のさえずり以外何も聞こえない静かな空間に美しい唄声が聴こえてくる。
音程は少しズレていてリズムもどこか変。だがそれでも何故か美しいと思えるものだった。
「……ん? どうした? 私に何か付いてるのか?」
「あ……いやその」
しまった…。つい彼女の顔を見すぎてしまった…。彼女は不思議そうに我の回答を待っている。
これは…どう答えるのが正解だというのだ?
彼女は恐らく自分が鼻歌を唄っていることに気づいていない。
もしそれを私が言ったら恥ずかしい事にならないか? ……でも嘘は彼女が嫌う行為。
「……どうした?」
「あ、その………………可愛いな…って」
「…はぁ!?」
「あ! ……すまん。忘れてくれ」
彼女に詰められ、頭が回っていなかったのかつい声が出てしまったようだ。
顔が赤くなるのを感じる。凄い恥ずかしい事を言ってしまった。
「…………?」
恥ずかしい事を言ったのにも関わらず彼女は何も言ってこない。
彼女のサッパリとした性格からこちらの事をからかってくると思ったのだが何故なのだろうか…?
不思議に思い、チラッ。チラッと彼女の方を向いてみる。
彼女はこちらから顔が見えないように隠しており、どんな表情を浮かべているかは分からなかった。
……だがポツリと言った言葉を我は聞き逃さなかった。
「…………………忘れられるわけ…ないだろ」
「〜〜〜ッ!」
聴こえてしまった。聴いてしまった。
彼女の恥ずかしそうにしている声を、その中にある嬉しそうな声色も。
色々な気持ちが心に渦巻き、声と言えない声が漏れる。
「………ゥゥ」
彼女からうめき声が聞こえてくる。こちらをじろりと睨みつけてきた。我の声が聞こえたのだろう。
少し遅れて彼女が嘘を読めるということを思い出した。つまりあの言葉は我の本心だということ。
我は彼女が鼻歌を唄っていたからそっちを見ていた……と思っていた。
ただそれだけではなかった。我は鼻歌を唄う彼女の可愛さに見惚れていたのだ。
身体の痛みなんて何も気にならなかった。
今はただ歩いていた。ひとまず目的地まで歩ければ何か話せるのではないかと考えたからだ。
彼女も同じ気持ちなのだろう。少しだけだが歩く速度が速くなっている。
……彼女は普段、我のことを考えすぐ真横で歩いてくれている。
我が倒れそうになっても支えられるように…と。
目的地とした川はこの世のものとは思えないほど美しく、地獄山という名前に相応しくないと思えるほどだ。
川は今まで見た何処よりも澄んでいて、水の流れる音は荒れた心を鎮めてくれる。
「着いたぞ! ここが目的にしてた川だ! とっても綺麗だろう!! 普段口にしている魚はここから獲ってきたんだ!」
「……綺麗な場所だ。ここまでのモノはそうそう見れるものではない」
「私がこの山で三番目に気に入った所だからな! 早速釣るぞ釣るぞ!!!」
早口になっている彼女に合わせながら話しを繰り返し先の発言を有耶無耶にしていく。
釣具を取り出した彼女は釣りのしやすい岩地へと腰を掛けると、我に隣に座るようバシバシと岩を叩いた。
「釣りは好きか?」
「……好きだ。……だがついウトウトして寝てしまう」
「そうかそうか!!! なら眠くならないように私が釣りの魅力を教えてやろう!」
結局楽しくなった天鬼が釣りの話を五時間ぶっ続けで話した為、魚が逃げてしまい一匹も釣れなかった。
「明日こそ魚を釣るぞ!!! 良いな分かったなあ!!!」
「分かった分かった。明日も行こうな」
だが楽しかった。彼女と付き合う時間はどれだけ退屈だと思われるものでも色褪せない。
この感情に我は察しがつき始めていた。どういう意味を持つものなのかを…。
……だが
『私は……貴方のことが好きです。この世界の誰よりも愛しています』
睡蓮の言葉が頭をよぎった。これは許嫁である睡蓮に対する不義理だ。やってはいけないことだ。
頭の中に泣いた睡蓮の顔が浮かび上がる。
しかし天鬼を見ると今の私には睡蓮の事をどうも信じることができなかった。
何故天鬼程優しい妖魔が悪事を成していると嘘をついたのか。
睡蓮に対する不信感は日に日に強くなっていった。
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