後々重たくなるクラスの美少女メイドロボットの反応が俺にだけおかしい。
真昼
第1話 それは見ている。
薄暗い教室の片隅──メイド服を身に纏う「それ」は、下腹部に両手を重ねたまま静止し、
二人の男女の会話をこっそり盗み聴いて、薄らと笑みを浮かべているところだった。
そんな「それ」が盗み聴いているとは梅雨知らず、俺(篠宮ナキト)は──
「す、好きです。ずっと前から……」
神委高等学校の生徒会副会長である一ノ瀬ムスビに告白していた。
黒髪ロングが似合う彼女は、じっと俺を観察した後、眉を顰めてこう言うのだった。
「えっと、去年一緒のクラスだったよね? 篠宮君……だっけ?」
続けて、
「うーん。告白は嬉しいけど、気持ちには答えられないかなぁ」
「り、理由を聞かせて貰っても……?」
「そうだねぇ。あまり興味湧かないからかな……?」
好きの反対は嫌いではなく、無関心。
一ノ瀬ムスビは俺を眼中にも入れていない。入れる気すらないらしい。
実際、俺と彼女とでは全く釣り合っていない。それを承知で想いを伝えたのだが、やはりショックは大きい。
一生幸せにしてみせる。
そんな想いを勝手に抱いていた今までの自分に、嫌悪感すら感じてしまう。
「も、もし!! 気が変わったら……なんて」
「それって、これからも私のことが好きってこと?」
「そ、そりゃ。そんな簡単に諦めるわけ……」
「そう。私、これから生徒会の仕事があるから。さよなら、篠宮ナキト君」
一ノ瀬ムスビはそう告げて片手を軽く上げた後、二年一組の教室から出て行ってしまった。
「嘘吐きは嫌いだから」
最後にそう言い残して──
放課後の教室でただ一人残された俺は、倒れ込むように自分の席に座った。
机に頭を打ち付け、目を閉じる……。
だがその時、告白現場に居合わせた「それ」はニヤリと口角を釣り上げるのだった。
◆ ◆ ◆
「くすす。貴方様……?」
「眠っていらっしゃるのですか?」
「悪戯しちゃいますよぅ」
誰かの優しい声に導かれて、俺の意識は覚醒する。
頬に何かが触れている気がしたが、目を開けば、それはすぅっと視界から消えて行く。
見えるのは誰も居ない机の整列。
どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。
「お目覚めですか?」
「──わっ!?」
ウグイスのような綺麗な囀りが耳元で鳴って、勢いよく身体を持ち上げてみれば、
眼前に立っていたのは、メイド服に身を包む絶世の美少女。
捨てられた子犬を覗き込むように顔を近付ける彼女は、聖母の如き微笑みで俺を見つめている。
ワインレッドの瞳が美しく煌めく。
「メ、メリーゼ……!?」
肌は色白で、顔は人形のように整っている。切長の瞳に、白い長髪は綿飴のようにフワフワで──まるで御伽の国のお姫様だ。
「くすす」
リスみたいに笑う彼女の名は、メリーゼ。
二年一組に配備されているお掃除メイドロボット──第二世代前期モデル素体番号B-二『メリーゼ』。
人工知能を搭載した機械である。
「お前、どうして……!?」
一ノ瀬ムスビに告白した時、メリーゼは教室の黒板の傍でスリープモードだった。
確かに目を閉じていた。筈なのだが、
何故か起動している。
いや、別に特段おかしなことではないか。何故なら彼女達は生徒達が帰った後の学校を綺麗に清掃して周っているのだから。
そ、そうだ。今は何時だ……?
壁掛け時計に目をやれば、時刻は十七時を悠に過ぎ、長針が真下を向いていた。
俺は、可愛らしく小首を傾げて微笑む彼女に、謝罪の言葉を述べる。
「わ、悪い。直ぐに帰るよ」
彼女はきっと、遅くまで居残っている俺を注意しに来たのだ。机に掛けてあった鞄を背負い、椅子を机の下に収納する。
急いで教室を後にしようとした時、それは語り掛けてきた。
「見ちゃいましたぁ」
「え……?」
「私、見ちゃいましたぁ。一時間十三分前の、あの愛の告白を──」
「……は? み、見ていたのか!?」
コイツ起きていたのか!?
確かに目が閉じているのを確認した筈なのだが──
しかし、それの唇が左右に伸びたかと思えばニンマリと笑ってみせ、
「実はこっそり目を開けていました」
くすす、と悪びれもせず告げてくる。
どうやらあの告白現場──フラれた癖に「気が変わったら……」、なんて情けなく未練を残したあの瞬間を目撃されていたらしい。
それってめちゃくちゃ恥ずかしいやつじゃないか。
しかし、幸いなことにメリーゼはただのロボット。感情を持っているように振る舞うだけで、中身は機械で出来ている。
本当に心がある訳じゃないことは、昨年の入学式で既に学校側から名言されている。
彼女に見られたくらい、別にどうってことないじゃないか。
そう思いたいのだが、
頬を染めて恥じらうように肩を内側に曲げたメリーゼは、モジモジと身体を左右に揺らしながら、あざとく上目で見つめてくるのだ。
「私、初めてです。間近で愛の告白を見たのは。とってもドキドキしましたわ」
「ド、ドキドキ……? お、お前はただのロボットだろ」
「くすす。その通りですわ。ただ少しだけ……恋愛に興味があるロボットですわ」
そんなロボットも居るのか……。
神委高校に配備されている彼女達は、確かに個性が設けられている。だけど、それも彼女達を所有しているネクストロボティクスによって設定された個性に過ぎない。
先程も述べたが、ロボットに心はない。
なのに、どうしてこんなにも人間味を感じるのか。
「ご安心下さい。ナキト様」
「……?」
「このことは誰にも言いませんわ」
「そ、それは当然だろ。プライバシーなんだから、ロボットに侵害されては溜まったものじゃない」
少し悪態をついてみても、彼女は綺麗に微笑んだままだ。両手を下腹部に揃えて、くすすと。
「ですが、私は人間様の命令に忠実に従うロボットです。もしも誰かに尋ねられたら、うっかり漏らしてしまうかも知れません」
「おい、ロボットがうっかりって。というか、こっちの命令を優先してくれよ」
「貴方様からの命令はまだ承っておりませんが?」
「そ、そうなのか?」
プライバシーを侵害しないように言った筈だが……確かに遠回しだったかも知れない。
「ど、どうすればいい」
「ここは、人間様の契りを交わしましょう」
「契り?」
「はい」
メリーゼが小指を差し出してきた。
「ゆびきりげんまん、です」
「なるほど。確かにそれなら紛れもなく命令として成立する……のかな?」
彼女と同じように小指を差し出してみると、クイッと引っ掛けてきた。
「……っ」
小さくて細い。それに白い。ピンク色の爪が貝殻のように輝いている。
皮膚は人間のそれと変わらない。だが、その中には金属の骨格が入っているだけ。
でも、それを悟らせない柔らかさだ。
「貴方様。それではいきますよ」
「あ、ああ……」
彼女と顔を合わせれば、ワインレッドの瞳にカメラのレンズのようなものが沈んでいた。それがキュッと閉じて、また開いて、俺を捉えている。
「ゆびきりげんまん。嘘吐いたら、針千本飲ーますっ。指切った」
楽しそうに彼女はそれを謳うと、リズム良く腕を振って──やがて小指が離された。
くすす、と満足気に彼女は笑う。
一体何がそんなに楽しいのだろう。
「こ、これで命令は完了したよな……?」
「はい。ですがぁ……」
「おい、まだ何かあるのか?」
メリーゼは恥ずかしそうに顔を落とし、瞳だけを俺に向けてくる。
「な、何だよ……」
いちいち可愛いんだよな。その容姿は設計図通りに作られた人工物でけど、美しさは紛れも無く本物だ。
メリーゼはその美貌を如何にして効率的に使うかをわきまえているらしい。
「針千本を飲むのは容易いので、約束を破った際の罰にはなりませんわね」
「た、容易いのか? というか、お前が言わなければいいだけだろ」
「それはそうですが……あっ。こうしましょう」
ひたっと顔の正面で指が合わされると、
「もし約束を破ったら、この私が貴方様の恋人になって差し上げますわ」
そう述べた彼女の胸中に秘められたそれに、この時は気付かぬまま教室を後にするのだった。
作者より。
新作のラブコメになります。読んでくれる方が居ましたら、投稿を続けます。
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